第117話 美味しいは正義です
翌日木曜日の午前11時、藍大と舞、サクラ、リルは週刊ダンジョンの記者の遥が運転して来たキッチンカーを駐車場で出迎えていた。
キッチンカーから降りた遥は藍大達に挨拶した。
「この度はご結婚おめでとうございます。また、本日はどうぞよろしくお願いします」
「ありがとうございます。こちらこそ本日はよろしくお願いします」
遥がシャングリラに来たのは「Let's eat モンスター!」の取材のためだ。
藍大のダブルチーズin照り焼きバーガーの記事が大人気だったことに加え、結婚して話題になっている藍大の評判を利用したいと考えた編集長が遥に再び藍大に取材するように指示を出した。
遥がアポイントを取れたのは今日この時間だったので、こうしてキッチンカーに乗って来たのだ。
前回は乗って来なかったキッチンカーに今回乗って来た理由とは、ダンジョンを出てすぐに新鮮な素材を使ってもらえるようにと編集部が「Let's eat モンスター!」の人気を評価して経費で購入したからである。
「今日もシャングリラで手に入るダンジョン産の食材を使った料理をお願いしたいのですが、それでよろしいでしょうか?」
「大丈夫です。一応、月見商店街で買える食材を使いますね」
「そうしていただけると助かります。ダブルチーズin照り焼きバーガーの時はアローボアが今のところシャングリラでしか手に入らないので、幻のハンバーガーと呼ばれてるんですよ」
「そうでしたか」
(言えねえよ。アローボアとレッドブルの合挽肉ハンバーグはもっと美味いだなんて言えねえよ)
秋田の立石孤児院で子供達に作ってあげたハンバーグの方が、ダブルチーズin照り焼きバーガーに使った肉よりも上等だったと言えば面倒なことになるのは間違いない。
それゆえ、藍大は遥にダブルチーズin照り焼きバーガーを幻のハンバーガーと言われて内心焦った。
「それなら」
「舞、主が困るから静かにして」
「なんで?」
「言う通りにして」
「わかった」
舞が孤児院で作ったハンバーグのことを言おうとしたのを察知し、サクラがそれをインターセプトした。
藍大にこっそりと
「舞さんはどうしたんですか?」
「リクエストがあったんでしょうね。残念ながら今日用意した食材では作れません。それで鈴木さんにも期待させたら悪いとサクラが気を遣ってくれたんですよ」
「そうでしたか。確かに聞いたら食べたくなるのは必至でしょうから、とても気になりますが聞かないことにします」
遥が納得してくれたので、藍大もサクラにこっそりとサムズアップした。
こんな時も主従の連携はばっちりなようだ。
無論、舞も藍大を困らせる意図があって言いかけた訳ではない。
純粋に藍大の料理が大好きだから、あのハンバーグは美味しかったよと改めて感想を言いたくなっただけである。
悪気がないし自分の料理を喜んでくれるのは嬉しいことだ。
だからこそ、サクラの立ち回りに藍大は感謝した。
「では、時間も有限ですし料理に移りましょうか」
「わかりました。逢魔さん、キッチンカーの中にどうぞ」
遥に案内されて藍大はキッチンカーの中に入った。
遥が操作して側面を開くと、キッチンカーが移動販売でおなじみの形態へと変わった。
「おぉ~。なんだか買い食いしたくなってくるね~」
『ご主人、楽しみにしてるね』
食いしん坊ズは既に試食する気十分である。
「逢魔さん、本日は何を作って下さるんですか?」
「オムライスです」
「「『オムライス!』」」
食いしん坊ズだけでなく、サクラもオムライスと聞いて声が弾んだ。
「ただ、いつも使ってる卵は月見商店街では手に入りませんので、市販の卵を代用します」
「そうなんですね。ちなみに、どんな卵を普段は使われてるんですか?」
「いつもはゴルゴンの卵を使ってます」
「ゴルゴンって逢魔さんの従魔のゴルゴンさんのことですか?」
「はい。ゴルゴンは無精卵を産むんですよ。あの卵が絶品でして、今日は月見商店街で手に入る物を使うって縛りがありますから使えないのが残念です」
そこまで言われると、ゴルゴンの卵を使ったオムライスを食べたくなるのは自然なことだろう。
遥もその欲求に突き動かされてしまった。
「逢魔さん、卵だけはその縛りをなかったことにします。もしもまだお手元にあるのならば、ゴルゴンさんの卵を使っていただけないでしょうか?」
「良いんですか? 月見商店街で手に入る食材だけってルールを破ることになりますよ?」
「美味しいは正義です」
その一言には遥の覚悟が込められていた。
記事を書く上での小さなルールのために美食を逃す手はない。
編集長ならば自分が説き伏せてみせる。
そんな意思が遥の言葉から感じられたため、藍大は首を縦に振った。
「わかりました。サクラ、ゴルゴンの卵を持って来てくれないか?」
「うん」
サクラもゴルゴンの卵を使ったオムライスが食べたかったらしく、すぐにゴルゴンの卵を持って帰って来た。
ついでにその後ろからゲンとゴルゴン、メロもついて来た。
パンドラは未亜達の探索に同行しているので、今集まれるだけの藍大の従魔がこの場に揃った。
「サクラ、ありがとな。お前達も来たのか」
「ヒュー」
「「「「「「シュロッ」」」」」」
「メロン」
食事ができないパンドラを除き、藍大の従魔達は藍大の作る料理の虜である。
藍大が料理を作ると察すれば来ないはずがない。
試食が多く必要になったため、藍大はやれやれと思いつつ期待を裏切る訳にはいくまいと気合を入れて料理を始めた。
まず、フライパンを熱してバターを溶かし、みじん切りにした玉ねぎと一口大に切ったエッグランナーを炒める。
鶏肉に火が通ったらケチャップとコンソメを入れて炒める。
そこにご飯を入れフライパンの中身が馴染むように炒め、塩胡椒で味を調える。
チキンライスが完成したら、先に皿に盛り付けておく。
次はソースを作りだ。
鍋にバターを入れ、薄切りにしたドランクマッシュを炒める。
水を加えて沸騰したらビーフシチュールウとトマトケチャップ、砂糖を入れてよく混ぜ、とろみがついたらオムライスの上からかけるソースの準備は完了である。
今度はチキンライスを覆う卵の準備だ。
ボウルにゴルゴンの卵を入れて解きほぐし、牛乳を加えて混ぜ合わせる。
フライパンにバターをひいて卵を加熱し、ある程度加熱して固まってきたら火を止めて皿に盛りつけたチキンライスを覆うように卵を被せる。
最後にソースを上からかければ、藍大特製オムライスの完成である。
「この匂いは強烈ですね。飯テロなんて言葉では言い表せない程すごいです」
「待ってました!」
『ご主人、早く食べよう!』
「主、写真撮るお皿以外全部運んじゃうね」
遥が資料用の写真だけ撮ると、すぐに実食の時間となった。
なお、食べる場所は中庭である。
シャングリラの駐車場で藍大達が
「「「「『いただきます!』」」」」
「ヒュー!」
「「「「「「シュロッ!」」」」」」
「メロン!」
各々が自分の皿からオムライスを一口運んだ。
「今日も美味しい!」
「主、美味しい!」
『食べるのが止まらないよ!』
「こ、これはとんでもない記事が書けそうです」
喋れる者達は感想を口にし、喋れずに鳴いて感情表現をする者達は無我夢中でオムライスを食べていた。
(ここまで喜んでくれるなら作った甲斐があったぜ)
元々、ゲンとゴルゴン、メロには別の料理を用意していたのだが、取材中にキッチンカーの前に待機されてしまえば待っている彼等の分も作らない訳にはいかない。
作る量が増えれば大変なのは当然だが、藍大はこれだけ喜んでもらえれば作ったことが報われたと思えた。
藍大達が試食を終えて一息ついていると、未亜と健太、パンドラがダンジョンから出て来た。
「ん? なんかええ匂いするな」
「俺にはわかる。これは藍大の飯の匂いだ! 藍大、俺達の分は!?」
「すまん、取材で使う分だけ作ったからない。食べ終わっちまった」
「そんな殺生な・・・」
「なん・・・だと・・・」
未亜と健太が膝から崩れ落ちるのも無理もない。
オチがついたところで「Let's eat モンスター!」の取材は終わった。
遥が会社に戻ってから執筆するとのことで、来週の「Let's eat モンスター!」には確実に間に合うだろう。
遥を見送った後、未亜と健太が自分達も作れと藍大に迫ったのは言うまでもない。
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