第107話 ゴブリン死すべし慈悲はない
藍大達がシャングリラの最寄りの小学校の校庭に着くと、既にヘリコプターは到着していた。
未亜と健太、メロとパンドラがシャングリラにいれば藍大達の不在時に良からぬことを企む者が現れても撃退できる。
そう思って藍大達はヘリコプターに搭乗した。
リルは場所を取らないように子犬サイズになり、藍大の膝の上に座った。
ヘリが離陸して草津に向かっていると、舞のお腹から空腹のサインが聞こえて来たので藍大は用意していたおにぎりの入ったバスケットを取り出した。
「おにぎりだ~」
『お腹空いた!』
藍大のおにぎりを見た瞬間、舞とリルはとても喜んだ。
ゆっくりと昼食を取る暇もなくヘリコプターに乗り込んだため、昼食は諦めないと駄目だと思っていたようで食いしん坊ズは嬉しいサプライズに感謝している。
勿論、藍大もサクラも昼食を食べたかったし、DMUの仕事で一食抜くことがあった麗奈と司も食べられる時に食べておきたいと思っていた。
「好きなおにぎりを取ってくれ」
「主、これの具は何?」
「レッドブルの角煮」
「藍大、これは?」
「ソードリーキとフロージェリーを塩味で炒めた」
「藍大、ドランクマッシュの入ったおにぎりはないの?」
「麗奈、これから救援に行くのにお酒とか馬鹿なの?」
藍大が答える前に麗奈の質問に司が応じた。
「じょ、冗談だってば。じゃあ手前のこれにするわね。いただきまーす。むはぁっ!?」
「麗奈、汚い」
司のジト目に耐えられず、麗奈は手前にあったおにぎりを手に取って食べて咽た。
そんな麗奈を見て司のジト目の圧が増した。
「あっ、言い忘れてた。このバスケットの中に1つだけトーチホークの激辛おにぎりがあるから」
「水、水!」
「早速当てたみたいだね。ほら、水だよ」
藍大の遊び心の犠牲者となった麗奈を哀れに思い、司は麗奈に水筒を渡した。
水を飲んで落ち着いた麗奈は大きく息を吐いた。
「ふぅ、辛かった~。でも癖になる辛さなのよね」
「そりゃ俺だって食べられない物を作った訳じゃないさ。麗奈が何も知らずに食べて辛さに驚いたところはしっかりと楽しませてもらった」
「不味かったら文句を言いたいところだけど、辛いとわかってれば普通に美味しいから悔しい」
「食べられない料理作って食材を無駄にするぐらいなら、俺は舞やリルの分に充てるさ」
「ふぁふふぁふぁふぁんふぁ」
『ご主人ありがとう!』
「舞は飲み込んでから喋ろうな」
もきゅもきゅとおにぎりを食べている舞が口の中に物が入ったまま何か言ったので、藍大は飲み込んでから喋るようにやんわりと注意した。
傍から見れば彼氏彼女の関係ではなく親子のそれである。
砂糖成分が微塵も感じられないのは仕方のないことだ。
「流石は藍大」
「喜んでもらえて良かったよ」
藍大達の昼食が終わり、そろそろ草津が見下ろせる所までやって来た。
湯煙が上がっているならいつも通りかもしれないが、今の草津は火事による灰色の煙も上がっていた。
「現地の冒険者は何やってんだよ」
「藍大が勘違いしてるかもしれないから言っとくけど、僕達DMUの冒険者や舞、未亜、健太の強さを基準にしちゃ駄目だよ」
「そうなのか?」
「うん。DMUに入れる冒険者は大きなクランに入らなかった人達の中から選抜されてるんだ。未亜や健太だってソロ冒険者としては二つ名持ちで有名だし、舞はそんな中でも群を抜いて強いよ」
”楽園の守り人”の専用掲示板のハンドルネームで考えれば、全員が二つ名持ちだったことを藍大は思い出した。
「確かに全員二つ名持ちだった」
「二つ名持ち=戦闘能力が高いとは断言できないけど、1つの基準だと思ってほしいな」
「わかった。ところで、草津には二つ名持ちはいないのか?」
「う~ん、僕が知る限りではいないな。麗奈は知ってる?」
「私も知らないわね。温泉が有名な場所のダンジョンにいる冒険者ってその日のお酒のためにダンジョン探索するところがあるから」
そう言った麗奈に無言の視線が集中した。
麗奈は視線の圧力と沈黙に耐えられなくなって口を開いた。
「な、何よ?」
「別に~」
「お前が言うな」
「なんて」
「思ってない」
「うぐっ」
リルを除く全員のコンビネーションの前にして、麗奈は痛い所を突かれてしまったと唸った。
しかし、リルだけは何も言わなかったので麗奈はリルに助けを求めた。
「リル君、みんなが虐めるの。助けて」
『麗奈って偶に朝お酒臭いよ?』
「がはっ!?」
KOである。
決まり手はリルだった。
人よりも優れた嗅覚の持ち主であるリルの鼻は、お酒を飲み過ぎた麗奈が朝風呂してお酒を抜いただけでは誤魔化しきれなかったようだ。
麗奈いじりもやり過ぎは良くないから、藍大は舞に話を振った。
「舞は草津に知り合いっている?」
「一方的に知られてるよ~」
「うん、それはなんとなくわかる」
残念ながら、藍大はヘリコプターの中では現場の戦力が掴めなかった。
ヘリコプターが開けた所を探して着陸しようとしたが、学校はこのような緊急事態では避難所になっているので着陸ができない。
それゆえ、藍大達はヘリコプターが近づけるギリギリまで周辺の中では高い建物の屋上に近づいてもらい、そこから飛び降りることにした。
藍大以外の身体能力ならば問題ないが、藍大はそのまま飛び降りるには不安があったのでサクラが藍大を抱えて飛んだのは言うまでもない。
実際のところ、ゲンが<
サクラは策士だった。
藍大達が無事に屋上に降りると、ヘリコプターはその場から去った。
緊急事態においてヘリコプターには救援物資の手配やら重傷者の搬送等色々と役割があるからである。
建物の屋上から1階まで行くと、あちこちでモンスターの鳴き声が聞こえて来た。
「二組に分かれよう。麗奈と司はあっち。俺達と舞はこっちだ。第一優先は自分達の安全。第二優先は生存者の避難。第三優先はモンスターの討伐。良いな?」
「「「了解!」」」
全員で一緒に行動すると救援の効率が落ちるから、藍大は基本方針を伝えて二手に分かれるよう指示した。
サクラとリルならば単体でも十分な戦力として動かせるが、緊急時に錯乱した冒険者に藍大の従魔だとわからずに攻撃される場合もある。
あくまで第一優先は自分達の安全なので、サクラとリルは自分の傍に置いておきたいというのが藍大の正直な気持ちだった。
その気持ちは舞にも当てはまる。
藍大達が救援活動を始めると、大型犬サイズになったリルが敵の位置を藍大に知らせた。
『ご主人、あの建物の裏にモンスターがいる』
「わかった。討伐しよう」
リルが指摘した場所まで行くと、そこにはゴブリンがダース単位で群れていた。
そのゴブリン達に殺されたらしい人達の死体があり、ゴブリン達はそれを殴って遊んでいたようだ。
現実離れした状況に藍大は静かにキレた。
「ゴブリン死すべし慈悲はない」
「てめえらぶっ殺してやる!」
舞は凄惨な光景に我慢できず、B2メイスでその場にいた全てのゴブリンを地面のシミへと変えた。
「舞、次に行くぞ」
「おう! 巣の外に出て来たことを後悔させてやるよ!」
戦闘が終わっても舞が戦闘モードから元に戻らない。
草津ではスタンピードが収まるまで常在戦場と判断したんだろう。
「ゲギャア!」
「ふんっ!」
『ご主人、ビールケースの中に1体いる!』
「サクラ」
「任せて!」
『あっちは僕がやる!』
藍大達が通った後には従魔を除いてダンジョンから溢れたゴブリンの死体しか残らなかった。
(マジで現場の冒険者達は何やってんだよ)
ゴブリンに辱めを受けていた死体はいずれも一般人のものであり、こんな時に戦うべき冒険者はどこに行ったんだと藍大はイラついた。
冒険者らしき死体がないことから、自分の命惜しさに一般人を見捨てて逃げたのではないかと疑ってしまうと余計に腹が立ってしまう。
『ご主人、この先にゴブリンがたくさん集まってる。すごい臭い』
「倒しに行こう。誰か捕まってるかもしれないからな」
リルの案内で藍大達はゴブリンの群れがいると思われる場所へと向かった。
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