第93話 モフラーの人っていつもそうですね...!

 藍大達はアリゲリオンを解体してゲンに魔石を与えた後、ダンジョンを脱出した。


 ゲンに魔石を与えた結果は、<水鏡壁ミラーウォール>が<水鏡反撃ミラーカウンター>に上書きされるというものだった。


 <水鏡壁ミラーウォール>は相手の攻撃そのものを反射するだけに留まったが、<水鏡反撃ミラーカウンター>は攻撃が触れる瞬間に跳ね返す力が加わるので威力が増す。


 今回もゲンが楽できるアビリティが増えたということである。


 ダンジョン脱出後、藍大は茂に今日の結果報告とアリゲリオンの甲羅とミストキャットの肉球で盾が作れそうだと伝え、今頼んでいる火属性のメイスの作成に合わせて盾も注文した。


 茂との電話を終えると、アイテムショップ出張所で奈美に買い取りを依頼して藍大達の部屋に戻って昼食にした。


 今日は午後からC大学で北村教授と会う約束があったから、藍大達はシャワーを浴びて身だしなみを整えてC大学へと向かった。


 以前の藍大達ならタクシーを使っただろうが、今の藍大には体のサイズを変えられるリルがいる。


 リルの背中の上に藍大と舞が乗り、サクラは空を飛んでリルについていく形で移動する訳だ。


 ゲンは勿論<鎧化アーマーアウト>で藍大の装備と化している。


 亜空間に戻らずに<鎧化アーマーアウト>を使うあたり、自分の役割を忘れていないが楽をしたいというゲンの意思が滲み出ていた。


「リル、元のサイズで走れて気持ち良いか?」


『うん! 最高!』


 普段は藍大の傍にいられるサイズでいるため、本来の姿で外を走れることはリルにとって気分が良いようだ。


 リルは<駿足クイック>を使ったので、横浜の客船ダンジョンと赤星家を移動する時よりもスピードが上がっていた。


 それゆえ、藍大達はシャングリラを出てからC大学に15分とかからずに到着した。


 C大学内でリルが大きいと場所を取ってしまうので、リルは<収縮シュリンク>で大型犬サイズになって藍大の隣に来た。


「お疲れ様。帰りもよろしくな」


『任せて!』


 全力で走れて楽しかったとリルの尻尾が如実に語っている。


 リルが楽しんだ後は、サクラのケアの番である。


「サクラ、寂しい思いさせてごめんな。帰ったらサクラのために時間を取るから我慢してくれないか?」


「約束だよ?」


「約束は守る」


「それなら我慢できるよ」


 サクラも自分が独占できる時間を貰えるならば、往復の寂しさだって我慢できる。


 すぐにサクラの機嫌は回復した。


 藍大はC大学の門にいた守衛に話をして、北村教授とアポイントがある旨を告げた。


 守衛にも話が通っていたらしく、藍大達はほとんど待つことなく大学内に入ることができた。


 トラブルにならずにホッとした藍大だったが、問題はそのすぐ後に起きた。


「わぁっ、リル君じゃないですか!」


 その声を聴いた瞬間、リルは悪寒を感じて藍大の陰に隠れた。


 忘れられない声の正体は”レッドスター”のサブマスター、赤星真奈である。


「こんにちは、真奈さん。どうしてこちらへ?」


「こんにちは、逢魔さん。それに立石さんも。どうしてってリル君をモフりに来ました。ということでモフらせて下さい」


『モフラーの人っていつもそうですね...! 僕達のことをなんだと思ってるんですか!?』


 (リル、そんなネタどこから拾って来た?)


 過去に流行ったネットミームをこの場で使うなんて、リルも現代社会に随分と馴染んだのではないだろうか。


 もっとも、リルは元ネタを知って発言した訳ではない。


 藍大と一緒に商店街に来ることは掲示板でも知られるようになったため、リルを一目見ようとやって来る業の深い者も少なくない。


 従魔士にならなくても獣系モンスターをテイムする心当たりはないかと訊ねるくらいならマシだが、最初は話しているだけだったのに我慢できなくなってリルをモフり出そうとする者もいる。


 そのような経験があったからこそ、リルは真奈に対してネタ発言で反論したのだ。


「逢魔さん、リル君がモフらせてくれません。どうにかなりませんか?」


「無理です。リルは最近、触られても平気な人と嫌な人の態度を分けてはっきり言います。真奈さんは後者ですから、俺はリルに我慢させて触らせるつもりはありません」


「そこをなんとか!」


 主人ならばなんとかしてくれるんじゃないかと思って手を合わせて頼む真奈に対し、藍大は小さく息を吐いた。


「真奈さん、少しだけ例え話に付き合って下さい」


「はい?」


「例えば、真奈さんを滅茶苦茶好きな脂ぎったおっさんがいたとします。その人が真奈さんに触りたいと言って来たらどう思いますか?」


「絶対嫌です」


「それと同じです」


「なん・・・ですって・・・」


 自分がリルにとって脂ぎったおっさんと変わらないと突き付けられると、真奈はその場に崩れ落ちた。


 リルはよくぞ言ってくれたと藍大に頬擦りしている。


「リルに触れないことはおわかりいただけたと思いますが、真奈さんは本当のところ何をしにC大へ来たんですか?」


「オホン。今日はここの北村教授とお会いする約束があって来たんです。私、昔はC大の北村ゼミに入ってましたから」


 モフラーから”レッドスター”のサブマスターに思考を切り替えると、藍大の問いに真奈がキリッとした表情で答えた。


 その回答は藍大にとって予想外なものだった。


「えっ、私の先輩だったんですか?」


「ということは、貴方も北村ゼミ出身ですか」


「ええ。今年の3月に卒業するまで北村教授には大変お世話になりました」


「・・・そうでしたか。逢魔さんは私が卒業した年に入学したんですね。偶然でしょうけど面白いことです」


 まさかそんな共通点があったとは驚きだと思う藍大だったが、下手に気を許せばそれを利用してリルをモフらせろと言って来るかもしれない。


 藍大は気を引き締め直した。


「そうですね。不思議な縁もあったものです」


「むぅ。私だって藍大の彼女だよ~」


 舞は大学に行っていないから、大学のゼミの先輩後輩の関係なんて存在しない。


 藍大と真奈にその関係があったと発覚すると、舞はジェラって藍大の腕に抱き着いた。


 (何この彼女可愛い)


 戦闘モードからは全く考えられないが、普段の舞は大食いだが可愛い物好きでおっとりした美人だ。


 自分にないものを目の前に示されて自分は藍大の彼女だと言って対抗する姿は、藍大にとって可愛い生き物だった。


 真奈も似たような感想を抱いたらしい。


「客船ダンジョンで見せた激しさとは全然違う乙女ぶりですね。立石さん、安心して下さい。私はモフラーです。今はリア充よりもモフ充を優先してますから恋敵になるなんてありえませんよ」


 (モフ充なんて初めて聞いたんだが)


 真奈の口から聞き慣れない言葉が出たものだから、藍大は心の中でなんだそれはとツッコんだ。


 ちなみに、リルはモフ充と聞いた瞬間にシュタッと藍大の陰に隠れている。


 よっぽど真奈モフラーが怖いらしい。


 舞も落ち着きを取り戻したようなので、藍大はリルのために話題を変えた。


「ところで、”レッドスター”の客船ダンジョンの攻略は順調なんですか?」


「順調ですよ。私達のパーティーは8階まで到達してます。今は私達の装備をグレードアップするため、毎日雑魚モブ狩りしてるところです。逢魔さんがテイムしたゲン君はどうですか?」


「伸び伸びとやってますよ。こちらでの生活にもすぐに順応しました」


 まさか今はツナギに憑依しているとは言えないので、藍大は当たり障りなく答えた。


 従魔の話を詳しくすれば、藍大の手の内を明かさなければならない。


 藍大は自分の身を守るため、従魔のアビリティや能力値について口外しないつもりなのだ。


「それは良かったです。ボス部屋のボスって退屈そうですからね。いつも同じ部屋にいるのってすぐに飽きそうです」


『そんなこと・・・ない・・・』


 ゲンが静かに抗議した。


 しかし、それを藍大が告げたらゲンの力の一端がバレてしまうから、藍大がゲンの気持ちを代弁することはなかった。


「モンスターそれぞれなんじゃないですかね。真奈さん、何時から北村教授とアポイントですか?」


「15時です。逢魔さん達もですか?」


「ええ、同じです。北村教授は”楽園の守り人”と”レッドスター”が一時的に同盟を結んでいたと知ってたようですね」


「そうだと思います。あの人はしれっと話に聞いてない人を紹介するような人ですから。もしかすると、私達以外にも誰かいるかもしれませんよ」


「否定できません。そろそろ約束の時間も近いことですし、北村教授の所に行きましょう」


「はい」


 藍大達は真奈と共に北村教授に指定された教室へと移動した。

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