第88話 そのまま空中でぶん回せ!

 ニトロキャリッジと遭遇した場所から離れてしばらくの間、マグスラグとパイロスネークを狩っていた。


 マグスラグとパイロスネークの混成集団と戦い終えてそれらの死骸を回収していると、サクラが拾った赤い拳大の石を見て首を傾げた。


「主~、これ何かな?」


「確かめてみよう」


 サクラが手に持っているから、藍大はモンスター図鑑を開いてその正体を調べてみた。


 (ブラッディメタル・・・だと・・・)


 見たことも聞いたこともないアイテムを拾うのはこのダンジョンあるあるだが、隠し部屋を除いて特殊な拾い方をしたのは初めてだろう。


 サクラが拾ったブラッディメタルは赤くなっているが、本来のブラッディメタルはその辺に落ちている石と比べても<鑑定士>が調べなければわからない代物である。


 ブラッディメタルは属性のあるアビリティを使うモンスターの血を浴びることで変質する特殊な鉱物だった。


 今回は偶然パイロスネークを倒した時に散った血がまっさらな状態のブラッディメタルに付着し、色が赤く染まったことで存在を認識できたということになる。


 ブラッディメタルが変質すると、浴びた血の持ち主の扱う属性を宿す。


 つまり、サクラが今手にしているブラッディメタルは火属性になっているのだ。


「もしかして属性武器の素材になる?」


「属性武器!? 作れるの!?」


 属性武器と聞いた瞬間、舞がすごい勢いで食いついた。


「いや、可能性の話だからな? 期待し過ぎないでほしい」


「私、火とか雷とか纏ったメイス振ってみたい!」


「ミノタウロスの斧とこのブラッディメタル、後何かもう1つぐらいあれば火を纏ったメイスを作れるかもな。DMUの職人班が」


「良いね~」


「その依頼の対価がいくらになるか怖いけどな」


「そうだよね・・・」


 ワクワクしていた舞の表情が急にしょんぼりした。


 貯金は少しずつ増えているものの、属性武器なんて今まで人の手で作られたことのない武器の作成費用がいくらになるかわかったものではない。


 少なくとも舞が貯金をはたいても対価として釣り合わないのは確かである。


 あまりにしょんぼりした舞の顔が見ていられないので、藍大は助け舟を出してあげた。


「足りない分は俺が貸してやるよ」


「良いの?」


「人工の属性武器は俺も見てみたいし、舞ならダンジョンの戦果で返済できるってわかってるから」


「ありがと~!」


 舞は感動して藍大に抱き締めた。


 当然、今度は力加減には気を遣っている。


 割れ物に触れるが如く慎重に藍大に抱き締めたのだ。


『ご主人、あっちから背中に何か背負った奴が来た!』


 リルが示す方角を見ると、マグスラグよりも一回り大きく渦巻状の殻を背負ったモンスターが現れた。


 藍大は素早くモンスター図鑑を開いてモンスターの正体を明らかにした。



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名前:なし 種族:マグマイマイ

性別:雌 Lv:30

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HP:330/330

MP:330/330

STR:0

VIT:550

DEX:350

AGI:200

INT:600

LUK:250

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称号:地下2Fフロアボス

アビリティ:<火炎矢フレイムアロー><防御形態ディフェンスフォーム>   

      <瞑想メディテーション><睡眠回復スリープヒール

装備:なし

備考:臆病

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 (継戦能力の高い固定砲台だな)


 遭遇した当初のゲンと被るアビリティを持っているが、ゲンと違って接近戦で戦う術がないのがマグマイマイの特徴だろう。


 <瞑想メディテーション>は発動している間に動けない代わりにMPを回復できる。


 <防御形態ディフェンスフォーム>で殻の中に引き籠っている間に<瞑想メディテーション>を使えば、MP切れになることはほぼないと言えよう。


「地下2階のフロアボス、マグマイマイだ!」


 マグマイマイは藍大の声にびっくりしたのか、藍大に向かって<火炎矢フレイムアロー>を放った。


「ゲン、反射させろ! サクラ、LUKを奪え」


「ヒュー」


「うん! いただきま~す!」


 ゲンは<水鏡壁ミラーウォール>を発動して炎で形成された矢を反射させた。


 しかし、反射した矢がマグマイマイに着弾した時には既にマグマイマイが殻の中に逃げ込んでいた。


 サクラの<幸運吸収ラックドレイン>はギリギリ間に合ったため、マグマイマイのLUKが0であることで勝負が藍大達に有利になった。


 ところが、<幸運吸収ラックドレイン>を受けてからマグマイマイは殻に籠ったまま出て来ない。


 (<火炎矢フレイムアロー>に耐えられる殻だったら、属性武器の素材になるかもしれないな)


 そう考えると、殻を壊してしまうような攻撃は避けたくなるのが自然な思考回路だ。


 ゲンをテイムした時みたいに餌で釣る手もあるが、藍大はサクラの力を使うことにした。


「サクラ、マグマイマイに殻から出て来るように働きか・・・」


 藍大が指示を出している途中で、マグマイマイが殻からほんの少しだけ顔を出して<火炎矢フレイムアロー>を発射した。


「私のターン! オラァ!」


 オーラを纏った舞がメイスで炎の矢を打ち返すが、その時には既にマグマイマイが殻の中に撤収しておりダメージにならなかった。


 それからしばらくの間、マグマイマイは藍大達をおちょくるように<火炎矢フレイムアロー>を撃っては殻に籠るのを素早く繰り返した。


 舞が打ち返し、ゲンが反射させてもマグマイマイにはダメージが入らない。


 マグマイマイが殻に引き籠っている間に<瞑想メディテート>を使うから、マグマイマイのMPはこまめに回復されてMP切れを狙うこともできない。


 できれば殻を無傷で手に入れたいと思っていた藍大だが、マグマイマイの戦術にイラっと来たので少々手荒に攻めることにした。


「サクラ、殻の穴を覆わないように鎖で縛れ」


「任せて! おとなしくしなさい!」


 サクラが<深淵鎖アビスチェーン>を発動してもマグマイマイは動かない。


 下手に避けようとしても、AGIでサクラに敵わない以上下手に動くよりも引き籠っていた方が安全だとマグマイマイは判断したのだ。


 それはあくまで一般的な話であり、藍大がこれからやろうとしていることには逆効果である。


「そのまま空中でぶん回せ!」


「は~い!」


 サクラが空を飛ぶにつれて、鎖で繋がっているマグマイマイは殻ごと空へと引っ張り上げられる。


 マグマイマイが殻の中で地面から離れたことに怯えているかもしれないが、何か有効な対応策がある訳でもないからどうしようもない。


 精々<瞑想メディテーション>か<睡眠回復スリープヒール>で気を紛らわせることぐらいだ。


 藍大の指示通り、サクラは鎖でつながっている殻を横に回転して振り回した。


 振り回していく内に、段々と殻の中のマグマイマイの体が穴の方に押し出されて行く。


 そして、10回転する頃にはマグマイマイが穴からスポンと放り出された。


「リル、やって良いぞ」


『わかった! 喰らえ!』


 <十字月牙クロスクレセント>が無防備なマグマイマイ目掛けて放たれ、殻がなくて自分の身を守れないマグマイマイはあっけなくバラバラに切断された。


『サクラがLv54になりました』


『リルがLv53になりました』


『ゲンがLv50になりました』


『ゲンが進化条件を満たしました』


 今までに経験したボス戦の中では比較的長い戦いだったので、藍大達の喜び度合いもかかった時間に比例した。


 だが、藍大は喜ぶよりも先によろよろと地上に降りて来るサクラを抱き留めることを優先した。


「アハハ~。主~、目が回る~」


「ナイススイング。よく頑張ってくれたな」


「主が抱き締めてくれるなら~、やった甲斐があったよ~」


 まだ感覚が戻っていないので、いつもよりもサクラの喋り方が間延びしている。


 功労者のサクラとサクラを抱き締めて労わる藍大は、未知の動力源になるマグマイマイの死骸と殻の回収作業を免除された。


 ニトロキャリッジの魔石がメロの分なので、マグマイマイの魔石はサクラの分になる。


 回収作業が終わってようやく感覚が元通りになったサクラに対し、藍大は魔石を食べさせてあげた。


「サクラ、あ~んして」


「あ~ん。んん~♪」


 サキュバスに進化したことで魔石を飲み込んだ時のサクラの声がエロくなった。


 魔石を飲み込んだサクラの髪がツヤツヤのサラサラになり、その直後に藍大の耳にシステムメッセージが届いた。


『サクラのアビリティ:<幸運吸収ラックドレイン>がアビリティ:<豪運フォーチュン>に上書きされました』


「主~。エヘヘ~♪」


「よしよし」


 幸せそうに頬の緩んだサクラに対して藍大は頭を撫でた後、モンスター図鑑で<豪運フォーチュン>の効果を調べた。


 調べてみた結果、<幸運吸収ラックドレイン>のようなアクティブアビリティではなく、常にサクラが敵のLUKを奪っていくと記されていた。


 それはつまり、サクラに危機が迫ってもサクラが知らない内に高いLUKに守られて敵が自滅して解決してしまうということだ。


 <豪運フォーチュン>は強力なアビリティだと思って間違いない。


 さて、サクラのパワーアップが終わったら今度はゲンの番である。

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