第113話 拝啓、父さん、母さん、俺は元気にやってるよ

 昼食後、藍大と舞、サクラは藍大の両親が眠る墓へとやって来た。


 墓はシャングリラと同じ市内にあるので、移動距離は大したことなかった。


 結婚の報告をするために来たが、リルも藍大の外出には絶対ついていく姿勢を見せたので同行した。


 というよりも、リルが一緒に行きたいと言えば藍大にNOという選択肢はあり得ないのだが。


 藍大は両親に挨拶する前に墓の掃除から始めることにした。


「主、掃除なら任せて」


「そうだな。手でやるよりもそっちの方が綺麗になるか。サクラ、頼むよ」


「は~い。綺麗になってね」


 サクラがそう言った直後、藍大の両親の墓石が新品同様になった。


「いつ見てもすごいよなぁ」


「そうだね~」


「フフン。掃除は私に任せてね」


「頼りにしてるよ」


「エヘヘ♪」


 <浄化クリーン>を会得した今、サクラは藍大の行う家事から掃除の分を家では引き受けている。


 掃除に関して時間をかけずに最高のパフォーマンスを発揮するのならば、サクラがやった方が効率的だろう。


 その分藍大に甘えられる時間が増えるのならば、サクラは喜んで掃除を引き受ける所存だ。


 墓石が綺麗になると、藍大は花を取り換えて線香をあげた。


 (拝啓、父さん、母さん、俺は元気にやってるよ。舞とサクラっていう素敵な嫁もできたから安心してくれ)


 藍大は手を合わせて目を瞑り、口に出さずに頭の中でそのように報告した。


 藍大の家族は藍大と両親の3人家族だった。


 大学時代は通学時間の短縮のために大学の近くで独り暮らししていたから、両親が亡くなる前に会ったのは年末だった。


 茂と健太との旅行に行く前に一度実家に帰ったのだ。


 年が変わった時には飛行機に乗っているタイミングで大地震が起こり、藍大は両親の最期を看取ることができなかった。


 自分が親不孝者で申し訳ない気持ちもあったが、人によっては家族どころか財産の大半を失う羽目になった者だっているのだから、シャングリラが残っていたことは不幸中の幸いと言えよう。


 そうだとしても、藍大は自分に舞とサクラという嫁ができたことを生きている両親に見てほしかったと思うのは当然だろう。


 両親が存命中に彼女の1人も作れず、藍大は結婚できるのだろうかと両親からは心配されていた。


 死んでしまった者と会話することはできないから、今藍大が行っていることは自己満足に過ぎないのかもしれない。


 しかし、藍大は遅れてしまったが両親の眠る墓に報告することは絶対にすると決めていたから、ひとまずそれは達成できたことになる。


 藍大が目を開けて後ろに下がると、今度は舞の番だ。


 線香をあげた舞は頭で念じるのではなく、自分の気持ちを口にし始めた。


「お義父様、お義母様、お久し振りです。私は藍大の奥さんになりました。藍大もお二人と同じでお金のない私を追い出すことなく、家賃はある時払いで良いと言ってくれました。お腹が空いた時にはご飯もご馳走してくれたし、冒険者として一緒に行動してからも武器や鎧まで用意してくれたので今日まで無事に生き残ることができました。これからは私が藍大を幸せにしてみせますから、天国で見守ってて下さい」


 (舞は父さんと母さんを知ってたんだっけ)


 舞は高校中退後、仕事を求めて上京して来た。


 その時からシャングリラに住んでいたから、以前の大家だった藍大の両親を知っている。


 舞が上京して来た時には藍大も受験勉強で忙しかったから、当時は舞とほとんど話すことはなかった。


 まともに話すようになったのは藍大が大学時代に帰省した時だった。


 その時はまさか自分と舞が一緒に冒険者としてクランを立ち上げ、挙句の果てに結婚することになるとは思ってもいなかったのだから縁というものはわからない。


 舞の番が終わると、今度はサクラの番である。


 藍大と舞のやり方を見て覚えたらしく、特に困ることなく線香をあげて手を合わせた。


「初めまして。主の従魔兼お嫁さんのサクラです。お義父さん、お義母さんとはお話をしたことがありませんので、私からは宣言をさせてもらいます。私が命を懸けて主を守ります。そして、いつか必ず私と主の子供を見せに来ます。そのための準備はばっちりしてあります」


「「サクラ(ちゃん)!?」」


 サクラの予想外の言葉に藍大と舞は口を挟まずにはいられなかった。


 しかし、サクラはそれをスルーして宣言を続けた。


「主は毎朝元気で私の元気の源です。きっとすぐに子供を見せてあげられると思うので、天国から楽しみに待ってて下さい」


 (・・・毎朝スッキリした朝を迎えられると思ったけど、まさかサクラが?)


 藍大は今初めて1つの謎が解けた。


 冒険者になってからしばらくして、藍大はいつも朝起きると快調だったのだ。


 サクラ達従魔がいるから男性特有の処理も思うようにできず、最近では102号室と103号室も開通して舞も自由に行き来できるようになっている。


 それゆえに悶々とすると思っていたのだが、どういう訳か藍大は毎朝スッキリした目覚めを迎えていた。


 これも冒険者として目覚めたからだろうかと疑問に思いつつ、体の調子が良い分には困らないから藍大はこの謎を放置していた。


 その答えがサクラだったと知れば、藍大は心穏やかではいられない。


 知らなかったとはいえ、サクラに毎朝自分が寝ている間に処理されていたと知れば恥ずかしくて顔が赤くなるのも当然だ。


 舞も結婚するなら子供が欲しいと思っていたが、既にサクラにリードされているとは予想していなかったので驚かずにはいられないだろう。


 だがちょっと待ってほしい。


 サクラの種族名を忘れていないだろうか。


 サクラはサキュバスである。


 そして、今はアビリティが<愛力変換ラブイズパワー>に上書きされているが、その前は<精力変換エナジーコンバート>だったのだ。


 力を分けてもらう方法の1つとして、藍大の精力をサクラが取り込むというものも当然含まれる。


 少し考えればすぐにわかりそうなものだが、サクラの隠蔽工作が完璧過ぎて気づけなかったということだろう。


 これだからサキュバスという種族は恐ろしい。


 掲示板の住人がこの事実を知ったら、藍大は炎上間違いなしである。


「サクラ」


「なぁに?」


「俺が寝てる時に悪戯しちゃ駄目だろ」


「主」


「なんだ?」


「ごちそうさまでした」


「お粗末様でしたって違う、そうじゃない」


 うっかりサクラの流れに乗ってしまったが、藍大はどうにか踏み止まることができた。


「なんで? 主がスッキリして私も吸って力を蓄えられるんだよ? みんな幸せだよ?」


「ん? 吸う?」


「そうだよ。毎朝早起きして主をギュッとするの。それでちょっとだけ元気を分けてもらってるの。駄目だったの?」


 (おっと、これは恥ずかしい。何も疚しいことはなかったじゃんか)


「駄目じゃないな。それぐらいなら良いぞ」


「わ~い」


「サクラちゃん! 言い方が紛らわしいよ!」


 どうやら舞も藍大と同じ勘違いをしていたらしい。


 藍大はそれを口に出さなかったが、舞はストレートにサクラにぶつけるようだ。


「何が~? 舞は何を勘違いしたの~?」


「うっ」


 顔を真っ赤にした舞を見てここが勝負時だと悟ると、サクラはとても良い笑顔を浮かべた。


「あれれ~? どうしたの~? 何と勘違いしたのかな~? 私わかんな~い」


「うぐぅ~」


 (もう止めて! とっくに舞のライフは0なんだ!)


 心の中ではしっかりとボケた藍大だが、表情はなるべく優しい笑みを浮かべてサクラに話しかけた。


「サクラ、それ以上舞を揶揄うんじゃないよ」


「は~い」


「舞、大丈夫か? 顔が真っ赤だが」


「藍大~! サクラが虐めるの~!」


 反論に詰まった舞は藍大に抱き着いた。


 すると、サクラも反対側から抱き着いた。


「違うよ? 虐めてないよ? 真実を突き止めようとしただけだよ?」


 この勝負は舞が劣勢である。


 舞は金髪で元レディース総長でありながら、実際のところはかなりピュアだ。


 やんちゃしていた時も性に奔放だったなんてことはなく、単に向かって来る不良を片っ端から倒していただけである。


 その一方、サクラは夢魔とも呼ばれるサキュバスなのだ。


 真実がどうあれ、この手の話で舞がサクラに勝てると思う方が間違いだと言えよう。


 サクラによって明かされた衝撃の事実もあったが、ひとまず藍大の両親への結婚報告は済んだので藍大達はシャングリラへと帰った。


 明日は朝早くから舞が育った孤児院に向かうので、その準備も進める必要がある。


 余談だが、舞はこの日から毎晩藍大達と一緒に寝るようになったとだけ記しておこう。

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