第120話 くしゃみをしたらBless youと言い合える関係でありたい

 5月30日の土曜日、今日は藍大達の結婚式当日である。


 藍大が使う結婚式場はDMUからの紹介されたホテルの敷地内にあり、県内でも口コミサイトではかなり人気だった。


 駅から近い上にチャペルの天井が高く、フラワーシャワーもできる。


 紹介された時に舞とサクラが気に入り、是非ともここで式を挙げたいと言い出すのに時間はかからなかった。


 既に藍大達は会場入りしており、”楽園の守り人”のメンバーも同じく会場入りしている。


 今日は招待客にDMU本部長の茂の父親もいるため、シャングリラの警備にDMU所属の冒険者が配置されている。


 シャングリラダンジョンへの鍵となるのは藍大と舞、未亜、司だけなのだが、シャングリラを空にするのは不安が残るからこその措置である。


 麗奈と司、奈美がDMUから”楽園の守り人”に移籍した今、DMUがそこまでする必要があるのかという指摘もないではないが、DMUに関係なく元々家族ぐるみで付き合いがあるという理由で潤がゴリ押ししたらしい。


 今日の結婚式に呼ぶのは身近な知り合いだけということで、招待されたのは”楽園の守り人”のメンバーと月見商店街を代表して八百屋の店主、茂とその両親、立石孤児院の院長、C大学教授の北村だけだ。


 ちょっとした知り合いまで呼ぼうとすると線引きが難しくなるため、今回は招待する人数を抑えることになった。


 当然、カメラ等のマスメディアの立ち入りは禁止している。


 結婚式はあくまで藍大と舞、サクラのために開かれるのだから、お茶の間の娯楽として提供するつもりはないのだ。


 それはさておき、”楽園の守り人”の女性陣とゴルゴン、メロが新婦側の控室を訪ねていた。


「舞、サクラ、入るわよ」


 麗奈がノックしてからドアを開けると、純白のウエディングドレスに身を包んだ舞とサクラの姿があった。


「こ、これが幸せを手に入れた証なのね」


「似合っとるなぁ」


「き、綺麗・・・」


「「「・・・「「シュロ~」」・・・」」」


「メロ~ン」


 舞とサクラのウェディングドレスだが、舞はプリンセスラインでサクラはマーメードラインのものを着ている。


 舞はいつも藍大を守る側なので、結婚式だけは守られる側のプリンセスになりたいという気持ちからプリンセスラインを選んだ。


 サクラは度重なる進化と魔石によるパワーアップによって大人の魅力を手に入れていたから、大人っぽい雰囲気のマーメイドラインに惹かれるものがあったようだ。


 麗奈と未亜、奈美が息を呑むのはわかるけれど、ゴルゴンとメロにもウェディングドレスの良さがわかっているのだろうか。


 いや、従魔達も大好きな藍大のために少しでも身だしなみには気を遣っているから、ウェディングドレスの良さもきっと理解しているに違いない。


「藍大は喜んでくれるかな~?」


「主に喜んでほしいの」


「あれ? 舞もサクラも藍大にその姿は見せてないの?」


「式で初めて見せるよ」


「サプライズは大事だよ」


「なるほどなぁ」


「逢魔さんは幸せ者ですね」


 舞とサクラの言い分に麗奈達は温かい目を向けた。


 だが、麗奈がふと我に返った。


「でも、藍大って基本ツナギよね。正装のイメージがつかないわ」


「記者会見とC大学の講義の時はスーツだったよ。ビシッと決めててカッコ良かった」


「主なら決める時はちゃんと決めるよ。カッコいいもん」


「ギャップ萌えやな、わかるで」


「「「・・・「「シュロシュロ」」・・・」」」


「メロン」


 未亜の言葉にゴルゴンとメロが頷いた。


 ギャップ萌えを理解しているとは大した従魔である。

 

「け、結婚ですか・・・」


「改まってどうしたんや奈美?」


「い、いえ、羨ましいなと思いまして」


「司へのアプローチはどうだったのよ? 私、昨日は司に事務室に行かせてあげたんだけど上手くいったの?」


「司君は私がイメチェンした姿をよく似合ってるって言ってくれたよ」


「奈美ちゃんって司のこと好きだったの?」


「「えっ、今更・・・?」」


 舞がキョトンとして言うと、麗奈と未亜が戦慄した。


「サクラちゃんは知ってた?」


「勿論。奈美から司に向けて発情した雌のオーラが感じられたもん」


「め、雌だなんてそんなことないですよ!」


 奈美はサクラの発言を聞いて顔を真っ赤にして反論した。


「もっと心を解放した方が良いよ。色々と溜めると大変だよ?」


「た、溜める・・・。きゅ~」


 サクラの発言に自分の頭の処理が追い付かなくなったらしく、奈美は真っ赤な顔のまま気絶した。


「奈美はむっつりやなぁ。頭ん中で司とどうなってたんやろか」


 新婦の控室はその後も恋愛トークで盛り上がった。




 その一方、新郎の控室では藍大の関係者達が集まる中で司がくしゃみしていた。


「ヘックシュン」


「Bless you」


「何故に英語?」


「くしゃみをしたらBless youと言い合える関係でありたい」


「立石さんじゃ英語の意味わからないんじゃね?」


「舞をディスんな健太独り身


「今なんつった!? なんか別のニュアンス感じたぞ!?」


 藍大が司のくしゃみに対して唐突に英語で気遣うと、茂が細かく拾って健太は余計な一言を口にする。


 無論、舞を悪く言えば藍大の反撃がクリティカルヒットして健太が騒ぐ。


 茂はそんな健太をスルーして藍大の服装をじっと見る。


「それにしても、藍大がバシッと決めると違和感が半端ねえな。いや、似合わねえって言ってるんじゃなくてレアな素材見た時と同じ気分になる」


「俺だって決めるときゃ決めるのさ」


「僕は良いと思うよ、藍大のフロックコート姿。なんかシュッとして見える」


「ありがとな。舞とサクラも喜んでくれると良いんだが」


「えっ? 舞とサクラちゃんにその姿見せてないの?」


「あっちも式本番までウェディングドレス姿を見せてくれないって言うから、俺も対抗しようと思って」


「なるほどねぇ」


 司は藍大が舞とサクラに今の姿をお披露目していないことに驚いたが、藍大の言い分を聞いて納得した。


 なお、新郎側の衣装と新婦側の衣装は式場のスタッフが確認しているので、ぶっつけ本番のお披露目で似合っていないなんてことにはならないからその心配はいらない。


 あくまで新郎と新婦が双方の服装を知らないだけである。


「正直なところ、俺はタキシードに拘りとかない。だけどさ、舞とサクラが俺のために着飾ってくれるなら俺も応えたいって思うんだ」


「藍大が男してる」


「俺は元から男だ」


 司のコメントに対して藍大は冷静にツッコむ。


 そんな中、リルはそわそわしていた。


『ご主人に甘えたいなぁ。でも、僕の毛が付いたら悪いし・・・』


 藍大が正装でビシッと決めているが、舞やサクラがいない今なら藍大に長く甘えても問題ないと気づいたリルは葛藤していた。


 藍大の耳はリルの葛藤を拾い、笑みを浮かべてリルの頭を撫でた。


「跳びつかれるのは困るけど、頭を撫でるぐらいなら問題ないぞ」


「クゥ~ン♪」


 藍大に撫でてもらえたことでリルはご機嫌になった。


 すると、そんなリルを見てゲンやパンドラもその後ろに並んだ。


 リルが撫でられているなら自分達もいけるんじゃないかと思ったらしい。


「愛い奴等め。順番だぞ」


「ヒュー」


「キシッ」


 リルの番が終わったら順番に撫でてもらえるとわかり、ゲンもパンドラもおとなしく待機した。


 藍大がゲンを撫で始めると、司が藍大に声をかけた。


「藍大、僕もリル達を撫でても良い?」


「加減を考えてくれれば問題ない。な、リル?」


『うん。あのモフラーの人みたいにしなければ良いよ』


「茂、モフラーの人って誰?」


「”レッドスター”の赤星真奈さん」


「把握」


 健太は茂から答えを聞いてリルが言いたいことを察した。


 真奈がモフラーなのは冒険者界隈では有名であり、先日藍大と真奈がC大学で特別講義をした際に会ったことは聞いていたから何があったのか大体わかったのだ。


 その後、藍大達は式場のスタッフから声をかけられるまでの間、時間を潰すために茂の見合いの話や司と奈美の関係についての話をした。


 昨日の男子会に藍大が参加していなかったので、そのフォローも兼ねているのだろう。


「茂と司も順調らしいな。で、肝心の健太は?」


「言わせるなよ。わかってるだろ?」


「出会いない相手ない脈ないのないない尽くしだったな、悪かった」


「なんてこと言うんだ!? でも良いんだ! 俺には茂と司からの紹介という手段が残ってる! だよな!?」


 健太が茂と司の方を振り向くと、2人とも健太から目を逸らした。


 藍大はそれが意味するところを理解し、優しく健太の肩を叩いた。


「強く生きろよ」


「どうせ独り身だよ畜生!」


「逢魔さん、そろそろお時間です」


「はい、ありがとうございます」


 雑談をしている内に式場のスタッフから声がかかり、藍大は気持ちを引き締め直した。

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