第116話 飲まなきゃやってらんねえのよ!

 茂が藍大達にお見合いの相談をした日の夜、未亜の住む203号室に麗奈と奈美が集まっていた。


 お酒にお菓子、おつまみが持ち寄られてテーブルの上に集められている。


 それぞれ飲み物を手に持つと、未亜が口を開いた。


「ほな、女子会を始めるで!」


「ま、舞さんは呼ばなくて良いんですか?」


「かまへんかまへん。新婚の舞を呼んだらあかんて。サクラちゃんにクランマスターが独占されてまうやんか。3人の夜を邪魔したら駄目やろ」


「・・・そうですね」


 一瞬間を開けて相槌を打った奈美の顔は赤くなっており、それを見た未亜はニヤリと笑った。


「ほほう、奈美は何を想像したんや? いや、ナニを想像したんか」


「べ、別に何も想像してないです!」


 未亜が下ネタをかますと奈美は慌てて否定した。


 この3人の年齢だが、未亜が最年長で奈美と麗奈は同い年だった。


 司も奈美や麗奈と同い年なので、”楽園の守り人”の最年長は未亜ということになる。


「新婚が仲良くしてるからこそ、彼氏なしの私達3人が集まってるんでしょ」


「麗奈、言われるのも辛いねんけど言う方も辛くないんか?」


「辛い」


 司とペアで動くことが多いことが影響し、常に良いなと思った男は麗奈ではなく司にアプローチを仕掛ける。


 そんな回数が数知れずな麗奈にとって先程の発言は盛大なブーメランだ。


「き、気持ちを切り替えて乾杯しましょう」


「せやな」


「そうね」


「「「乾杯!」」」


 各々の缶ビールや缶チューハイを軽くぶつけ、未亜が主催する女子会が始まった。


「プハァ! キンキンに冷えてやがるっ!」


「麗奈ちゃん、おじさんっぽい」


「飲まなきゃやってらんねえのよ!」


「えっ、もうスイッチ入ったん?」


 麗奈が缶ビールを飲み干して女性らしさをまるで感じさせないコメントをすると、奈美が思ったことをそのまま口にした。


 麗奈はここに男の目がないからか、最初からアクセル全開だった。


 この事態は想定していなかった未亜は麗奈が暴れ出さないか不安になったが、今のところ暴走することはなさそうである。


 麗奈は既に2本目の缶ビールに手を伸ばしていた。


「まあ、辛いこともあるよね」


「そうやな。麗奈、ウチらに溜まったもん吐いて楽になりや」


「そうする! あのね、今日は私と司でダンジョン探索した後に商店街に行ったの! それでね、ちょっとカッコいいなって思ってた人がいたんだけど、私のことなんて気にも留めないで司のことナンパしたの!」


「・・・飲めや。飲んで辛いことを忘れればええねん」


 いつも通りと言えばいつも通りだが、毎度麗奈が同じ目に遭っていると思うと気の毒でならない未亜は飲んで忘れてしまえとアドバイスした。


「あぁ~、人生辛くてもビールは美味い!」


「酒があれば麗奈は大丈夫そうやな」


「そうですね」


「奈美は好きな人とかいないの~?」


「わ、私!?」


 麗奈に突然話を振られてしまい、奈美は心の準備ができていなかったので焦った。


「そういえばウチも聞いたことないなぁ。その反応でいないことないやろ。奈美、ここで吐いて楽になれや」


「えぇ・・・」


 未亜にも良い機会だから話してみろと言われて奈美は困った。


「私当ててみようか? 司でしょ~?」


「・・・うん」


 恥ずかしそうに奈美が頷くと、未亜が思い当たったことがあったらしくポンと手を打った。


「言われてみれば、司と喋っとる時だけちょっと顔が緩んどったわ」


「えっ、本当ですか?」


「クランマスターや阿呆の相手する時よりも嬉しそうやで」


阿呆あれは論外として藍大はどうなの? 優良物件でしょ」


 健太の扱いがぞんざいなのはこの場においては仕方のないことだろう。


 何故って健太を擁護する者が1人もいないのだから。


「良い人だけど舞さんやサクラちゃんがいるから勝てないよ。それに私のタイプではないかな」


「ふーん。司は奈美のタイプなの?」


「うん。司君は女の子みたいに可愛いけどしっかりしてるし、私みたいな人にもいつも笑顔で挨拶してくれるの」


 そこまで静かに聞いていたが、未亜は考えがまとまったので口を開いた。


「せや、奈美をプロデュースしようや」


「「え?」」


 未亜が唐突に言い出すものだから、奈美も麗奈も反応が鈍かった。


「奈美の素材は悪くないと思うねん。髪型と服装を変えて眼鏡を取ったら化けると思うんやが麗奈はどう思う?」


「このままだとイメージを掴みにくいわ。ちょっと試してみましょう」


「え? 何する気?」


「体を楽にしとったらええで」


「私と未亜に任せなさい!」


「えぇ!?」


 手をワキワキさせながら近づいて来る未亜と麗奈に抵抗するも、薬士の奈美では2人と力の差があり過ぎる。


 すぐに奈美は未亜と麗奈のなすがままにされてしまった。


 10分後、奈美は髪型をアレンジされて眼鏡を外した状態で写真を撮られた。


 眼鏡をかけ直した奈美がその写真を見ると、スマホに映っていたのは紫色の髪をくるりんぱにした色白で可愛い女性の肩より上の写真だった。


「こ、これが私ですか?」


「いやぁ驚いたで。こうも化けるとは予想外やったわ」


「明日にでもコンタクトを買って髪のアレンジも覚えなさい! きっと司に褒めてもらえるわよ!」


「そ、そうかな?」


「まめな司なら褒めないはずがないやろ。麗奈は司の好みとか知らんの?」


「おとなしい子が好きって前に言ってたし、見た目にも気を遣えば奈美にも十分チャンスがあるわ」


「頑張ります」


 好きな人と付き合えるかもしれないとわかると、奈美も今までと一緒ではいられない。


 チャンスは逃さないと決意を固めた。


「麗奈的には司と奈美がくっついた方がええんか?」


「良いに決まってるわ! 司に彼女ができれば司に言い寄る男が減るはZzz・・・」


「あっ、寝よったで」


 奈美の見た目を整える間もガンガンビールを飲んでいたせいで、麗奈は酔いに負けて机に突っ伏した。


 それを見た未亜は、別室から毛布を持って来て椅子に座りながら寝息を立てる麗奈の背中にかけてやった。


「麗奈ちゃん寝ちゃいましたね」


「きっと飲んで騒いでストレスが発散できたんやろ。見てみいやこの顔。スッキリした顔しとるがな」


「フフッ、そうですね。あの」


「なんや?」


「私は好きな人の話しました。次は未亜さんの番だと思います」


 いつもならば、奈美がこんなにはっきりと物申すことはないだろう。


 しかし、今の奈美はお酒を飲んでいるし司とワンチャンあると言われて気が大きくなっていた。


 それゆえ、未亜に自分がされた質問を返す度胸があったのだ。


「ウチ? ウチはBLの薄い本があれば十分やで」


「嘘です。ダウトです。見栄を張ってます」


「おぉ・・・。普段の奈美からは考えられへん否定の嵐やんか」


 普段の奈美なら精々キョドリながらサラッと否定するぐらいだろうが、今の奈美は3連続で否定するぐらい気が大きくなっている。


 滅多にみられない奈美の姿に未亜は少し感動していた。


 だが、その感動はすぐに別の感情に塗り替えられることになる。


「そうじゃなきゃ胸が小さいことで過敏に反応しません! 男を意識してなきゃそんなことにはならないです!」


「なんやとコラ!?」


 奈美の口撃が未亜の心にクリティカルヒットした。


 あまりの痛さに未亜は奈美の胸倉を掴む程お怒りである。


「チャラ男さんにまな板扱いされ、おにぎりフェスでも貧乳扱いされ、そういった時に未亜さんはいつもキレてました! それは異性に見られる自分の容姿を気にする女子に違いありません!」


 奈美の言葉がグサグサと未亜の胸に突き刺さった。


「良いぞ良いぞもっとZzz・・・」


 麗奈はきっと喧嘩を煽る夢でも見ていたのだろう。


 そうでなければ寝たふりをしているとしか思えないタイミングだった。


 寝惚けた麗奈のおかげで未亜の頭が少し冷え、奈美を掴んでいた手が緩められた。


「おっぱいのことはさておき、ウチは彼氏に求める条件があんねん」


「なんですか?」


「ウチがBLを好きでも受け入れることや。彼氏もBLの妄想に使わせてくれたらなお良しやな」


「ドン引きです。寝言は寝て言って下さいまな板さん」


「おうコラ誰がまな板や! 見た目弄ってワンチャンあると思ったからっていい気になるんとちゃうぞ! まだ司にアプローチできてへん事実は変わっとらんからな!」


 再びプッツンした未亜が奈美の胸倉を掴もうとするが、手が滑って未亜は奈美の胸をがっつり触ってしまった。


「・・・私の勝ちです」


「捥ぐぞゴラァ!」


 若干戦闘時の舞みたいな口調になっている未亜と勝ち誇る奈美の言い争いは激しくなった。


 しかし、その言い合いはすぐに終わることになる。


 藍大が未亜に貸し出したパンドラがリビングに来たからだ。


「キシッ」


 パンドラが短く鳴くと、<睡眠霧スリープミスト>によって未亜も奈美も床に倒れて寝息を立て始めた。


 そして、パンドラは眠ってしまった未亜と奈美に亜空間にしまっていた毛布を掛けた。


 こうして女子会はパンドラの手によって強制終了することとなった。

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