第90話 まだ慌てるような時間じゃない
藍大はダンジョンを脱出すると、庭にいたメロを呼んだ。
「メロ、魔石手に入れたぞ。いるか?」
「メロン!」
勿論だと言わんばかりに頷き、メロは期待する目で藍大の前にやって来てぴょこぴょことその場で跳ねた。
「Good girl, good girl. 落ち着こうぜ。魔石は逃げないんだから」
「メロン」
メロは落ち着いたという風に頷いて制止した。
「ほれ、おあがり」
「メロン!」
ニトロキャリッジの魔石を飲み込むと、メロの上半身の羊毛のモフモフ度合いが増した。
『メロのアビリティ:<
「メロは生産系従魔だから直接攻撃するアビリティは少ないんだよな」
「メロン?」
駄目かなとメロが訊ねるように首を傾げるので、藍大は首を横に振って否定した。
「悪いことじゃないぞ。みんな攻めてばっかりじゃバランスが悪いし、敵を足止めするのに<
「メロン!」
よくぞ言ってくれたとメロンは喜びを表すように頷いた。
<
込めたMPがなくなるまでの間、羊型の雲はずっとメロの指示で動き続けるので敵を追い込むのにも使える。
だが、それはあくまで戦う時に必要なだけだ。
メロは<
藍大としては、家庭菜園の面倒を見てくれるならメロが戦えなくたって良いと思っている。
適材適所という言葉があるように、それぞれ違った役割が良いという考えなのだ。
メロのパワーアップタイムが終わると、藍大は茂に連絡した。
『もしもし』
「茂、歴史に残る発見をしたぞ」
『大きく出るじゃんか。何を見つけた?』
「地下2階で新たに現れた
『・・・マジ?』
「モンスター図鑑で調べた限りではそうだった。詳しくは茂が鑑定してくれよ」
『そ、そうだな。これがマジならお手柄だぜ! 俺も次の査定が終わったら昇格できるぜ!』
藍大が持ち込んで来たダンジョン産素材が評価されることは、藍大をDMUと懇意のポジションに位置付けた茂が評価されることに繋がる。
これまでに持ち帰って来た素材だけでも、次の査定で昇格できる見込みはあった。
しかし、今日の藍大の発見が事実ならば茂は昇格できる。
そう確信したら喜ばないはずがないだろう。
「まだ慌てるような時間じゃない」
『なんだよ? これ以上にテンションが上がる報告があるのか?』
藍大が努めて冷静に言うものだから、茂はまだ何か驚かされるだろう情報が待っていると予感した。
「DMUの職人班とロマンのわかる者に燃料を投下しようじゃないか」
『おいおい、どんなブツを持ってきやがったんだ?』
「属性武器を作るための素材だ。おそらく火属性になるかな」
『詳しく』
茂も男としてロマンに理解があるから藍大に詳細を求めた。
「日曜日に倒したミノタウロスの斧と今日手に入れたマグマイマイの殻、ブラッディメタルを加工すれば、舞が使える火属性のメイスになるはずだ」
『それはモンスター図鑑で調べた上での発言か?』
「当 然 だ」
『OK。職人班には最優先事項として連絡しておこう。それと、モスマンの糸のパジャマができたからさっき送ったぜ』
「ありがてえ。というか、パジャマ作んのにもう少し時間かかると思ったけどどうしたんだ?」
『服飾系を専門とする職人班の女性陣が滾ったらしい。もっと扱わせろとごねるレベルにな』
「うへぇ。まあ、着心地は今夜試させてもらうさ。とりあえず、属性武器の作成は職人班に任せた。代金はいつも通り情報料からの天引きでよろしく」
藍大は属性武器の作成を依頼して人心地が付いた気分になったが、茂の方も話があったらしい。
『藍大、俺の方も伝えるべきことがあるんだが』
「聞かないという選択肢は?」
『ない』
「ここでスマホをポケットの中にぶち込めば、話を聞いて俺がうんざりすることはないよな?」
『そう言わずに聞いてくれよ。今回は三原色のクランが関係ないからさ』
「・・・話だけ聞く。回答は保証しない。それで良いか?」
茂経由で持ち込まれる話は、3回中2回が三原色のクランからのものだった。
今回もどこかしらが”楽園の守り人”に何かさせようとしているのではないかと思えば、藍大が乗り気ではなくなるのも仕方のないことだろう。
週刊ダンジョンの「Let's eat モンスター!」の取材ならば、茂の従姉の遥からその依頼が来るから今回は違う可能性が高い。
それゆえ、良い返事ができるかどうかは保証せず話だけ聞くと藍大は言った。
茂も藍大に話せば頼まれたことへの義理は果たしたことになるので、そのスタンスで構わなかった。
『サンキュー。今回の依頼は俺達の母校C大から藍大宛てに来た』
「C大から俺に?」
『C大は八王子のDMU本部に近い。しかも、在学中の冒険者の数も多いんだ。それもあって今年から学生冒険者向けに現場で活躍する冒険者に特別講義を依頼することにしたんだってさ』
「へぇ。俺に依頼が来た訳は卒業生だから?」
『正解。世界初の従魔士で”楽園の守り人”のクランマスターの藍大に是非ともモンスターについてご教示願いたいんだと』
(う~ん、面倒な臭いがプンプンする)
まだ最後まで話を聞いていないが、藍大はこの時点でもう面倒だと思い始めた。
「モンスターって俺が遭遇したことあるのはシャングリラと客船の2つのダンジョンだけだぞ? モンスター図鑑で調べられるのは、俺が遭遇したモンスターについてだけだ。直接見たことない奴について講義しろって言うんなら、そのモンスターを見に行かなきゃならないから手間なんだが」
『それは大丈夫だぜ。話してほしいのはシャングリラで遭遇したモンスターについてだそうだ。学生冒険者達の生存率を上げるため、ありふれた
「俺じゃなくても良くね? 茂や健太だってわかるじゃん」
『俺は死骸しか見てねえから無理だ。動いてるモンスターを見てなきゃ伝えられないこともある。健太は講義そっちのけで学生口説き始めるから却下』
「クソッ、健太が真面目だったら押し付けたのに」
『真面目な健太とかキモいだろ。考えただけで鳥肌立って来た』
「綺麗なジャイ○ン的な?」
『そんな感じ』
ここまで言われると、やるならば藍大が講師を引き受けるしかないことが分かった。
そこに茂がとどめを刺した。
『ちなみに、依頼してきたのが北村教授』
「受ける。依頼主を最初に言えよ」
『すまん。北村教授から依頼したのが自分だってことは藍大が講師になるのを渋った時の最終手段にしてくれって言われてたんだ。あくまで自主性を重んじたいからって』
「全くお優しい人だ。あの人には世話になったから受けない選択肢はない」
『だろうな。俺がお前の立場でもそうする』
藍大と茂はC大で北村教授のゼミを一緒に受講していた。
それは大学生のうちに社会を経験させてくれる一風変わったゼミで、インターンやビジネスコンテストの参加で単位を貰える。
今の藍大は大家兼冒険者だが、大地震がなければ北村教授の伝手で内定していた企業に就職する予定だった。
藍大の家族が亡くなり、引き継いだシャングリラを売りに出したくなくて大家を継ぐことにした時は、北村教授が藍大と一緒に内定先の企業に内定辞退のために謝りに行ってくれた。
伝手を紹介してくれたにもかかわらず、自分の都合に付き合って一緒に頭を下げてくれた恩師に藍大は何時かその恩返ししようと思っていた。
その時が今だと思ったので、藍大は北村教授の名前を出された瞬間に講師を引き受けることを承諾した。
「北村教授の連絡先はゼミの時に使ってたものと変わらないのか?」
『変わってない。藍大から連絡するか?』
「おう。今回は茂経由にせず俺が直接やり取りするわ」
『わかった。話は以上だ。またな』
「ああ」
茂との電話を終えると、舞がガクガクと震えていた。
「舞、どうしたんだ?」
「大学怖い。大卒怖い」
「なんで?」
「学歴って武器で殴って来るんだもん」
「殴らないっての。俺だって大卒だけど舞のこと学歴で殴ってないだろ?」
「・・・そっか。そうだよね」
藍大の言う通りだったので、舞の体の震えが止まった。
「俺が講義する時、舞も一緒に行くか?」
「行く。藍大は私が守る」
「そっか。じゃあ、俺が舞を学歴から守ってやろう」
「もう、藍大の意地悪」
「昼飯ちょっと豪華にするから機嫌直してくれ」
「直った!」
(うん、チョロい)
藍大の料理には勝てない舞だった。
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