第114話 いままでたべてたハンバーグはほんものじゃなかった!

 翌日火曜日の早朝、藍大と舞はリルに騎乗し、サクラは空を飛んで舞が育った秋田県の孤児院へと向かった。


 長距離の移動になることから、念のためゲンとゴルゴンもそれぞれ<鎧化アーマーアウト>と<装飾化アクセアウト>を使って藍大に同行している。


 普通に公道を走れば時間がかかるが、リルならば建物や電線等の上でも重力を感じさせずにほとんど直線で目的地まで走ってみせた。


 リルが<駿足クイック>を使ったこともあり、シャングリラからの移動時間は2時間しかかからずに済んだ。


 車での移動ならばこの3倍は時間がかかったのではないだろうか。


 驚異的なスピードであることは間違いない。


 昨日の時点で舞から孤児院の院長に連絡を入れていたため、庭で子供達を遊ばせていた院長が藍大達の到着したことに気づいたらすぐに院長が出迎えた。


「舞、久し振りだ。立派になったね。こんな立派な旦那さんも捕まえて来るなんて」


「久し振り、父さん。そうだよ。藍大はすっごい頼りになるんだから。元気にしてた?」


「僕は元気だよ。子供達もね。おっと、挨拶をしてませんでしたね。初めまして。僕が立石孤児院の院長を務める立石裕太です。よろしくお願いします」


「こちらこそ初めまして。”楽園の守り人”のクランマスターを務める逢魔藍大と言います。この度は舞さんを貰い受けることのご挨拶に伺いました。これはお土産です」


「初めまして。主の一番従魔の逢魔サクラです。よろしくお願いします」


「ご丁寧にありがとうございます。立ち話もなんですから、どうぞ中に入って下さい」


 裕太がそう言って藍大達を中に入れようとすると、子供達がリルの前に集まって来た。


「うわぁ~、モフモフだ~!」


「カッコいい~!」


「あそぼ~!」


『ありがとう!』


「「「・・・「「しゃべった!?」」・・・」」」


 (あっ、そうか。普通は狼が喋らないよな)


 藍大はリルが喋ることにすっかり慣れており、クランのメンバーや月見商店街でもあっさりとリルが喋ることが受け入れられていたのでこうなることを失念していた。


「リルは賢いフェンリルだから喋れるんだ。特別なんだぞ」


「すご~い!」


「かしこいの~!」


「もっとしゃべって~」


「モフモフ~!」


 (さっきからモフモフに拘る子が1人いるな。道を誤ってモフラーになったら駄目だぞ)


 駄目なモフラー代表の赤星真奈のことを思い出し、モフモフに拘る子供にああはならないでほしいと藍大は願った。


「リル、少しだけ遊んでやってくれないか?」


『任せて! 子供達、僕が遊んであげるよ~』


「「「・・・「「わ~い!」」・・・」」」


 裕太は子供達が純粋に喜ぶ様子を見て藍大に感謝した。


「逢魔さん、リルさん、ありがとうございます」


「いえいえ。子供達の遊び相手を私がお借りする訳ですから」


 子供達の相手をリルに任せ、藍大達は孤児院の応接室へと移動した。


 応接室に移動すると、裕太が舞を見て安心したように頷いた。


「舞が元気にやれてるようで良かったよ。記者会見で舞のことを見た時は余計なことを言わないかヒヤヒヤしてたけど案の定だったね」


「うっ、父さんの意地悪・・・」


 (今でも時々掲示板でネタにされてるんだよなぁ)


 舞の育ての親として、裕太は舞のことをよくわかっているようだ。


「舞にはいつも助けてもらってます。私の危機に体を張って守ってくれますし、舞がいなければ”楽園の守り人”はここまで順調に進んで来れなかったと思います」


「そう言ってもらえると嬉しいです。この子は昔からよく食べる子でしたが、今は逢魔さんがその面倒を見て下さってるんですよね。食べた分ガンガン働かせて下さい」


「酷いよ父さん」


「舞がよく食べるのは昔からなんですね。てっきり、食べられない時があった教訓かと思ってたんですが」


「いえいえ。舞の食欲は昔からです。すくすく育ってくれて嬉しい反面、いつも物足りなそうにしていて申し訳なく思ってました」


「父さんもう止めて。お願いだから」


 藍大の前でこれ以上自分の恥ずかしい過去は語らないでほしいと舞は両手で自分の顔を塞いだ。


「安心して下さい。今の舞は私が毎日満足するまで食べさせてますから。料理の質も量も舞が自炊してた頃よりも格段に良くなりましたよ」


「うん。藍大のご飯はすっごく美味しいよ。それをお腹いっぱい食べられるの」


「それは良かった。舞、繰り返しになるけど逢魔さんを逃したら駄目だぞ。逢魔さんは舞の食欲を受け止められる逸材なんだから。週刊ダンジョンの『Let's eat モンスター!』も読んだぞ。ダブルチーズin照り焼きバーガーを食べてる舞の写真は生き生きしてたな」


「大丈夫。絶対に手放さないよ。お墓まで一緒だもん」


「よろしい」


 (院長は舞のことをマジで理解してるんだなぁ)


 院長と舞のやり取りを見て、藍大は今日ここに来て良かったと思った。


 裕太に何か言われる度に舞は恥ずかしがっているが、それでも会って話ができることに喜んでいるのが藍大にはわかったからだ。


 自分の両親と違って会おうと思えば会えるのだから、今後も偶には立石孤児院に顔を出すようにしようとも藍大は思っていた。


 藍大達が話をしているとあっという間に時間が過ぎ、そろそろ正午に差し掛かる頃合いになった。


 すると、子供の1人が突然応接室のドアを開けて入って来た。


「いんちょ~おなかへった~」


「お話してる時に勝手に入って来ちゃ駄目だよ。すみませんね、逢魔さん」


「いえいえ。少し長話になってしまったようで、こちらこそすみません。お詫びと言ってはなんですが、私が昼食を作るのをお手伝いしましょう」


「やったね! 父さん、藍大がご飯作ってくれるって!」


「お客様にそのようなことをさせられないよ」


「構いません。お土産に持って来たのもダンジョン産の食材です。折角ですから美味しい主菜を作りますよ」


「父さん、ここは藍大に任せて!」


「・・・わかりました。すみませんがよろしくお願いします」


「はい、任されました」


 ここからは藍大の時間ターンである。


 キッチンを借りると、持って来たお土産を使って料理を始める。


 藍大は調理器具を収納袋に入れて持ち歩いているが、今日作るのは舞の力が必要なハンバーグだ。


「舞、力を貸してくれ。ハンバーグ作るから」


「ハンバーグ!? わかった!」


「ミンサーは任せた」


「回すよ~。超回すよ~」


 今日使うのはアローボアとレッドブルの合挽肉だ。


 舞がミンサーで作ってくれた合挽肉を使い、藍大はてきぱきと調理を進めた。


 サクラも自分にできることを手伝い、ハンバーグを焼く段階になるとキッチンから良い匂いが院内に広がっていく。


 そうなれば、リルと子供達がキッチンの前で辛抱堪らんと言わんばかりにハンバーグが完成するのを待っていた。


『ご主人、お腹空いた!』


「「「・・・「「おなかすいた!」」・・・」」」


 (リルが子供達と仲良くなってる。良いことなんだが<賢者ワイズマン>仕事してる?)


 人語で話せる時点で十分賢いのだが、子供達と同じ思考で昼食の催促をするリルは子供のように見えて<賢者ワイズマン>のアビリティが仕事しているのか心配になる。


「舞とサクラは皿の準備を頼む。リル、もうすぐ完成だから子供達を席に着かせてくれ」


「は~い」


「わかった」


『うん! 行くよみんな!』


「「「・・・「「は~い!」」・・・」」」


 舞達は藍大の指示通りに動き、少しでも早く子供達がハンバーグを食べられるようにした。


 藍大は次々にハンバーグを焼き上げ、今孤児院にいる全員分を焼き上げると盛り付けを済ませて舞とサクラと一緒に食堂へと運んだ。


 全員にハンバーグとご飯、サラダが並ぶと院長の裕太が口を開いた。


「みんな一旦静かに。今日は逢魔さんが美味しそうなハンバーグを作ってくれました。冷めない内に食べましょう。いただきます」


「「「・・・「「いただきます!」」・・・」」」


 子供達は元気良く挨拶してハンバーグを口に運んだ。


「おいしい!」


「ハンバァァァグ!」


「いままでたべてたハンバーグはほんものじゃなかった!」


「わたしもこんなハンバーグつくりたい!」


「わたし、おおきくなったらおうまさんのおよめさんになる!」


 (ヤバい、やり過ぎたかもしれん)


 舞二世とも呼べる子供が現れたことに藍大は冷や汗をかいた。


 もっとも、その声は空腹に負けてハンバーグを食べていた舞には聞こえてなかったみたいだが。


「主、駄目だからね?」


 サクラはばっちり聞いていたようだ。


「わかってるって。これ以上奥さんを増やすつもりはないさ」


「それなら良いの。主、私達も食べよう」


「そうだな」


 その後、焼かずにとっておいた分も子供達のおかわりコールで全部なくなり、藍大の作ったハンバーグは品切れとなった。


 食休みを取ってから洗い物をサクラが担当し、藍大達はシャングリラへと帰ることにした。


 帰りも移動に2時間かかるから、あんまり孤児院に長居していられないのだ。


 藍大達はまた来るよと言って孤児院を出発した。


 藍大達を見送る子供達の中にはバイバイ、ありがとうという言葉だけでなくハンバーグと叫ぶ子供もいたのは仕方のないことだろう。

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