第115話 恥ずか死ぬ

 翌日水曜日の午後、結婚式場で土曜日に行う予定の結婚式の打ち合わせを終えてシャングリラに戻って来た藍大の所に茂が訊ねて来た。


「すまんな、いきなり訪ねて来て」


「家にいたから良いものの仕事はどうしたんだ?」


「藍大の従魔を観察して他のモンスターとの違いを調べに行くって建前でここに来た。なんか言い忘れてたネタはないか?」


「珍しいな。俺頼みの行き当たりばったりの行動なんて。マジで何があった?」


「実は親父が俺に黙って見合いをセッティングしやがった。もう見合いを断れない段階まで進めてから俺に話してきやがったから、俺は明日の夜に見合いに行かなきゃならん」


「芹江さん見合いするんだ~。はい、お茶どうぞ~」


 舞が茂にコップに入れた麦茶を出しつつ、2人の話を聞いて興味を示した。


「不本意ながらな。そうだ、俺の結婚のイメージを固める参考にしたいから聞かせてくれ。舞さんは藍大のどこに惚れたんだ?」


「いっぱいあるよ。美味しい料理をつくれるところでしょ。私をダンジョン探索で稼げるようにしてくれたところもそうだし、自然に気遣ってくれるところも良いな。勿論、守ってあげたくなるところも良いし全部かな。藍大大好き~」


 舞はそう言うと藍大に抱き着いた。


 これだけでも口から砂糖を吐き出しそうになる茂だったが、舞が藍大に抱き着けばサクラが対抗しないはずがない。


 サクラは反対側から藍大に抱き着きつつ自分も藍大の好きなところを語り始めた。


「弱ってた私を助けてくれたことが嬉しかった。自分が弱くても私が無事でいられる可能性を上げるためにネックレスをくれた。主と一緒にいるとポカポカする」


「藍大、褒め殺しされた感想はどうだ?」


「恥ずか死ぬ」


 両サイドから抱き着かれている藍大は、抱き着かれているがゆえに両腕を塞がれていて真っ赤になった顔を隠すことができない。


 ニヤニヤする茂の視線に5文字で返すのが精一杯だった。


 そこにインターホンの音が鳴り響いた。


 藍大は今こそ脱出のチャンスだと立ち上がろうとするが、貧弱な藍大では舞とサクラのハグからは脱出できない。


 したがって、茂が藍大の代わりに玄関のドアを開けることとなった。


「ウェ~イ! なんか面白そうな波動をキャッチしたから来たぜ!」


「お呼びじゃねえ」


 今この場に健太がいると面倒だと思ったため、茂は呼んでないと短く言ってドアを閉めた。


 そんな茂の反応に喰らいつくように健太はチャイムを早押しクイズのボタンを押すが如く連打した。


 騒々しいチャイムの音に茂はイラっと切れてドアを開けた。


「鬱陶しいわ!」


 それだけ言ってドアを閉めようとしたが、健太は強引に体をねじ込んで茂がドアを閉められないようにした。


「ヘイヘイヘーイ。面白そうなことに俺を呼ばねえなんてノンノンノンでしょ」


「うわっ、ウゼぇ」


 茂が嫌そうな顔をしていると、部屋の奥からサクラと舞の声が玄関まで届いた。


「なんだかゴミ虫の鳴き声が聞こえる」


「サクラちゃんいくらでもそれは酷いよ」


「心が・・・折れそうだ・・・」


「お前が軽薄じゃなきゃもうちょいマシに思われただろうに」


 サクラに罵られるのは健太のデフォルトだが、そのフォローをしているようで全くフォローになっていない舞の言葉が健太のメンタルにクリティカルヒットした。


 茂は先程までは締め出してやると力を入れていたけれど、健太のあまりの言われように男として同情してドアを閉める力を緩めた。


「隙あり!」


「あっ、てめえ!」


 茂の隙を逃さずに健太がショックから立ち直り、そのまま部屋の中へと入り込んだ。


 入って来てしまった健太を追い出す手段がなかったので、茂は溜息をつきながら健太の後に続いてリビングに移動した。


 しかし、健太はリビングで見た光景に膝から崩れ落ちた。


「現実は非情だった! 夢も希望もなかった!」


「浮き沈みの激しい奴め」


 健太が膝から崩れ落ちた原因は、藍大が両サイドから舞とサクラに抱き着かれていることだった。


 友の羨まけしからん姿を見れば、独り身の自分の今を空しく思って膝から崩れ落ちるのも無理もない。


 そんな健太を見て茂が呆れるのは仕方のないことだろう。


「来ちゃったものは仕方ない。茂、見合いの話に戻ろうぜ」


「オンドゥルルラギッタンディスカ!?」


 茂が見合いをすると聞いた瞬間、健太の滑舌が大変なことになった。


「何言ってんのかさっぱりわからねえよ」


「本当に裏切ったんですかと健太は言ってる」


 藍大は理解できたので通訳した。


「ウソダドンドコドーン!」


「嘘だそんなこととこのチャラ男は言ってる」


「ナヅェドンドコドイッタ!?」


「何故そんなこと言ったと救いようのない阿保が言ってる」


「なあ、なんで俺を表す言葉がだんだん酷くなってんの?」


「最初のは純粋に滑舌が酷かっただけだった。でも、後の2回は悪ノリしてたからだな」


 通訳の仕方が雑になっていくので、これ以上のボケをかましたら何を言われるかわからないと思って健太は真面目に訊ねた。


 藍大が冷静に答えると、健太はボケるのを止めてキリッとした表情で茂に訊ねた。


「茂の見合い相手って誰?」


「この流れでよく俺にその質問ができたもんだ」


「だって藍大の方を見るとリア充が妬ましくて堪らなくなるから」


 悲しくも男なら理解できる言い分に茂は無言で座り、健太にも座るように促した。


 健太を刺激してこれ以上騒がれるのも嫌だから、舞もサクラも藍大に抱き着くのを止めて茂の話を聞くことにした。


 相談に来たのは自分であり、馬鹿健太が加わったことで無駄な時間を費やしてしまったので茂は見合い相手について話し始めた。


「俺の見合い相手だが、DMUの職人班に在籍する調理士の職業技能ジョブスキルを持つ女性だ」


「名前は? 年齢はいくつだ? どんな感じの人?」


 ここぞとばかりに健太はグイグイと質問する。


「岡千春さん。年齢は27歳。小動物系で背は150cmないな」


「合法ロリ・・・だと・・・」


「お前失礼なこと言うんじゃねえ。職人班の屈強な方々にぶちのめされんぞ?」


「今のはなかったことにしてくれ」


「どうしようかな? 叩かれまくったら直るかもしれねえし」


「俺は白黒テレビじゃねえぞ?」


 健太はあまりにもあんまりな反論を受け、自分をなんだと思っているんだと抗議した。


 藍大はそんな健太をスルーして茂に別の質問を投げかける。


「なんでその岡さんって人と見合いすることになったんだ? 小父さんの選定基準は?」


「岡さんの家が居酒屋で親父がそこの常連なんだ。岡さんの親父さんが俺の親父と意気投合したらしく、今回の見合いが決まったって親父を問い詰めたら吐いた」


「なるほど。ちなみに、茂的には岡さんをどう思ってるんだ?」


「ちっこいなって思ってる。それときびきび動くとも」


 (圧倒的小動物!)


 茂の感想から連想すると、どうしても小動物が藍大の頭に思い浮かんでしまった。


「可憐な女の子タイプかぁ。良いなぁ。司も男だったから俺の周りに守りたくなるような女性がいないもんなぁ。羨ましいなぁ」


 (こいつ馬鹿だ。マジで馬鹿だ。絶対に馬鹿だ)


 藍大は両脇に座っている嫁2人が放出するオーラを察知し、健太のことを馬鹿だと断定した。


「おい、誰が女らしくねえって言ったよゴラァ」


「ゴミ虫、捻り潰されたいの?」


「ひぇっ!? 藍大、ヘルプ! ヘルプミー! 親友のピンチだぞ!」


「俺、自分の持てる力で舞とサクラのことを守りたいって思ってるから。お前の気持ちはわからん」


「頼む相手を間違えた! 茂、助けてくれ!」


「やなこった」


「男の友情なんてあっさり砕け散ったよ畜生!」


 この場から逃げ出そうとした健太を見て、サクラがニッコリと笑みを浮かべた。


「ゴミ虫、気をつけ」


 健太は<導気カリスマ>の効果によってあっけなく気をつけの姿勢になった。


 舞はそんな健太にデコピンを放つ。


「ぐぁぁぁっ! 頭がぁぁぁぁぁ!」


 健太は額に走った痛みに床を転がり回った。


 自業自得なので誰も助けることはない。


 藍大は再度健太をスルーして話を続けた。


「まあ会うのは決まってるんだし、ネガティブに捉えるよりポジティブに捉えようぜ。きっかけは茂の望んだものじゃないかもしれねえけど、岡さんとじっくり話せば好きになるかもしれないだろ」


「そんなもんかね」


「芹江さん、料理上手はポイント高いよ。美人だっていずれは老けるけど料理の腕は落ちないからお得だよ」


「その発想は舞っぽいよね。茂、鑑定して選んだ食材で料理作ってもらうのとか良いと思うよ」


「それだよサクラちゃん!」


「・・・お前達はずっと仲良くやれそうだな」


 美味しいは正義という考えが共通している舞とサクラを見て、彼女達は藍大と相性が良いと茂は思った。


 だが、舞の言うことも一理あると思う部分もあったのは事実だ。


 とりあえず、茂は藍大達のアドバイスを聞いてお見合いに少しだけ前向きになった。

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