第86話 なんということでしょう

 未亜とのガールズトークで盛り上がり過ぎてしまい、舞が藍大の部屋に戻って来たのは午後6時を過ぎた頃だった。


「藍大、リフォームはどうなった?」


「住み慣れた我が家ではあったものの、従魔が増えて手狭だったリビングの問題を解決してくれたぞ」


「本当だね~。あっちって私のリビングだよ~」


 数時間前まで壁に遮られていたのだが、今はその壁がきれいさっぱりなくなっていた。


 102号室と103号室を仕切る壁が取り払われたのである。


「しかも、職人班からのプレゼントで元々あった壁をモンスター素材でコーティングして頑丈になったんだ」


「あっ、確かに硬い。これ、どんなモンスター素材を使ったの?」


 自分に近い位置にあった壁に触れると、確実に硬くなっていると舞は思った。


「シャッコウの体を砕いて作った特殊塗料だ。これを塗ると耐久性と防音性が上がるらしい。俺と舞の部屋の壁を取り払っても設計上問題なくなったんだ」


「何それすごい」


「しかも、前に倒した方のアゲハムーノの鱗粉から作った撥水材も使ってくれたから、壁もフローリングも水を弾いて掃除しやすくなった」


「なんということでしょう」


「舞もそれは知ってたんだ?」


「うん。これは知ってたよ」


 藍大がどのタイミングで使おうか迷っていたセリフは、舞によって先に出番を迎えてしまった。


 だが、藍大は悔しがらずに舞がそれを知っていたことに感心していた。


「これで俺と舞の部屋はくっついた訳だがドアはどうする? 一応、102号室と103号室の両方から入れるようにしてるけど」


「103号室は普段鍵を閉めっぱなしにして非常口扱いにしようよ。私も普段は102号室のドアから入りたいな。その方が同居してる感が増すから」


「お、おう。じゃあこれ合鍵な」


「エヘヘ。合鍵貰っちゃった」


 同居という言葉を聞いて藍大の顔が少しだけ赤くなった。


 舞は早速藍大にアピールを始めたようだ。


 ガールズトークの成果が発揮され始めている。


「外の様子は見たか?」


「うん。なんか塀がすごく立派に見えたよ」


「信じられるか? あれもシャッコウの特殊塗料を塗っただけなんだぜ」


「へぇ~。特殊塗料ってすごいね~」


「シャングリラのリフォームなら、シャングリラ産の素材を使いたいって言うのが職人班の信条だったらしいぞ」


 DMUの職人班はシャングリラのリフォームができると聞くと、前々から作っていたリフォーム用の道具を持ってシャングリラに急行した。


 使いたくてうずうずしていた道具を使えたので、職人班は水を得た魚のように張り切って作業を進めたのだ。


「そういえば、101号室のドアもデザインが変わってたね。あれもシャッコウの特殊塗料を使ったの?」


「その通り。あの特殊塗料は何色か作ってたらしくて、ダンジョンに出入りするドアらしくデザインしたいって言われたんだ。その結果、シャングリラの外観に著しく違和感を与えない程度に華美に装飾された」


「なるほどね~。帰って来る時に思わず二度見しちゃったけど、そんなことがあったんだ~」


 シャングリラの階段は101号室の隣にある1つだけだ。


 それゆえ、未亜の203号室から今いる102号室に戻って来る時に舞は101号室を通過した。


 普段なら特に気にせずにスルーしてしまうのだが、ドアのデザインが他と違えば気にならないはずがないだろう。


「とまあ、職人班のリフォームは滞りなく終わったんだが、俺としては家庭菜園についても話したい」


「家庭菜園ね。サクラちゃん達と一緒に手入れしてたんだよね?」


「フフン。主と一緒に楽しく作業したの」


「良かったね~。サクラちゃん、機嫌治してくれた?」


「勘違いしないでよね! 舞が主を悲しませたら、主を返してもらうんだからね!」


「うん。わかった。私が藍大を幸せにするよ」


 それはもう、舞からプロポーズしているのではなかろうか。


 藍大とサクラ、リルもそう思ったがツッコまなかった。


 舞のプロポーズ疑惑はさておき、家庭菜園はルナリスを植えてメロが<農業アグリカルチャー>を使ったことで農地として申し分ない土壌へと変わった。


 ただのアパートの中庭の土が農業するための土に変わるなんて前代未聞である。


 それだけルナリスとメロの<農業アグリカルチャー>がすごいのだろう。


「試しに植えてみたイチゴなんだけど、メロによると明日には芽が出るらしい」


「植物ってそんなに早く成長しないよね?」


「そこはメロと植えたルナリスの力だな。他の植物も植えたら1週間で育つってさ」


「農家の人達が聞いたら泣いちゃうよ」


「大丈夫だ。俺は農家になるつもりもないし、メロが面倒を見るのだって俺達が食べる程度だ」


「それもそっか」


 リフォームの結果報告が終わると、藍大は夕食作りを始めた。


 昼間はオウルベアの肉野菜炒めと簡単なものだったから、夕食は少しだけ手の込んだ料理を作ろうと決めていたのだ。


 用意したのはオウルベアの肉とスライスチーズ、粉チーズ、紫蘇、各種調味料だ。


 まずは薄く切ったオウルベアの肉を1枚ずつ広げる。


 次にスライスチーズを小さく折って千切り、紫蘇も真ん中から半分になるように千切る。


 そこまでやったら、肉に塩胡椒を振って真ん中に来るように紫蘇とチーズを乗せて端からクルクルと巻く。


 油を入れたフライパンに巻き終わった部分を下にして中火で焼き、焼き目が付いたら裏返しにして焼く。


 醤油をフライパンに回し入れ、粉チーズもお好みで振りかけてフライパンの中身を混ぜ合わせるように炒めて完成だ。


『ご主人、美味しそうな匂いがする! 何作ったの!?』


 藍大が盛りつけ終えたところで邪魔にならないと判断し、尻尾をブンブンと振るっているリルが話しかけた。


「オウルベアの紫蘇チーズ巻きだ」


『早く食べよ!』


「そうだな。みんなをテーブルに着かせて・・・、もう着いてるな」


 気づけば全員がスタンバイしており、いつでも食べられる準備をしていた。


 藍大が舞とサクラにメインディッシュとサラダ、ご飯を配膳したらいざ実食である。


「「「『いただきます!』」」」


「ヒュー」


「「「シュロッ」」」


「メロン」


 その場にいる全員がオウルベアの紫蘇チーズ巻きから食べた。


「うん、上出来だ」


「主、紫蘇のおかげでさっぱりしてるね」


「藍大、おかわり!」


『ご主人、おかわり!』


「ヒュー」


「食べるの速過ぎじゃね?」


 藍大とサクラはゆっくりと味わって食べていたが、舞とリル、ゲンはガツガツと食べておかわりを強請った。


 なお、ゴルゴンとメロは黙々と美味しそうに食べている。


「藍大の料理が美味しいのが悪いんだよ~」


『ご主人の料理もっと食べたい』


「ヒュ~」


「しょうがねえなぁ」


 舞筆頭の腹ペコ組のため、藍大は席を立ってフライパンに残ったオウルベアの紫蘇チーズ巻きをそれぞれの皿に盛りつけてあげた。


 なんだかんだ言っても自分の料理を喜んでもらえると嬉しいのである。


 とはいっても作った量には限りがあるので、2回目のおかわりコールはおかわりの対象がないので藍大が却下したのだが。


「「『ご馳走様でした』」」


「ヒュー♪」


「「「シュロ♪」」」


「メロン♪」


「お粗末様でした」


 満足した表情の舞達に対し、藍大は作って良かったと思えた。


「藍大、偶には私がお皿洗うよ」


「待った。舞はお皿割るから駄目。主、私が洗うよ」


「今日は大丈夫! 手加減できるよ!」


 舞は以前皿洗いを申し出た時、力み過ぎて皿を割ってしまったことがある。


 床に落として割ったのではなく、握力が強くて割ってしまったのだ。


「皿洗いに手加減するって謎なんだよなぁ。気持ちはありがたいけどサクラに頼むよ」


「そんなぁ・・・」


「任せて!」


 舞がうっかり力んで皿を割ってしまうのが容易に想像できたので、藍大はサクラに今日の皿洗いを任せた。


 藍大は手伝えなくてしょんぼりする舞に対し、悪いことをした気分になって別の家事を頼むことにした。


「舞には風呂掃除を頼むよ」


「うん! 下向けるようになったら洗って来るね!」


 流石に食べてすぐに下を向く作業をするのはしんどいから、舞の言うことはもっともだった。


 サクラと舞が家事を手伝ってくれたおかげで、藍大は食後にリル達と戯れる時間を得ることができた。


 自分の任された作業を終えたサクラがそれを羨ましく思い、自分も甘えさせろと言って藍大に突撃したのは想定の範囲内だ。


 だが、交際する関係になったことで舞もギアが入ったらしく、風呂から上がった藍大に膝枕で耳かきをすると言い出したことは藍大も流石に予想外だった。


 何はともあれ、藍大が舞の申し出を受け入れたことでようやく恋人らしくなったのは祝福すべきだろう。

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