第119話 細けえこたぁいいんだよ!

 藍大達がピクニックに行った日の夜、茂と司は健太に呼ばれて月見商店街近くの居酒屋に来ていた。


 今日は藍大達の結婚式前日だから徹夜オールで飲むなんてことはできないが、シャングリラで女子会が開かれたと知った健太がそれに対抗して男子会を開いた訳だ。


 ジョッキに入ったビールが3人の手元に渡ると、主催者の健太が口を開いた。


「今日もお疲れ。明日は藍大達の結婚式だけど、クラン女子会に対抗してこっちも男子会を開くぜ」


「俺、”楽園の守り人”じゃないんだが」


「細けえこたぁいいんだよ!」


「細かくねえだろ。大事だろうが」


「乾杯!」


「はぁ・・・。乾杯」


「あはは・・・。乾杯」


 溜息をついて茂が乾杯に応じると、司も苦笑いしてそれに続いた。


「犯罪的だ・・・! 美味過ぎる!」


「たかがビールに大袈裟な奴め」


「健太って人生楽しそうだね」


「まあ良いじゃねえか。んじゃ早速茂のお見合いの結果を訊こうじゃねえか」


「・・・俺のことを呼んだのはそれが理由か」


 健太から今日飲もうぜと言われてその誘いに乗った茂だが、学生時代から健太は理由なく酒に誘う奴だったので深く考えずにこの店に足を運んだ。


 しかし、今日は自分のお見合いの結果を酒の肴にされるのかと思うと茂は顔が引き攣った。


「そりゃ気になるだろ。藍大も気にしてたと思うが、新婚の夜を邪魔すると立石さんとサクラ様に俺が殺されるから今日は俺と司で聞き届けるぜ」


「確かに芹江さんのお見合いの話は気になるかも。というか、僕は藍大が来れなかった時の補欠として呼ばれたの?」


「違うんだ。違うんだよ司。俺は藍大も司も堂々と酒に誘いたかったんだ。けどな、こっそり呼ばねえと未亜が俺達で腐女子的な妄想を膨らませるだろ?」


「・・・その気遣いには感謝するよ」


 未亜が腐女子なのはよく理解しているので、司は健太に気を遣ってもらったことを知って感謝した。


 少し前までは女性用の制服を半ば強制されていたが、DMUから”楽園の守り人”に移籍してからは藍大が服装は自由にしてくれて構わないと言ってくれた。


 それを受けて今の司の服装は男性が着てなんらおかしくないものである。


 司から男らしさが感じられると、藍大や健太と会話するだけでも未亜の妄想が捗る。


 流石に新婚の藍大を妄想の餌食にしないように自重しているようだが、未亜は健太と司のBLを妄想することに躊躇がない。


 そんな事情があるとわかれば、司も今回は健太の行動が善意であることは理解できるという訳だ。


「それは良いとして、茂のお見合いはどうなったんだよ? 親友の俺に話してみろよ。な?」


「誰が親友だ」


「酷い。俺との関係は遊びだったのか?」


「お前、自ら進んで腐女子の妄想のネタになってないか?」


「しまった。未亜と探索する時間が増えたことで知らぬ間に毒されてたようだ。それでお見合いはどうなった?」


 話題を逸らすことに失敗したので、茂はお見合いの結果について話すことにした。


「すみませんが僕はお見合いの件を知らないので経緯もサラッと教えて下さい」


「はぁ・・・。親父とDMUの職人班にいる調理士の岡さんの父親が仲良くてな。勝手にお見合いの話をしてきたんだ」


「芹江さん、岡さんとお見合いしたんですか? 職人班の人達に何かされませんでした?」


 元DMUの冒険者ということもあって、司は茂がお見合いをした岡千春のことを知っていた。


 彼女は職人班に在籍する男性陣の中ではアイドル的な存在だった。


 そんな千春と茂がお見合いをしたなんて知れば、職人班の男性陣から茂がどんな目に遭わされるかわからない。


 それゆえ、司は茂を心配して訊ねたのだ。


「今のところなにもされてねえ。岡さんも見合いの話は職人班で一切口にしなかったらしいから、そのおかげかもしれねえな」


「その合法ロリな岡さんとどんな話したんだ?」


「だからお前は失礼なことを言うんじゃねえって。岡さんとは週刊ダンジョンの『Let's eat モンスター!』の話で盛り上がった」


「なるほど。岡さんは調理士ですからね。藍大の料理の記事のこともありますし、芹江さんとしては比較的話がしやすい部類ですか」


「そういうことだ。モンスター食材の調理法について話が盛り上がってな、気が付いたらお見合いの後でプライベートの連絡先を交換して今度一緒に料理を作ることになった」


「おめでとうございます」


「嘘だろ茂」


「ありがとう、広瀬。すまんな健太。お前が喜ぶ展開にはならんかった」


「してやられたぜぇ・・・」


 健太にとってこの展開は予想外だった。


 水曜日に話を聞いた限りでは、茂が千春に興味を持つことはなさそうに感じたからだ。


 お見合いを事務的に済ませた茂を慰めるという建前でガールズバーに連れて行こうとしていた健太はその目論見が外れてしまった。


 というよりも、司に礼を言って自分にはニヤリと笑みを浮かべる茂にジェラっている。


「俺の話ばかりだとすぐにネタが尽きるから、今度は広瀬の話を聞きたい」


 健太に浮いた話はないだろうと判断し、茂は司へと話を振ってみた。


「残念ながら、僕自身に浮いた話はないんですよね。・・・いや、そうでもないかもしれません」


「司にも春が来たのか? 俺だけ置いてきぼり?」


「健太黙って。何があったんだ?」


 今にも呪詛を口ずさみそうな健太を黙らせると、茂は司に話の続きを促した。


「実は今日、僕がダンジョン産の素材の買い取り手続きの仲介を頼みに行ったら、薬師寺さんがイメチェンしてたんですよ」


「薬師寺さんが? どんな風に?」


「眼鏡がコンタクトに変わってて、ダメージのあった髪もケアされたうえでくるりんぱになってました」


「今は101号室で事務仕事をしてるんだろ? 俺なら部屋を間違えたんじゃないかって焦りそうだ」


「僕もです。一瞬別人なんじゃないかと思いましたが、頑張ってイメチェンしたって教えてくれて感想を求められたんですよ。勿論、よく似合っていたので正直に褒めましたが」


「薬師寺さんが司のためにイメチェンしてるじゃないすか! やだー!」


 茂にジェラっていた健太だったが、司にも完全に春が来ていると悟って騒ぎ出した。


「喧しい! それで、広瀬はイメチェンした薬師寺さんのことをどう思うんだ?」


「僕はおとなしい女性がタイプです。酒癖が悪かったり腐女子的な妄想をガンガン口にする人はタイプじゃありません。そんな中では今日の薬師寺さんはかなり僕のタイプに寄せられてました」


「へえ、良いじゃんか。アプローチしなかったのか?」


「普段は話しかけるだけでおどおどされてしまいますから、いきなりあれこれ言っても薬師寺さんに精神的な負担を与えてしまいます。イメチェンした姿に慣れた頃に話をしてみようと思います」


「そうだな。急に広瀬が対応を変えると薬師寺さんが暴走するかもしれんし、俺もそれで良いと思う」


 この司の話を奈美が聞けば、イメチェンした成果が出たと喜びのあまりキョドることは間違いない。


 ここまでは茂も司も浮いた話だった訳だが、健太には浮いた話が期待できない。


 それは茂と司の共通見解だった。


 しかし、自分達の話だけして健太が何も話さないというのもおかしいと思い、司から健太に話を振ることにした。


「健太には何か良い話があるんですか?」


「何も・・・なかった・・・」


「マジで浮き沈みの激しい奴だな」


「だってよぉ、タイプの可憐な女性が見つからねえんだ。2人の知り合いでそんな女性いない?」


 自分にはもう伝手がないという理由で茂と司に訊く健太に対し、茂は回答するために必要な情報を集めることにした。


「可憐の定義を教えてくれ。認識が一致してなかったら紹介できるものもできないかもしれん」


「そうですね。具体的に言っていただければ僕の知り合いで紹介できるかもしれません」


 司も茂の言う通りだと健太に可憐の定義を訊ねた。


 すぐに無理だと言わないあたり、茂も司も人が良いと言えよう。


「庇護欲が湧く人だな。身長の高さに制限はないし、冒険者でも一般人でもどちらでも構わない」


「「なるほど」」


 庇護欲が湧くという1点においては、”楽園の守り人”の女性陣が該当しないという健太の言い分が間違っているとも言い切れない。


 戦闘職ではない奈美だって、護身用の薬品は携帯しているからいざという時にそれを使って逃げることぐらいはできる。


「それって見た目キツそうでも守りたいって思えれば良いのか?」


「誰か紹介してくれるのか!?」


「落ち着け。あくまで質問しただけだ」


「そっか・・・。その質問の答えはYesだ。話しててこの人なら守りたいって思えれば外見は絶対これってのはない。ただ、可愛い方が庇護欲は沸きやすい」


「ふむ。暇がある時に知り合いにそんな人がいないか探しとく」


「僕もそうさせて下さい。すぐにパッと浮かぶ人はいませんでした」


「感謝感激!」


「はいはい。まあ、明日は藍大の結婚式だ。遅刻しないように今日はここまでにし解こうぜ」


 藍大の結婚式に寝坊して遅刻しましたでは笑えないから、男子会はここでお開きとなった。

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