第92話 やっぱり鰐といえばデスロールだよね

 リルが満足したことでダンジョンの探索を再開した藍大達は、先程リルが魔石を飲み込んで会得した<誇咆哮プライドロア>を試してみた。


 このアビリティを発動すると、1分間だけ使用者を中心に半径5m以内に使用者のレベルの半分未満の敵が近寄れなくなる。


 つまり、リルが吠えれば藍大に敵が近づきにくくなるということだ。


 霧が薄いから遠くにいるモンスターの影がぼんやりと藍大達の視界に映るのだが、アビリティの効果時間内はリルを恐れてなかなか近づいて来なかった。


「グッジョブだぞリル」


『僕だってご主人を守れるもんね』


「よしよし」


 リルの得意気な姿を見れば、藍大は愛い奴だと思ってその頭を撫でてやる。


 リルが愛すべきペット枠の座を奪われることはないだろう。


 <誇咆哮プライドロア>の試しが終わると、クロコバイツとフロージェリーがこの時を待っていたと藍大達に襲い掛かった。


 だが、ここにはリルが褒められて羨ましくて仕方ない従魔がいた。


「主の一番従魔は私! バラバラになっちゃえ!」


 リルにジェラっているサクラは、容赦なく襲い来る敵の集団を<深淵刃アビスエッジ>で斬り捨てた。


 藍大はその容赦のなさに冷や汗をかいた。


 (サクラが嫉妬するからリルだけ褒めまくるのは控えよう)


 リルを贔屓しているつもりはなかったが、サクラには従魔士の職業技能ジョブスキルが覚醒してから一番長くお世話になっている。


 それゆえ、藍大はサクラがストレスを溜め込まないように注意しようと思った。


 今もサクラが藍大に褒めてほしそうに見ているので、両手を広げてこっちにおいでとジェスチャーで伝えた。


「私が一番だよね?」


「サクラはいつもよくやってくれてるぞ。一番従魔はサクラだから安心してくれ」


「エヘヘ♪」


 サクラがテイマーさんの一番従魔の二つ名を持っている訳だが、最近ではリルもテイマーさんの忠狼ちゅうろうの二つ名が付けられていた。


 これは藍大と一緒に外出している時、常に藍大を守れるように警戒している姿から名づけられた。


 その姿を見てどう見てもペットの犬という意見もあったが、犬がリルのように強いはずがないということで狼の文字もちゃんと二つ名に盛り込まれた。


 藍大がサクラの機嫌を回復させていると、リルがピクッと反応した。


 どうやら何かを察知したようである。


「リル君、またアイテムでもあったの?」


『そうかも。あっちが気になるの』


 サクラを甘えさせている藍大に代わり、舞がリルに何を察知したのか訊ねた。


 リルが何かを探し当てたとわかれば、流石に藍大だって気持ちを切り替えない訳にはいかない。


 藍大達はリルが察知した物を回収するべく動いた。


 そこでテンションが急上昇したのがメロである。


「メ、メロン!」


 こ、これはと言いたげに派手なリアクションのメロは、湖に面する陸地ギリギリの場所に生えたサンゴのような見た目の草を丁寧に回収した。


 藍大はサクラではなくメロが回収してしまったことにしまったと思ったが、<農業アグリカルチャー>には植物に対する知識も含まれるので大丈夫だと思い直した。


 そして、メロが持っている間にモンスター図鑑でその草の正体を確かめた。


 (ソルトシーフ。塩害を防ぐ草なのか)


 ソルトシーフを植えると、周囲の塩分を一身に吸収するから他の植物が塩害に遭わない。


 効果を理解した藍大は、ソルトシーフを大切そうに持つメロに声をかけた。


「メロ、俺が保管しとく。帰ったら家庭菜園に植えて増やしてみたらどうだ?」


「メロン!」


 メロが賛成だと力強く頷いてソルトシーフを差し出すと、藍大はそれを受け取って収納袋にしまった。


 ソルトシーフを回収した直後、藍大達を睨みつける視線があった。


「アォォォォォン!」


 テレパシーではなく、<誇咆哮プライドロア>を発動するためにリルは吠えた。


 それにより、敵がリルのレベルの半分以下なら半径5メートル近づいて来れなくなった。


 ところが、藍大達を睨みつける視線はリルを恐れている様子はなく、ゆっくりとだが確実に近づいて来た。


「フロアボスだろうな」


「そっか。フロアボスならLv30だもんね」


「そーいうこと」


 地下2階のフロアボスはLv30だから、リルのレベルの半分以上になってしまう。


 藍大達に近づいて来れる理由はそれ以外考えられない。


 霧の影響でぼんやりとしか見えなかった姿も、近付いて来るにつれてはっきりと見えるようになった。


 その姿は灰色の体に赤い線の入った黒い甲羅を背負った鰐と表現すべきものだった。


 暫定フロアボスの姿を目視確認すると、藍大はすぐにモンスター図鑑を開いてその正体を調べ始めた。



-----------------------------------------

名前:なし 種族:アリゲリオン

性別:雄 Lv:30

-----------------------------------------

HP:370/370

MP:310/310

STR:500

VIT:580

DEX:250

AGI:200

INT:190

LUK:210

-----------------------------------------

称号:地下2Fフロアボス

アビリティ:<死噛捻デスロール><防御形態ディフェンスフォーム>   

      <水冷爪クールネイル><毒牙ポイズンバイト

装備:なし

備考:空腹

-----------------------------------------



(甲羅あるのにデスロールなんてできんの?)


 藍大が真っ先に注目したのは<死噛捻デスロール>の文字だった。


 鰐といえばデスロール。


 デスロールといえば鰐。


 そんな認識の藍大からすれば、亀のように背負った甲羅が邪魔なのではないかと考えるのもおかしくない。


「藍大、あのフロアボスってデスロールできるの?」


「できるらしい」


「やっぱり鰐といえばデスロールだよね」


 どうやら藍大だけではなく、舞も鰐と言えばデスロールという思考らしい。


 もしも未亜がこの場にいれば、考え方が似た者同士でさっさとくっついてしまえと背中にドロップキックをかましたに違いない。


 それはそれとして、藍大はアリゲリオンの甲羅を舞の新たな盾の素材にできないかとも思った。


 SSシリーズは今まで壊れることなく舞に使われてきたが、昨日火属性のメイスを注文したこともあって盾も新調した方が良いのではと感じたのだ。


「デスロール以外も<水冷爪クールネイル>と<毒牙ポイズンバイト>の近接攻撃のみだ。遠距離攻撃はない。ただし、<防御形態ディフェンスフォーム>を使える」


 藍大がアリゲリオンのアビリティ構成を説明すると、ゲンが反応を示した。


『キャラ被り・・・良くない・・・』


「元々キャラは被ってない。ゲンはデスロールなんてしないだろ?」


『甲羅・・・背負ってる・・・』


「それだけでキャラ被りって言うのは横暴じゃね?」


 藍大とゲンが喋っていると、ゲンの声が聞こえない舞は藍大に訊ねた。


「藍大、ゲン君が何か言ってるの?」


「甲羅を背負ったモンスターは全てキャラ被りだ。良くないってさ」


「そうだよね。番長は1人で十分だよね」


『諾』


 (マジ? 舞とゲンに番長気質で共通点があるの?)


 舞の言う通りと肯定するゲンの言葉を受け、藍大はゲンの意外な一面を知ることになった。


「ガオォォォォォッ!」


 アリゲリオンはいつまで話し込んでるんだとキレ気味に吠えると、口を大きく開けて突進した。


 だがちょっと待ってほしい。


 アリゲリオンのAGIは全能力値の中で最低であり、もっと素早いモンスターの動きを知っている藍大達からすれば遅かった。


「サクラ、口を鎖で縛って振り回してみようか」


「は~い。おとなしくしなさい!」


 サクラは<深淵鎖アビスチェーン>でアリゲリオン口の周りに鎖をグルグル巻きにすると、そのまま鎖を操ってアリゲリオンを振り回した。


 これで甲羅からアリゲリオンの本体がすっぽ抜けたらマグマイマイと同じ展開だが、残念ながらアリゲリオンの体の構造上それはない。


 しかし、アリゲリオンはサクラの鎖に捕まっているから<防御形態ディフェンスフォーム>で甲羅の中に引き籠れない。


 その上、サクラはマグマイマイ戦で自分も回ったことで目を回してしまったことを反省し、自身のSTRに物を言わせて自分は回らずにアリゲリオンだけを頭上で振り回している。


 しばらくすると、アリゲリオンが目を回してぐでっとした感じになった。


「サクラ、地面にたたきつけろ」


「わかった!」


 ドスンと音がしてアリゲリオンは地面に叩きつけられた。


 ダメージを負ってピンチのアリゲリオンだが、鎖で口は開けないし目が回っているしで何もできない。


「藍大、ゲン君の代わりにとどめ刺して来て良い?」


「行ってらっしゃい」


 同じ番長気質を持つとわかって友情が深まったらしく、舞がゲンの代わりにアリゲリオンにとどめを刺したいというから藍大は許可を出した。


 その瞬間、舞のスイッチが入った。


「良い鰐は動かねえ鰐だけだぜオラァ!」


 舞が脳天にメイスを叩き下ろすと、アリゲリオンのHPが尽きて完全に動かなくなった。


『サクラがLv56になりました』


『リルがLv55になりました』


『ゲンがLv52になりました』


『メロがLv41になりました』


『舞・・・グッド・・・』


 システムメッセージが鳴り止むと、藍大の耳にゲンは喜びの声を上げた。


 とはいえ、やはりゲンは喜んでも喋るのが面倒に思っているのは間違いなかった。

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