第84話 お前ら早く結婚しろ

 舞とサクラの間で話がまとまると、藍大は茂に今日2回目の電話をかけた。


『藍大、何かあったか?』


「茂、というかDMUに念のため話をしておきたいことがあってな」


『なんだ? またおにぎりフェス的な何かをやるつもりか?』


「違う、そうじゃない。実はシャングリラを少しリフォームすることにしたんだ」


『いきなりだな。なんで今やるんだ? どこをリフォームするんだ?』


 前触れなくリフォームすると言い出した理由を知りたくて、茂は藍大に事の詳細を訊ねた。


「昨日健太が帰って来てシャングリラは満室になった。全員揃ったから前々から考えていたリフォームについて決を採れたんだ」


『そういうことか。あの放浪馬鹿が帰って来たから今なのか。なんで今やるかは理解した。それで、どこをリフォームするつもりなんだ?』


「業者を呼ぶ必要があるのは3つだ。シャングリラの塀と101号室の鍵のセキュリティ強化に加え、102号室と103号室の開通」


『前2つは俺も必要だと思うが、残り1つはどうした? 藍大、お前ってついに立石さんと結婚すんの? 式はいつだ?』


「結婚するから開通させる訳じゃない」


 茂が自分と舞は結婚するのだと誤解してしまったので、藍大はそれが理由ではないと否定した。


『じゃあ何が原因で開通させるんだ?』


「舞が飯を食べに来る度に外に出るのが面倒って言って来た。リル達も広くなるのは歓迎してる。それが理由。元々のリフォーム案に102と103の開通なんて考えてなかったぜ」


『お前ら早く結婚しろ』


「そう言われてもなぁ・・・」


『何が心配なんだ? というか、広瀬達からもおまえらがお熱いってちょくちょく報告着てんだぞ?』


「舞が聞き耳立ててるからここでは言わん。とりあえず、シャングリラのリフォームをするなら茂にも連絡しといた方が良いだろ?」


 藍大のスマホから茂の声が漏れているので、舞が自分達の会話に聞き耳を立てているのは藍大の視界に入っている。


 それゆえ、藍大は舞に関する話を切り上げて無理矢理話を進めた。


『そりゃ何かあった時にフォローできるからその方が助かるさ。そうだ、業者はどこにするか決めてんのか?』


「いや、まだだけど」


『だったらDMUの職人班を派遣するぜ』


「えっ、職人班ってリフォームとかできんの?」


『できるぞ。実はな、モンスター素材を使ってリフォームできるクランハウスがないかテスターになってくれるクランを探してたんだ。今からでも派遣できるけどどうする?』


「よろしく頼む」


『おけ。リフォーム費用はテスターだから勉強させてもらうよ』


「そりゃ助かる。じゃあ、職人班を待ってるわ」


『おう。そんじゃな』


 茂との電話が終了した。


 その直後に舞が藍大に間を与えずに訊ねた。


「藍大は私のことが嫌い?」


「勿論嫌いじゃない。俺の交友関係の中では極めて好意的な部類だ」


「じゃあどうして?」


 その後ろに続く言葉は、どうして自分がこんなにアプローチしているのに応えてくれないのか、だろう。


 藍大は逃げようにも身体能力で舞に負けているし、この場でこれ以上誤魔化すのは無理だと判断して正直に心中を語ることにした。


「俺、年齢=彼女いない歴なんだ。過去に好きになった人は何人かいたけど、誰とも付き合えるところまで行けなかった。そんな俺に舞は好意を寄せてくれてるだろ? それを上手く受け止められてないんだ」


 藍大の人生は大地震が来るまでごく普通のものだった。


 普通に恋をすることがあっても、その相手には既に彼氏がいたり好きな人がいて恋が実ることはなかった。


 更に、大地震が起きてからは超人認定されて冒険者試験に合格したが、従魔士の職業技能ジョブスキルが覚醒したのはつい最近の話だ。


 それまでの間、考えないようにしていたものの自分は超人にもかかわらずダンジョンに行って戦えないでいることが悔しかった。


 どうにか腐ることなく大家として働いていると、ひょんなことから従魔士になってサクラをテイムしたことで藍大の環境が変わって来た。


 今までスポットライトを当てられることがなかったのに、急にチヤホヤされるようになったのだ。


 だとすれば、このタイミングで舞が自分に好意的なアプローチをされるのは自分の従魔士の職業技能ジョブスキルありきではないかと考えてしまう訳である。


 サクラ達は従魔だから、自分と繋がっていることがモンスター図鑑を経由してわかっている。


 しかし、舞はあくまで自分の護衛であり、同じクランのサブマスターだがつい最近までは大家と店子の1人でしかなかった。


 これが理由で舞と良好な関係を築けていながら、最後の一線を超えるか否かの判断を保留してしまっている。


 藍大が自分の感情を正直に語ると、舞は少しの間うんうんと唸ってからポンと手を叩いた。


 そして、藍大を壁際まで追い詰めてから強引に唇を奪った。


 藍大の耳にズキュウウウンという音が聞こえた時、既に舞に唇を奪われていたのだ。


「ちょっと舞! 主に何やってるの!?」


 何をするつもりなのかじっと見守っていたサクラは、舞が藍大の心の壁を強引に打ち破るものだからサクラは抗議する。


「何ってキスだよ?」


「私が言ってるのはそうじゃない! なんで主にキスしてるのって訊いてんの!」


「だって、こうでもしないと私が本気で藍大を好きってわかってもらえないと思ったから」


 そう言った時の舞の表情が真面目なものだったから、サクラは反論できなくなってしまった。


 舞が本気だと理解できたからである。


 その一方、壁ドン+ズキュウウウンの組み合わせを喰らった藍大は顔を真っ赤にしていた。


「えっと、その、これは・・・」


「これが私の気持ちだよ。言葉だけじゃ伝わらないってわかったから行動に移してみたの」


「な、流れるような動きだったけど、こういうのは慣れてた?」


「ファーストキスだよ!」


 そう答えた瞬間、舞の顔が真っ赤になって藍大の肩を叩いてしまった。


「痛っ!?」


「主!? 痛いの痛いの飛んでけ~!」


 サクラは藍大を回復するために<回復ヒール>を発動した。


 照れ隠しで叩いてしまったのは明らかだが、貧弱な藍大が騎士の舞に叩かれて無事なはずがない。


 サクラが<回復ヒール>を使わなければ、間違いなく青痣になっていただろう。


「ごめ~ん! 痛かった!? ごめんね!」


 舞もやってしまったとわかって申し訳なさそうにペコペコと謝った。


「いや、こっちこそすまん。失礼なことを言っちまった」


「ううん。私こそ強引でごめんね」


 お互いにペコペコと謝る様子を見て、サクラはこれ以上の<回復ヒール>が必要ないと判断した。


 謝り合った後、藍大も舞も情熱的なキスを思い出して無言になった。


 しかし、今度は藍大から口を開いた。


「なよっちい態度でマジでごめん。舞が本気で俺のことを好きでいてくれたのはわかった」


「わかってくれたんだ」


「ああ。でも、今までが今までだからすぐに結婚って頭にはならないんだ」


「そっか・・・」


 舞は経歴や見た目にそぐわず古風な考えの持ち主だった。


 付き合うからには結婚を視野に入れるし、キスをしたことも結婚する気があってのことだ。


 外国人のように挨拶で頬にキスを交わすような性格ではないので、藍大に結婚を保留されたことで舞はしょんぼりしてしまった。


 ところが、藍大の言葉には続きがあった。


「だから、まずは付き合うところからでどうかな?」


 気の利いた言葉なんて思いつかない不格好な言葉である。


 それでも、藍大の精一杯の気持ちが込められていることは間違いなかった。


 舞は藍大が自分の行動キスの意味を真剣に考えて返事をくれたのだと理解し、ニッコリと笑った。


「勿論OKだよ! プロポーズさせたくなるぐらい惚れさせてあげるから覚悟してね!」


 舞に断る選択肢は存在しない。


 ただし、藍大が並大抵のアプローチでは崩れない心の壁を有しているとわかったから、舞はこれからガンガン行くと宣言した。


「ぐぬぬ・・・。主の馬鹿~」


「サクラ、治療してくれてありがとな。舞と付き合うからってサクラ達と別れる訳じゃないんだ。機嫌を直してくれよ」


 頬を膨らませるサクラに対し、藍大は困ったような笑みを浮かべてサクラを宥めた。


 その後、メロの家庭菜園を作る手伝いをする時はサクラ達従魔だけに構うと約束すると、サクラは機嫌を直した。


 舞はサクラの機嫌を損ねないように空気を読んで藍大の部屋を出た。


「やったね~!」


「何がやった~なんや?」


 舞がご機嫌な様子でスキップしていたところに、未亜が偶然居合わせたのだ。


「未亜ちゃん!? え~っと、それは・・・」


「ウチの部屋でガールズトークしようやないか。お菓子もあるで」


 何やら面白いネタがありそうだと思い、未亜が舞を自分の部屋へと連れて行った。

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