第108話 サラッと言うなよ!

 藍大達が草津に到着した頃、茂はDMU本部で本部長室に呼び出されていた。


「本部長、お呼びでしょうか?」


「茂は相変わらず硬いね。2人の時は気楽に話してくれて構わないよ」


「・・・何か用か? わかってると思うが鑑定班だって今は忙しいんだが」


 本部長は茂の父親である芹江潤なので、茂がこのまま硬い口調のままだと2人の時ぐらい楽にしてくれなければこっちの息が詰まると言われそうなので口調を崩した。


 口調を崩した瞬間、態度に苛立ちが出てしまっているのも親子2人しかいないからこそ許されたことだろう。


 仮にも本部長に対して解析班の一メンバーが悪態をついていたら、普通に大問題である。


「わかってる。非常時だからこそ他の目がこちらに向かなくなるからなんだよ。茂には藍大君にいくつか話してもらいたいことがあってね」


「藍大に話? いくつか?」


「まずはDMUも関わることから話そう。実は”楽園の守り人”への出向組を通じてDMUの実入りを増やせと言ってる連中がいる」


「チッ、あの老害共が。馬鹿なのか? 藍大が協力的だからDMUにレアなダンジョン産の素材がいち早く入ってんだぞ? 締め付けるような真似したら何も譲ってくれなくなるじゃんか」


「私もそう思う。だが、欲に目が眩んだ狸親父達は違うと思ってるらしい」


「おめでたい連中だな。で、俺にどうしろと?」


 まさか自分を胸糞悪くするためだけにそんな話をしたのではないはずだと思い、茂は潤に自分への用件を催促した。


「藍大に轟さんと広瀬君、薬師寺さんを出向ではなく本当にクランの一員として迎えてもらえないか打診してほしい」


「出向組をクビにするってことか?」


「クビじゃなくて転職の形を取る。少なくとも私はクビにしたいとは思ってない。彼等が自発的に転職してくれれば、その後に”楽園の守り人”と直接やり取りをするのは茂だけだ。狸親父共が彼等に働きかけようとすればスキャンダルとして取り上げられる」


「出向組に悪事の片棒を担がせまいとするのは賛成だ。だが、出向組は首を縦に振るだろうか?」


「そこは茂の手腕にかかってる。藍大君に説得されて彼等が自発的に転職したいと言い出すのが望ましい。そうすれば、茂がダンジョンでの報告は藍大君から受け、ダンジョン産の素材は薬師寺さんから受け取る体制を取れる」


「なるほどな。まあ、出向組はいつ出向が解除されるかって不安も抱えてるだろうし、轟と広瀬に至っては立派な探索戦力でもある。ただ門番をさせておくには惜しいか」


 潤の言いたいことを理解しただけでなく、”楽園の守り人”の基盤を固めるにも潤の話は都合が言いと茂は判断した。


「出向組の転職が無事に済めば、他所のクランと同様に”楽園の守り人”もクランとして独り立ちすることになる。そうなれば、中小クランから”楽園の守り人”がDMUとのパイプを僻まれることも減るはずだ」


「それはあり得ないな」


「何故だい?」


 自分の考えにノータイムで異議を申し立てられたので、潤は茂にその理由を話すよう求めた。


「藍大達は意図しなくても何かやらかす。世間の注目度から言えば三原色のクランと同等だ。目立てば一定のアンチが現れるのも自然だ」


「そういうものかね?」


「そういうもんだ。とりあえず、老害共に好きにさせないように出向組を転職させることには協力しよう。後のことはきっと藍大達がなんとかするさ。既に三原色のクランと同じかそれ以上の戦力を保有してるんだ。不用意にちょっかいを出す奴もシャングリラを見つけたばかりの頃に比べればマシだろうしな」


「それは良かった。じゃあ1つ目の話はこれで終わりだ」


 1つ目の話については、潤も茂が非協力的にならないと予想していたのでここまでは予想通りなのだ。


 今のは前座と言ったって良いぐらいであり、本題は次の話である。


「次はなんの話だ?」


「茂はこの国が一夫多妻制になると聞いてどう思う?」


「・・・そんな法案が通ったのか? ニュースでは報道されてないぞ?」


「大地震による人口の大幅な減少は日本にとって課題だった。しかも、今回のようなスタンピードが起きれば更に死者が増えるかもしれない。そう考えた結果、議論するまでもない急務ということで民法が改正されることになった」


「緊急時に嘘つくようなことはしないか。俺を経由して藍大に話してくれってのは見合いでもセッティングするのか?」


「違うよ。そんなことやったら私が立石さんに殴り殺されてしまうよ。サクラさんにもね」


 潤も藍大の恋愛事情は把握しているらしく、そんな無茶な真似はしないと否定した。


「それじゃなんだ? 藍大に立石さんだけでなくサクラと結婚しろとでも?」


「その通りだ」


「そんなはずないよな。・・・は?」


 潤が自分の冗談を肯定したものだから、茂は聞き間違えてしまったのではないかと思った。


 そんな茂に冗談ではないと潤が首を縦に振ってみせた。


「その通りだよ。藍大君には立石さんとサクラさんと結婚してもらう。一夫多妻制というのは人口を増やす目的もあるが、強い遺伝子を多く残すことも目的としてる。サクラさんが藍大君の子供を身籠れるならば、人類がモンスターの力を取り込む必要も出て来るだろう?」


「本気で言ってんのか? 相手は従魔だぞ?」


「本気だとも。多分、サクラさんは快諾してくれるんじゃないかな」


 それは否定できないと茂も思った。


 藍大からの報告では彼と舞は付き合っている。


 しかし、サクラは藍大のことを親としてだけでなく異性としても意識しているのだ。


 現行の制度であれば、藍大は舞としか結婚できないから遅かれ早かれ藍大達の関係性が悪化する可能性は高い。


 一夫多妻制にして藍大がサクラも嫁に迎えられるようにすれば、舞にもサクラにも角が立たなくなる。


「そこは藍大に話をするとしか言えないな。絶対に両方と結婚するとも言えないし、藍大の気持ちの問題もある」


「わかってるさ。ただ、私が言うよりも茂が言った方が良いだろ? その方がお国のために結婚させられました感が和らぐ」


「そりゃそうだ。俺から言わなきゃ進むもんも進まなくなる。ちなみに、民法改正はいつ報道されるんだ?」


「このスタンピードが終わったらすぐだね。大地震の後、外国でもいくつかの国が一夫多妻制を導入してたから日本もそうなるのかぐらいのインパクトで済むんじゃないかな」


 潤の言う通り、大地震で死者が多く人口が大きく減ってしまった国では即座に一夫多妻制が導入された。


 大地震は世界人口の3割を減らしたが、それは合計の話で合って国によっては半分以上の人口が減った所だってある。


 まだ人はたくさんいるから一夫一婦制で問題ないなんて言っていれば、今日のようなスタンピードが起きてしまって慌てることになる。


 既に日本でスタンピードが起きた5ヶ所に救援は送っているから、ダンジョンから溢れ出たモンスターに日本の領土を占拠されることはないだろう。


 そうだとしても、認めたくないことだがスタンピードによって少なくない死傷者が出てしまうに違いない。


 日本もこれを機に一夫多妻制にしなければ、次のスタンピードを乗り越えられない可能性があるというのが有識者会議の結論だった。


「わかった。草津の救援が落ち着いたら俺から藍大に一夫多妻制の件も話しておく」


「よろしく頼むよ。あぁ、そうそう、茂にもお見合い設定しといたから」


「おう。じゃねえよ! 今なんつった!?」


「ん? 茂にもお見合いを設定したって言ったんだ」


「サラッと言うなよ!」


 話がまとまった後に自分にとって一大事をサラッと告知されたとなれば、茂が声を荒げるのも無理もない。


「えっ、駄目だった?」


「駄目に決まってんだろクソ親父。俺の結婚相手は俺が決める」


「藍大君には立石さんとサクラさんって決まった子がいるけど、茂にはいないだろう?」


 潤の頭の中では藍大が舞とサクラと結婚することは決定事項のようだ。


 それはさておき、茂は自分に迫った危機をどうにかしなければならない。


「付き合ってる人はいないけど、俺は自分で相手を決めたいんだ。なかったことにするとしても、先方に迷惑がかかるんだし余計なことはしないでくれ」


「先方に迷惑かかるから今回だけは会ってくれ。頼んだよ」


「おいコラ俺の話聞けよ」


「あっ、電話だ。もしもし? 冒険者のダンジョン探索ノルマの件ですか?」


 潤は自分にかかって来た電話に出てその対応に移ってしまった。


 ここで喚いて電話にその声が入ってしまえば、ムシャクシャしてやったでは済まされないので茂は苛立ちをどうにか抑え込んで本部長室を退室した。

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