第91話 リル、お前もか

 翌日の水曜日の朝、藍大と舞、サクラ、リル、ゲン、メロはダンジョンの地下2階の探索を始めていた。


 <鎧化アーマーアウト>で藍大の装備になれるようになったことで、未亜組に同行することがなくなったのだ。


「北村教授って恩師なんでしょ? 会いに行く前にダンジョン探索して良いの?」


「それはそれ、これはこれ。時間は有効活用したいんだ。そもそも、北村教授に頼まれた講義の内容はシャングリラダンジョンのモンスターだから、探索して新たなモンスターの情報を得ることは北村教授の望みでもある」


「そっか。それなら頑張ろうって言いたいけど、薄く霧が出てるから慎重に行かないとね」


「水曜日の地下2階は霧の湖だもんな。まあ、この霧が濃くなってもリルがいれば安心だろ。だよな、リル?」


『任せて!』


 <賢者ワイズマン>のリルがいれば、隠密性に長けたモンスターが現れても対応できる。


 地下2階はリルが活躍するに違いない。


「メロン!」


「メロちゃんも負けないって」


「そうだな。メロにも期待してるぞ」


「メロン♪」


 水曜日は水属性のアビリティを使うモンスターが出現する傾向にあるので、相性の良いメロもリルに負けじと頑張るようだ。


 そんなやり取りをしていると、リルがピクッと敵の気配を感じ取った。


『ご主人、敵が近づいて来てるよ』


「早速お出ましか」


 藍大もリルが見ている方角に視線を向けたら、ゆっくりとした歩調でできる限り足音を立てずに近付いて来る白い体表の鰐型モンスターの姿があった。


 素早くモンスター図鑑で確認すると、そのモンスターはクロコバイツという名前だった。


「AGIは低いがVITがあるな。メロ、<睡眠雲羊スリープシープ>で敵を眠らせてみろ」


「メ~ロ~」


 メロが間延びした感じで鳴くことで、メロの前に羊の形をした雲が創り上げられた


 その羊型の雲がクロコバイツにぶつかると、クロコバイツが一瞬で眠ってしまった。


「即効性が半端ないな。メロもやるじゃん」


「メロメロン」


 得意気なメロはまだまだここからが自分の本気と言わんばかりにアピールした。


「やる気十分じゃん。攻撃してみるか?」


「メロン」


「OK。やっちゃいな」


「メッ、ロン!」


 敬礼したメロは<螺旋蔓スパイラルヴァイン>で寝ているクロコバイツを攻撃した。


 ただの蔓で叩いただけでは大したダメージは入らなかっただろうが、蔓が横回転しながらぶつかれば話は別だ。


 しかも、クロコバイツの眉間を狙い撃ちするものだから、頭をやられたクロコバイツは大した時間がかからずにメロにやられてしまった。


『メロがLv36になりました』


「もうレベルが上がったのか」


「メロン♪」


 メロは経験値ウマウマと喜んだ。


 藍大がメロの頭を撫でて褒めている隣から、舞が疑問を我慢できずに訊ねた。


「藍大、クロコバイツって食べられるの?」


「食べられるよ。DMUの職人班に頼めばクロコバイツ革の財布を作ってくれるんじゃないかな。持ってるだけで金持ちに見える財布とか」


「う~ん、クロコバイツ革の財布よりもクロコバイツのお肉が気になるよ。財布じゃお腹は膨れないもん」


「ブレないなぁ」


 あくまで食欲を優先する舞に対し、藍大はやれやれと首を振った。


 その後、クロコバイツ時々フロージェリーを倒し続けることでメロがLv39まで上がった。


 まだレベルが30代なだけあってメロはサクラ達に比べてすぐにレベルが上がるのだ。


 周囲から生きているモンスターがいなくなったと思って一息つこうとした時、リルが何かを察知して警戒態勢に移った。


『ご主人、強いのがいる』


「どこだ?」


『あそこ』


「俺には見えん」


「私も見えないや」


「私も。主、気をつけて」


「メロン・・・」


 リルが示す方向を見るも、藍大達の目には何もいないように映った


 <賢者ワイズマン>を会得しているリルだからこそ感じ取れるというあたり、厄介であることは間違いないと言える。


「サクラ、リルが示した方角に向かって攻撃してみてくれ」


「うん。バラバラになっちゃえ!」


 サクラが<深淵刃アビスエッジ>で攻撃すると、刃を避けるようにその周辺の霧が動いた。


 それと同時に霧に溶け込んでいた敵の正体が明らかになった。


 薄い水色の体表で尻尾が二股に分かれた猫型モンスターだった。


 クロコバイツの方が大きかったので、霧に隠れられてリルがこの場にいなければ藍大達は一方的に攻撃されていただろう。


 そんな未来を来させないようにするべく、藍大はモンスター図鑑で猫型モンスターの正体を暴いた。



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名前:なし 種族:ミストキャット

性別:雌 Lv:35

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HP:280/280

MP:450/450

STR:0

VIT:100

DEX:350

AGI:750

INT:550

LUK:280

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称号:掃除屋

アビリティ:<霧隠ミストハイド><幻惑尾ダズルテイル>   

      <水牢ウォータージェイル><水槍ウォーターランス

      <窃盗スティール

装備:なし

備考:なし

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 (AGI頼りの暗殺者だな。未亜に組ませたら面白いかもしれん)


 ミストキャットのステータスを見た藍大は、ミストキャットをテイムして未亜に貸し出すことを考えた。


 未亜は弓士の職業技能ジョブスキルを持つので弓を扱うことに特化しており、それに付随して身のこなしが軽い。


 ミストキャットが揺らした尻尾を敵に見させて幻惑状態にしたり、水の牢獄に閉じ込めたりしてサポートさせるのも良いし、霧に隠れた状況から<水槍ウォーターランス>や<窃盗スティール>で奇襲をかけさせるのも面白い。


『それは・・・駄目・・・』


「何がだ?」


『主さん・・・あいつ・・・テイム・・・駄目・・・。水担当・・・俺・・・』


「俺が考えてたことがわかるのか?」


『否。今のは・・・危機感・・・?』


 何故疑問系なんだと気にならないこともなかったが、ゲンにも楽することと食べること以外に興味を示したことが珍しかったので藍大はゲンの意見を採用することに決めた。


「わかった。ミストキャットは普通に倒そう」


『良かった』


 藍大の決定にゲンは安堵した。


 だが、安堵したのはゲンだけではなかった。


『そうだよね! 僕がいるんだもんね! 猫なんてテイムしちゃ駄目だよ!』


 (リル、お前もか)


 リルも藍大がミストキャットをテイムすることを危惧していたらしい。


 犬(狼)と猫の派閥争いはモンスター間でもあるようだ。


「ニャッ!」


 藍大がリルの頭を撫でてやっていると、ミストキャットが無表情のまま唐突に<水槍ウォーターランス>を放った。


「狙い打つぜぇぇぇっ!」


 戦闘モードの舞が藍大とリルの前にメイスにオーラを纏わせて移動し、そのままフルスイングして水の槍を打ち返した。


「ニャッ!?」


 自分の攻撃を打ち返されると思っていなかったようで、ミストキャットは自分に向かって来た水の槍を躱しながら驚いた。


 しかし、驚くだけでなく興味が舞に移った。


 つい先程までは藍大に甘やかされるリルを見て嫉妬全開だったにもかかわらず、そんなことよりも自分の技を打ち返す舞が気になってしまったのだ。


「ニャア♪」


「オラオラオラァ!」


 もっとやってと言わんばかりに<水槍ウォーターランス>で舞を狙い撃ち、それを舞が全て打ち返す。


 これを続けている間にミストキャットの注意が舞以外から逸れた。


「サクラはミストキャットを拘束。それに成功したらリルが倒すんだ」


「おとなしくしなさい」


 サクラは注意を少しでも逸らさないように気をつけ、声を小さくしたまま<深淵鎖アビスチェーン>でミストキャットを拘束した。


『猫じゃ僕には勝てないよ!』


 リルが<十字月牙クロスクレセント>でミストキャットの首を刎ねた。


 ミストキャットの首がゴロリと地面の上に落ちると、生きていられるはずもなくそれから動かなくなった。


 ミストキャットの敗因は舞の反撃で遊ぶことに夢中になったことだった。


『サクラがLv55になりました』


『リルがLv54になりました』


『ゲンがLv51になりました』


『メロがLv40になりました』


『メロがアビリティ:<減速綿スロウコットン>を会得しました』


 自分の耳にシステムメッセージが届いた時、藍大はテイムしなくて良かったかもしれないと思った。


 気まぐれで興味を持ったらやるべきことをそっちのけにしてしまう猫をテイムしても、自分の指示に従わなくてイライラするかもしれなかったからだ。


 とりあえず、倒したリルを筆頭に全員を労った後、藍大はミストキャットの解体を済ませた。


 魔石はリルの番だったから、リルは尻尾をブンブン振って藍大に強請った。


『ご主人、次は僕! 僕の番だよ!』


「よしよし。慌てなくてもこれはリルの物だぞ」


『やったね!』


 藍大に魔石を貰ったリルの体から、一段と強者としての風格が滲み出て来た。


『リルのアビリティ:<盾咆哮シールドロア>がアビリティ:<誇咆哮プライドロア>に上書きされました』


「頼りになりそうなアビリティだな」


『これでもっとご主人を守れるよ』


「良い子だ。愛い奴め」


「クゥ~ン♪」


 藍大が健気なリルを気が済むまでモフったのは言うまでもない。

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