第98話 自分が弱者だと認めることです
藍大は教壇に立ってすぐに講義を始めた。
「どうもこんにちは。今年の3月にこの大学を卒業したテイマーさんこと逢魔藍大です。今は”楽園の守り人”のクランマスターを務めてます。短い時間ですがよろしくお願いします」
藍大は一礼してから話を続けた。
「今日私から皆さんにお話するのは、シャングリラダンジョンの1階に出現するモンスターについてです。私が所有するシャングリラでは、全世界で滅多にお目にかかれないレアモンスターが
藍大が紹介するのは月曜日から順にアルミラージ、ヒートエイプ、バブルフロッグ、ドランクマッシュ、マネーバグ、マディドール、エッグランナーの7体だ。
1階にはそれぞれのフロアボスと”掃除屋”もいるが、質疑応答込みの30分で21体を説明するには時間があまりにも少な過ぎる。
それゆえ、話をする対象を既に世界各地で目撃されたことのあるアルミラージをはじめとした7体に絞った。
藍大は事前配布した公開しても問題ない資料と投影のみの重要な資料をうまく組み合わせ、7体のレアモンスターについて特徴とどうやって戦うべきか説明した。
藍大達はあっさりと倒しているが、これらのレアモンスター7体は厄介な性質を持っている。
アルミラージはその可愛さのあまり、うっかり手を刺し伸ばして角に刺し貫かれる冒険者が少なくない。
ヒートエイプは高い所から火の球を投げつけて冒険者を燃やしたと報告される。
バブルフロッグは周囲を泡だらけにしてスリップしやすくし、冒険者の機動力を潰してから攻撃したケースがある。
ドランクマッシュは麗奈のように冒険者を泥酔させたところを襲う。
マネーバグは硬貨に化けて近寄って来た生物の隙を伺って奇襲する。
マディドールは壁に溶け込むように移動しているから、暗い洞窟では奇襲に適している。
エッグランナーは攻撃手段が突撃のみではあるが、速度が突撃の威力に加算されるから突進すると洒落にならないダメージを受ける。
それぞれの特徴をふまえ、自分達はどのように戦ったか話してから藍大は質疑応答の時間に移った。
「では、私の説明は以上です。ここからは質疑応答とします。講義に関係があることのみ質問を受け付けます。質問がある方から挙手をお願いします」
「「「・・・「「はい!」」・・・」」」
(俺が講師でも手は挙がるもんだな)
冒険者になって1ヶ月弱の自分なんて真奈に比べてしまえばまだまだ若輩者だと思っていたがは自分に質問をしたいと思っている学生冒険者の数が多くて藍大は少し嬉しくなった。
「右の列のツーブロックの男性が早かったですね。どうぞ」
「貴重なお話をありがとうございました。逢魔さんには頼れる従魔と立石さんがいらっしゃいますが、学生冒険者同士ではそう上手く倒せるとも思えません。学生同士で組んだパーティーが遭遇して最も倒しやすいモンスターと最も倒しにくいモンスターはそれぞれ教えて下さい」
「前提条件によって回答が変わります。想定する戦力を
「拳闘士1、盾士1、弓士1、薬士1の構成です」
戦力の詳細を聞くと、藍大はすぐに答えを導き出した。
「最も倒しやすいのがエッグランナーで、最も倒しにくいのがヒートエイプです。盾士がいるならば、エッグランナーの<
「ありがとうございます。参考にさせていただきます」
今のやり取りを聞いた大教室にいる者の大半が、藍大の頭の回転の速さに感心させられた。
例外は藍大のことを知っている舞やサクラ、リル、北村だった。
舞達パーティーメンバーはいつも藍大の指示を受けて動いているから、藍大に向けられる尊敬の眼差しを感じてドヤ顔になっている。
北村も藍大が学生の時に問答したことがあったため、その頭の回転の速さは相変わらずのようだと嬉しそうに頷いていた。
藍大は時間が限られているので次の指名をした。
「次は中央の列真ん中にいる茶髪の女性です」
「はい。貴重なお話ありがとうございました。レアモンスターは遭遇頻度が低いゆえに戦う機会が少なく、後手に回ってしまうこともあると思います。そんなモンスターがたくさんいるシャングリラで探索を続けるにあたって、逢魔さんが心がけてることはなんでしょうか?」
「自分が弱者だと認めることです」
「・・・弱者ですか?」
「弱者です。私は従魔士なので自分で直接攻撃するような力はありません。仲間の力を借りてダンジョンを探索してます。それなのにダンジョン探索の調子が良いからと気が大きくなれば、そこで足元を掬われます。自分が弱いからこそ頭を使い、最善策を選ばなくてはならない。慢心したら五体満足でダンジョンから帰って来れなくなる時が来ると思って下さい」
藍大の発言は大教室にいる2,3割の学生にとって耳の痛いものだった。
戦闘職の
俺はゴブリンを倒せるから余裕だとか、私はホーンラビットを射抜けるから強いだとか思っている者が大教室の中にもいたのだ。
「肝に銘じます。アドバイスいただきありがとうございました」
質問した学生は素直に藍大の言葉を受け止めて頭を下げた。
藍大は彼女ならしぶとく生き残るだろうと思った。
「次は左の列にしましょう。後ろの列のフード付きパーカーを着た男性」
「はい。お話ありがとうございました。記者会見の時には従魔士以外のテイムする手段に見当がつかないと仰ってましたが、今も同じでしょうか?」
「同じです。ダンジョンのモンスターは侵入者である我々冒険者を襲うように仕組まれてます。その仕組みに介入するのが従魔士だと考えてますので、今のところ他の手段に見当が付きません」
「わかりました。ありがとうございました」
(従魔を手に入れたいと思ってたらしいな。・・・真奈さん、同志かもって期待しちゃってるじゃないですか)
質問した男性をチラッと見てうんうんと頷く真奈を見て、藍大は内心で溜息をついた。
そう思っても、藍大はすぐに気持ちを切り替えて次の学生を指名した。
「次は右の最前列のパーマがかかった女性です」
「はい。お話ありがとうございました。私は<調理士>の
「私以上に戦えないと思いますので無理は禁物です。ダンジョンに行かず、モンスター食材を取り扱ってるお店を利用することをお勧めします。月見商店街ならば、”楽園の守り人”がモンスター食材を少量ですが卸してますのでご利用下さい」
「わかりました」
今の質疑応答だけ月見商店街の宣伝になってしまったが、彼女は決して藍大の仕込みではない。
純粋にモンスター食材を買うお金を節約したいから、自分で狩りに行こうとしたのだろう。
それを見抜いてしまった以上、下手な回答をしても責任が取れないから藍大はダンジョンに行くなと忠告した。
決して月見商店街を宣伝するために行くなと言った訳ではないのだ。
その後も終了時刻になるまで質疑応答を続け、特にハプニングが起こることなく特別講義は終わった。
学生達が退室すると、藍大達は後片付けを始めた。
そこに舞達がやって来た。
「藍大、お疲れ様。本当に先生みたいだったよ」
「主~、カッコ良かった~」
『ご主人、すごかったよ』
「ありがとな。気を張ってたから疲れたぜ」
藍大はサクラとリルの頭を撫でてようやく肩の力が抜けた。
学生冒険者達の前で発表するのは緊張したらしい。
ボケる訳にもいかず、シリアスな雰囲気のまま30分話すというのは藍大にとって地味にストレスがかかることだったようだ。
「逢魔君、気の引き締まる良い話だったよ。これで彼等も無駄死にすることはないはずだ」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
北村が藍大を褒めていると、真奈が真顔でそこに割って入った。
「自分が弱者だと認めることです(キリッ)」
「真奈さん、貴女はリルに触る権利を完全に失いました」
「冗談です。ごめんなさい。それだけは勘弁して下さい」
「リルの判定は?」
『アウト~』
「だそうです」
「そんなぁ~」
モフラーには一番辛いリルへのお触り禁止と言われ、真奈はしょんぼりしたが自業自得だ。
何はともあれ、藍大の特別講義はこうして終わるのだった。
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