第85話 せやかて舞

 未亜に捕まった舞はそのまま未亜の部屋にやって来た。


 未亜は腐女子だったが、部屋の中はBLに関するものはパッと見てなかった。


 おそらく、突然誰かが来たとしても自分の趣味で相手を怯えさせないためだ。


 ストレートな者を自分と同じ道に引き込むことはせず、素質のある者だけを引き込むのが未亜の腐女子道なのだろう。


 それはさておき、未亜は適当な茶菓子とお茶を用意して戻ると本題に入った。


「それで、舞は何が嬉しくってスキップしてたんや?」


「あのね、藍大と付き合うことになったの~」


「ちょっ、待ちや! 今日まで付き合うてなかったんかい!」


 衝撃の事実を耳にして未亜はツッコまずにはいられなかった。


 そんな未亜に対して舞は首を傾げる。


「そうだよ? なんで未亜ちゃんは驚いてるの?」


「そら驚くやろ! 三食一緒に食べてて一緒にダンジョン潜って頭撫でてもらってるんやから、とっくに付き合ってると思っとったわ!」


「フッフッフ。実は今日まで付き合ってすらなかったんだよ!」


「なんで得意気なん? 舞的には彼氏彼女の関係やと思ってたら、クランマスターに違うって言われて慌てて告ったんか?」


「違うよ。私は藍大に好きだよ~って言ってたけど、藍大の心の壁にブロックされてたの」


「ウチのクランマスターは汎用型人型決戦兵器かいな。A○フィールド使っとるんか」


「汎用? A○フィールド?」


 聞き覚えのない言葉が出て来たせいで舞は首を傾げた。


「マジか。舞に通じひんネタやったか。有名な作品やったから伝わると思ったんやけどなぁ」


「ごめんね~。私あんまり漫画とかアニメとか見ないからさ~」


「せやかてアニメ詳しくない人でも知っとる知名度やで?」


「普段は藍大の家でご飯食べてるか、可愛い系動画見てるから知らなかったよ」


「可愛い系の動画? どんなんやそれ」


 人によって可愛いという認識は異なっていることがある。


 それゆえ、舞の可愛いが一般的な可愛いとは異なっている可能性を考慮して未亜は訊ねた。


「見てみる?」


 舞は嬉しそうに自分のスマホに入っている動画を未亜に見せた。


 舞のスマホに映った最初の動画は、藍大にモフられて喜ぶリルのものだった。


「ほぉ~、ちゃっかりクランマスターを動画で撮るとは舞も大したもんやな」


「違うよ! 藍大を撮るつもりじゃなくて、リル君を撮ってたら藍大も入ってないと不自然だったんだよ!」


「せやね~。違和感なくクランマスターを動画に収められるもんな~。やるやんけ」


「未~亜~ちゃ~ん」


 舞のコップの持ち手がパキッと割れると、未亜は冷や汗をかいた。


「嘘やろ!? 舞に壊されへんように金属製のカップを渡したのに!」


 恐るべき舞の握力である。


「あっ、ごめん!」


「ええって。ウチが余計なことを言ったさかいこんなことになってもうたんやから」


 舞を揶揄うのも状況を見てやらねばならないと未亜は思った。


 もしも自分が掴みかかられていたならば、自分のSTRとVITでは舞には敵わないからだ。


 揶揄うのも命取りだとわかっただけ、金属製のカップの持ち手が壊れたことにも意味があったと言えよう。


 舞がカップを手で握って中身を飲み干すと、未亜は別の金属製のカップを取って来た。


「手ぇ怪我してへんよな?」


「大丈夫だよ。私って頑丈だから」


「さよか。ほな、他にも見せてくれや」


 頑丈な人なら金属製のカップの持ち手を壊せる訳ではないが、未亜はそれにはツッコまずに別の動画を見せるよう促した。


「良いよ~。これなんて和むかも。メロちゃんの日光浴シーン」


「・・・和むなぁ」


「でしょ?」


 舞のスマホには、メロがシャングリラの庭で日光浴しながら揺れて最近流行りのCMソングを鼻歌で歌うシーンが流れた。


 これには未亜も可愛く感じて和んだ。


「でも、こういうのってどれも短いやん。そんな時間潰せんのと違う?」


「これはあくまで趣味で休憩する時に見てるんだもん。他の時間は武器や防具の手入れしたり、ダンジョン探索に使えそうな情報を調べたりしてるよ」


「そんなんウチもやっとるで。ダンジョン探索は備えが大事やからな。ところで、クランマスターと舞のどっちから告ったんや?」


 舞並みにやっているかと訊かれればNOと答えざるを得ないので、未亜は脱線していた話題を強引に戻した。


「私が藍大にキスしたらね、藍大が私の好意を本物って気づいてくれて告白してくれたんだよ」


「そうなんやな。クランマスターが告ったんか。いや、ちょい待ち! 最初なんて言った!?」


 サラッと流したことが非常に重要だったと気づき、未亜は舞の聞き捨てならない発言を訊き返した。


「私が藍大にキスした」


「逆やない? 普通、告白されてからキスやないの?」


「普通はそうかもしれないけど、藍大が私の気持ちを信じ切れてなかったから、壁に追い詰めて強引にキスしてみたの」


「壁ドンやと!? しかも強引にやて!? これが男同士だったら捗るんやけどなぁ」


「未亜ちゃん・・・」


 藍大との思い出をBLに捏造しないでほしいと舞がジト目を向けると、未亜はハッと我に返って詫びた。


「いやぁ、すまんかった。そのシチュが良過ぎてウチのゴーストがBLで考えろって囁いたんや」


「未亜ちゃんに幽霊ゴーストが憑りついてるの?」


「・・・すまん、なんでもないで」


 伝わらないネタをまた披露してしまったから、未亜は恥ずかしくなってきてなかったことにした。


「そうなの? まあ、とりあえず藍大にはあれこれ言うよりもキスした方が気持ちを伝えられると思ってキスしたよ」


「舞が攻めでクランマスターが受けなのは間違いないやろな」


「本当は藍大にグイグイ来てもらいたいけど、それは難しそうだから私からガンガン行くの」


「クランマスターは恋愛面だけヘタレそうやし、舞の作戦はええんとちゃうか。部屋が開通したら、一緒に寝させてもらったらどや?」


 舞の作戦立案は間違っていないと判断し、未亜は自分からも作戦を提案した。


「それはもう試したことあるよ」


「なんやて? いつのことや?」


 舞の口から信じ難い言葉が吐き出されたので、未亜はすぐに聴取を始めた。


「藍大がおにぎりフェスの告知を掲示板でした時、藍大とサクラちゃんとリル君と一緒に寝たの」


「あれか、おはようからおやすみまで一緒発言の時やな。舞は大胆やなぁ。その夜はどうなったんや?」


「藍大達の寝つきが良くてすぐに寝ちゃって、私も眠くなって寝ちゃった」


「マジで添い寝だけやったんかい。というか、告白よりも先に添い寝ってどーいうこっちゃ」


「そういう恋があったって良いじゃん」


「せやかて舞」


「未亜ちゃんは好きになった人と付き合ったことあるの?」


 未亜が反論しようとした瞬間、舞がそれを遮るように精神的ダメージを与える疑問を投げかけた。


 その瞬間、未亜は膝から崩れ落ちた。


「好きだった人がいたことはあるんや。せやけどな、Bカップ未満とは付き合えないってフラれてしもうてなぁ・・・。胸なんか!? 胸がないと市民権はないんか!?」


「未亜ちゃん落ち着いて。手を痛めちゃうよ」


 テーブルをガンガン殴る未亜を見て、舞は落ち着かせようとテーブルの反対側に回り込んで未亜を抱き締める。


 その瞬間、舞の胸が未亜の背中に当たってそれが未亜に溜息をつかせた。


「はぁ・・・。舞は胸大きいなぁ。何カップあるん?」


「えっ、Eだけど」


「何食べたらそうなんねん! ウチにもちょっと分けろや!」


「無理だよ~」


 何を食べても未亜じゃ大きくならないという意味なのか、分けることが無理という意味なのかで話の展開が変わる。


 無論、舞は後者の意味で言っているつもりだが、頭に血が上っている今の未亜は物事を悪い方に捉えてしまって前者の意味だと思ってしまった。


「何が無理や! いっぱい食べる舞の胸が大きくなるんなら、食べ物が作用してるに決まっとるねん!」


「好き嫌いしないで美味しく食べてるよ」


「違う、そうじゃないねん!」


 自分が聞きたい答えではなかったので未亜はシャウトした。


 叫び疲れた未亜は大きく深呼吸して気持ちを整えた。


 そして、投げやりに舞にアドバイスした。


「もうあれやな、舞は鎧着てない時にクランマスターに抱き着けばええねん。そのおっぱいで落ちん男とかおらへんやろ」


「藍大はそれだけじゃ落ちないよ。私とサクラちゃんに両サイドから抱き着かれてもデレデレにならなかったもん」


「クランマスター、男としての機能が壊れとるんとちゃうか?」


「そんなことないよ。藍大は我慢強いんだよ」


「せやろな。けど、ある武器を使わんのは勿体ないで。ガンガンアピールすればええねん」


「うん。頑張るよ」


 藍大にプロポーズさせてやると舞は気合を入れ直し、どうやってスキンシップでアピールするか未亜と話し合った。

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