第97話 ただのモフラーじゃなかったのか

 午後3時55分、C大学の大教室には特別講義を聞きに来た学生冒険者達が集まっていた。


 特別講義が4時から始まるということで、聴講者は5分前行動をしっかり心掛けているようだ。


 もっとも、講師が三原色のクランのサブマスターと世界初の従魔士となれば、絶対にこの機会は逃せないと思ってのことだろうが。


 北村と講師2人は最前列の席で話していた。


「北村教授、学生冒険者ってC大学だけでも結構いるんですね」


「そうだね。つい最近まで大学生だった逢魔君はさておき、赤星君にとっては意外だったか」


「はい。やはりDMU本部が近いことも影響してるんでしょうか?」


「その推論は正しいよ。彼等は講義を終えるとその足で八王子に出向くんだ。ところで、逢魔君はそんな色のスーツを持ってたのかい?」


「持ってたんです」


 藍大も真奈も今日は講師としてこの場にいるので、普段の服装ではなくきちっとした正装に身を包んでいる。


 北村が気になったのは藍大のスーツの色が藍色だったからである。


 実はこのスーツ、藍大が記者会見で着ていたスーツにゲンが<鎧化アーマーアウト>を発動してこうなった。


 ゲンがアビリティを解除すれば元通りの色に変わる。


 講義中に何か起きてもゲンだけは傍にいられるから、ゲンが藍大を守っている間に最前列の席で聴講する舞とサクラとリルがすぐに合流できるようにしている。


 ちなみに、付き添いの舞は私服だ。


 レンタルしないとスーツを持っていない舞としては、自分が何かする訳でもないのにスーツを着るのは堅苦しくて嫌だったのだ。


「そうか。良い色だね。さて、そろそろ時間だから赤星君は一緒に壇上に来てくれ」


「わかりました」


 真奈は立ち上がって北村と共に教壇の上に立った。


 北村は時計を見て時間になったことを確認するとマイクのスイッチを入れた。


「学生諸君、定刻になったので特別講義を始める。事前に告知した通り、今日は私のゼミの卒業生の赤星真奈君と逢魔藍大君に来てもらってる。今日の講義が諸君のこれからに役立つかどうかは諸君次第だ。質疑応答の時間も設けたから、積極的に質問するように。では、赤星君にバトンタッチする」


 それだけ言うと、北村は教壇から藍大の隣の席まで移動した。


 真奈はそれを見届けてから口を開いた。


「皆さんこんにちは。私は”レッドスター”サブマスターの赤星真奈です。今日は北村教授に今回のお話をいただいてこちらに来ました。皆さんにとって実りの多い時間になれば幸いです。では、事前に配布してある資料の2ページを開いて下さい」


 (ただのモフラーじゃなかったのか)


 堂々と学生達の前で話す真奈を見て、藍大は割と失礼なことを考えていた。


 確かに藍大の前では行き過ぎたモフラーとしての印象が強かったかもしれないが、ただのモフラーがクランマスターと血縁関係にあるだけで”レッドスター”のサブマスターになれるはずがない。


 実力が伴わなければ、大きなクランでサブマスターの役職に就くことなんてできはしないのだ。


 真奈の講義は序盤がモンスターやダンジョンの分類の復習、中盤が自身の体験談、終盤が質疑応答という構成だった。


 モンスターには大きく分けて亜人型と獣型、 鳥型、水棲型、昆虫型、植物型、無機型、アンデッド型の8種類が存在するとされている。


 あくまで現時点で発見されているモンスターを分類したものなので、今後の冒険者達の活躍によっては枠組みが変わることもあり得る。


 というよりも、シャングリラダンジョンに出現するモンスターの中には8つの分類に当てはまらないものだって存在する。


 それゆえ、現在進行形でDMU解析班が分類の改定作業を進めているところだ。


 分類の改定には時間がかかるため、今は下記の通りの分け方が一般的とされている。


 亜人型はゴブリンやオーク、コボルドを代表とする二足歩行のモンスターが分類される。


 獣型はキラードッグやホーンラビット、アーミーラットを代表とする四足歩行のモンスターが分類される。


 鳥型はノイジーコッコやクルッポー、プリエントクロウを代表とする翼が生えて空を飛べるモンスターが分類される。


 水棲型はホップフロッグ、スタッフィー、ウェブカマーのような水辺や水中に生息するモンスターが分類される。


 昆虫型はポイズンスパイダーやハニービー、キラーマンティスのような虫の見た目のモンスターが分類される。


 植物型はウォークマッシュやコバンブー、キラープラントのような菌類を含む広義的な植物の見た目をしたモンスターが分類される。


 無機型はキラードールやシャドウストーカー、ストーンスタチューのような有機物ではないモンスターがまとめて分類される。


 アンデッド型はスケルトンやゾンビ、ゴーストのような既に死んでいるのに怨念によって動いてしまうモンスターが分類される。


 以上の種類をしっかりと把握し、それぞれが大まかにどんな攻撃を仕掛けて来るか事前に調べておくことでダメージを受ける可能性を減らす。


 ダンジョンの特性についても同じで、それを理解せず何も準備せずに行くと遭難するので気をつけるべきだと真奈は強く主張した。


 自身の体験談では、客船ダンジョン以外にも遠征した時の苦労や当時反省した内容について語った。


 ここまで喋って残り10分弱である。


「ここまで私が一方的に話しましたが、残りは質疑応答の時間とさせていただきます。質問があれば挙手して下さい」


「「「・・・「「はい!」」・・・」」」


 (普通の大学の講義じゃこんなに手は挙がらねえよなぁ)


 一斉に手を挙げる学生冒険者達の声を聞き、藍大は自分が講義を受けていた頃のことを思い出した。


 大学の講義は高校までの授業と違って大人数で受けるものが少なくない。


 受講者が多ければ大教室で行われ、大教室で行われれば講師達も講義の邪魔をしない限り何をやっていても注意したりしない。


 ノートパソコンを使っていても、講義のノートをそれで取っている者だっているから迂闊に注意できない。


 どうしても気になるならば、履修登録時のガイダンスでその講義ではノートパソコンを使ってはいけないことを説明する講師がいた程度だ。


 学生も学生で単位さえ取れれば良いと考える者達ならば、講義の出席日数を確保するためだけに講義に参加する者だっている。


 勿論、教室内には真面目に講義を受ける学生もいたが、それは高校の授業よりも割合で言えば少ないだろう。


 それはさておき、真奈は最初の1人を指名した。


「では、そこの前髪を揃えた女性」


「はい。貴重な講演ありがとうございました。赤星さんは客船ダンジョン以外のダンジョンに行く際、何を基準としてダンジョンを選定してますか?」


「私がダンジョンに行く目的は、ダンジョンのモンスターを倒して素材を集めることとダンジョン内の隠し部屋で宝箱を見つけることです。それを前提として必要な素材が得られると情報があり、自分の力でも無理なくモンスターを倒せるとわかってる所を選んでます。強いモンスターを倒して名声を得ることを重視する方もいますが、私は命あっての名声だと思います」


 (俺もそー思う)


 軽い調子で藍大は心の中で賛成しているが、実際に藍大は自分から名声のために動いたことはない。


 今の藍大がシャングリラダンジョンに行く理由とは、従魔と舞の食い扶持を稼ぎたいというその1点である。


 サクラ達従魔を亜空間に待機させ、必要な時だけ呼び出せば毎日のようにダンジョンに挑む必要はないかもしれない。


 しかし、冒険者なんていつまでも続けていられるとは限らない。


 稼げる間に稼ぐべきなのだ。


「ありがとうございました」


「では次ですが・・・、左の列の黒いのジャージの男性」


「貴重なお話をしていただきありがとうございました。私も弓士の職業技能ジョブスキルを持ってます。赤星さんは自分の使う弓矢をどうやって決めてますか?」


「良い質問ですね。私みたいに懐に余裕ができるまで活動したならば、挑むダンジョンに合わせて弓矢を用意した方がお金はかかっても無事に帰って来れます。しかし、学生の間に弓矢を何種類も用意するのは厳しいでしょうから、耐久性が高くて部品を交換すれば長持ちする弓を1つと挑むダンジョンに現れるモンスターの特徴に合わせた矢をその時々で調達すると良いと思います」


「ありがとうございます。アドバイスいただいた通り試させていただきます」


 それから3つ質問に答えた所で時間切れとなり、真奈のパートは終了となった。


 次はいよいよ藍大の番である。

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