第94話 私、気になります!

 北村教授に指定された教室は、C大学だとこの時間はほとんど使われない場所だった。


「失礼します」


 年長者を立てて真奈から教室の中に入ると、そこには30代にしか見えない若々しい男性がいた。


「やあ、よく来てくれたね。赤星君と逢魔君は久し振り」


「「お久し振りです」」


「逢魔君の連れは立石さん、サクラさん、リルさんかな。初めまして。C大学教授の北村冬馬だ。よろしくね」


「よろしくお願いします。”楽園の守り人”サブマスター、立石舞です」


「主の一番従魔のサクラだよ」


『リルだよ』


『俺・・・気づかれてない・・・。悲しい・・・』


 (<鎧化アーマーアウト>使ってたら気づかないっしょ。というか挨拶を面倒がらないのか?)


 ゲンの声は生憎藍大にしか聞こえない。


 舞やサクラ、リルはゲンが一緒に来ていることを知っているが、何を藍大に話しているのかさっぱりわからないのだ。


 それゆえ、藍大はこの場で唯一ゲンの悲しみを知ることができた。


 とはいえ、ゲンは面倒臭がりだから挨拶を嫌がるだろうと思っていたが、藍大の予想が外れて自分だけ仲間外れだったことを悲しんでいた。


 だったら<鎧化アーマーアウト>を解除すれば良いだけの話だが、楽をしたい気持ちが勝って藍大に姿を見せても良いかと相談しなかった。


 つまり、自分の意思でゲンは姿を見せていないのだから、気づかれなくても仕方のないことである。


「挨拶はこの辺にして、早速打ち合わせに入ろうか。皆さん、空いてる席に適当に座ってくれるかい?」


「「はい」」


 指示を出す姿はいかにも先生という感じの北村に従い、藍大達はホワイトボードに近い席に着いた。


 藍大の隣の席に座った舞は小声で藍大に訊ねた。


「北村教授って何歳おいくつなの?」


「確か48歳」


「えっ、嘘!?」


「どうされましたか?」


 いきなり舞が大きな声を出すものだから、北村は何があったのかと訊ねた。


 その問いに対して藍大がすぐに答えた。


「新入生が初めてゼミに来た時に起こるあれです」


「なるほど。立石さん、私は正真正銘48歳だよ。来月には49歳になるね」


「若さの秘訣はなんですか?」


「適度な運動と適度な食事、適度な睡眠かな」


「あれ、もう実践してる?」


「食事だけは適度じゃないんだよなぁ」


 真顔でボケたことを言う舞に対し、藍大はやんわりとツッコミを入れた。


 北村はそのやり取りを見てポンと手を打った。


「思い出した。逢魔君、先日の週刊ダンジョンの『Let's eat モンスター!』を読んだよ。ダブルチーズin照り焼きバーガー、美味しそうにできてたね」


「ありがとうございます」


「本当に君は料理が得意だね。ゼミ合宿でも芹江君の発案でその腕を振るってもらったけれど、妻の料理の次に美味しかったよ」


 北村の家は奥さんと子供2人の4人で構成される。


 奥さんは過去にホテルの料理人経験を活かし、そこそこメディアに取り上げられる弁当屋の店主をしており、北村が妻の料理の次に藍大の料理が美味しいと言ったのはそれが理由だ。


「そう言われると逢魔さんの作った料理を食べてみたいですね」


「「『駄目!』」」


 ここまで言われれば真奈が気にならないはずもなくて言ってみたが、舞とサクラ、リルがノータイムで却下した。


「おやおや、逢魔君の料理は今も大人気みたいだ」


 これ以上ライバルが増えてなるのものかと思った三者の反応を見て、北村は微笑みながらそう言った。


 ちなみに、サクラが思うライバルは舞とリルが思うライバルとは別である。


 サクラはこれ以上藍大の周りに女性はいらないという意味で言っているが、舞とリルは自分達の取り分が減るという意味で言っている。


「今日は料理を作りに来たんじゃないんだ。作らないから安心して。北村教授、本題に入りましょう」


「そうだね。特別講義は明日だ。こうやって話すのも悪くないけど話を進めよう。

私は赤星君と逢魔君に特別講義を別々にお願いしたが、それぞれ持ち時間は30分で五十音順にやってもらうつもりだ。質疑応答を含めて30分だから時間厳守で頼むよ」


「真奈さんは何をテーマに頼まれたんですか?」


「私は前線で活躍するまでに工夫したことです。逢魔さんは何を頼まれたんですか?」


「シャングリラに出現するモンスターの紹介です。学生冒険者にレアモンスターについて知ってもらう良い機会ですからね」


「シャングリラダンジョンに現れるモンスターですか・・・」


「どうかしました?」


「私、気になります!」


「・・・真奈さんもそういうネタに走ることあるんですね」


 ネタに走るために一瞬溜めたので、藍大はモフラーではない普段の真奈とのギャップに違和感を覚えた。


「逢魔君、君は知らないだろうけど学生時代の赤星君はこんな感じだったよ。会話レベルも君と芹江君、青島君と変わらなかったかな」


「フッフッフ。ついにバレてしまいましたか。そう、私はただのデキる女ではないんです」


「モフラーってことですよね、わかります」


「違います。モフラーですけどそれだけじゃありません」


 (モフラーを認めるあたり、そこは絶対にブレないんだな)


 真奈の言い分がただのボケ担当ではなくモフラーであることは認めていたから、流石はモフラーだと藍大は心の中で思った。


「何が違うんでしょうか?」


「私、ソロで探索したものも含めてダンジョンでは被弾ゼロなんです」


「それはすごいですね」


「確かに聞いたことないです」


 真奈や未亜のような職業技能ジョブスキルが弓士の冒険者は、大抵が前衛の戦闘系の職業技能ジョブスキルを持つ者とパーティーを組む。


 つまり、弓士の冒険者がダメージを受けることは組んだ相手の力不足であることを示す。


 だが、真奈の場合は十分に自力で敵の攻撃を回避できるため、ソロで行ける時はソロで探索したりもする。


 常に舞や従魔達で身の回りを固めている藍大とは大違いだ。


 自分の力量を過大評価せず、無傷でソロ探索から帰還できる真奈の講義は学生冒険者にとって貴重な話になるのは間違いない。


「ということで、赤星君の話を聞けば学生冒険者達も無茶な探索をする確率が減るだろう。次は逢魔君だが、頼んでた写真をホワイトボードに映してくれるかい?」


「わかりました」


 北村からシャングリラダンジョンで遭遇したモンスターの写真をデータとして持って来てほしいと頼まれ、藍大は自分のスマホで撮った写真を教室内のプロジェクターに同期させてホワイトボードに映し出した。


「こうして見ると、短期間で色んなレアモンスターと戦ったね~」


 舞が振り返るように言うのに対し、真奈はプルプルと震え出した。


「マディドールが出るんですか!?」


 マディドールの泥は女性に大人気である。


 それはモフラーな真奈でも例外ではなかったようだ。


「私達もお世話になってるよね」


「なってる」


 舞とサクラは得意気に胸を張った。


「その肌の潤いが若さ以外にも要因があったなんて・・・。チラッ」


「すみませんがシャングリラの素材を外に出す場合、決まったルートがあるので個別に取り置きするのはできません」


「たわばっ」


 真奈は視線を向けて藍大にアピールするが、藍大は決して靡くことなく淡々と断った。


 藍大に断られた真奈は机に突っ伏した。


 そんな真奈を放置して北村は感心していた。


「すごいね。マディドールもそうだけど、エッグランナーやマネーバグ、アルミラージが雑魚モブだなんてこれを見るまで信じられないよ」


「マネーバグ嫌い。許さない」


「大丈夫。サクラは強い子だからもう全然怖くないぞ。余裕で蹂躙できるんだからな」


 マネーバグの写真を見てムッとした表情になるサクラを見て、藍大は頭を撫でて気持ちを落ち着かせた。


 すると、真奈がマディドールの泥を貰えないショックから立ち直ってあるモンスターに目を止めた。


「逢魔さん、もしかして過去にバブルフロッグの皮を大量に売り出しました?」


「売り出しました」


「あれにはお世話になりました。あれを使った装備がなかったら、客船ダンジョンの7階は突破できませんでした。パーティーを代表してお礼申し上げます」


「ご丁寧にどうも」


 突然キリッとした表情で頭を下げられれば、藍大だってそれなりの対応をしなければなるまい。


「ふむ。決めた。逢魔君、明日はシャングリラダンジョンの1階で出現するモンスターについて紹介してほしい。それ以外はまだ世界中で君達しか遭遇してないからね。辛うじて何体か目撃証言があるぐらいのレアモンスターについて、特徴を掴んだ話をしてもらえると嬉しい」


「わかりました」


 顔合わせ兼特別講義の打ち合わせはこれで終わり、この場は解散となった。


 帰る時に元のサイズになったリルを見て、真奈が変な人認定間違いなしの声を上げたのは予定調和と言えよう。

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