第79話 ぐうの音も出ねえぜ!

 食休み後、藍大がサクラを連れてダンジョン産の素材をアイテムショップ出張所で買い取ってもらった後、102号室に戻るタイミングで2階から降りて来た健太と遭遇した。


「藍大、丁度良かった。俺も”楽園の守り人”に入れてくれ」


「軽過ぎね?」


「まあまあ。俺とお前の仲だろ?」


「親しき中にも礼儀ありって話だ。ちょっと舞も含めて3人で俺の部屋で注意事項とか説明すんぞ」


「うい」


 本気で立ち話で済ませるつもりはなかったので、健太は藍大の言うことにおとなしく従った。


「あれ、なんで立石さんの部屋に寄らねえの?」


「舞なら今俺の部屋にいる」


「記者会見のニュース見てからずっと気になってたけど、まさか同棲してんの?」


「同棲はしてない。俺が舞の財布と胃袋を預かってるんだ。食費も貰ってるから、俺が舞の分も作ってやってんの」


「何それ羨ましい」


 健太も藍大の料理の腕前は知っているから、今の舞の待遇を羨ましく思った。


「舞はよく食べるからなぁ。作り甲斐あるけど作るのが大変な時もある。バーベキューとか」


「俺がいない時にバーベキューしたのか?」


「1回目は茂も来たぞ」


「くそっ! その言いぶりじゃバーベキューは少なくとも2回以上してるじゃねえか!」


「”楽園の守り人”でバーベキューやるとカオスだから、しばらくはやらないつもりなんでよろしく。異論は認めん」


「横暴だ! 俺もここの住民なんだからバーベキューを食べる権利はあるはずだ!」


 食べて飲んで騒いでと楽しいイベントを逃した健太は、藍大に3回目のバーベキュー開催を要求した。


「主を困らせるのは駄目」


「おっとサクラたん。違うんだ。俺は藍大を困らせるつもりじゃないんだ」


「サクラたんって言わないでくれる? はっきり言ってキモい。サクラ様って呼びなさい」


「・・・藍大、サクラ様が俺にだけ当たりが強いんだけど」


「様付け受け入れるの速くね?」


 健太がサクラをたん付けするのは気持ち悪いと藍大も思ったが、それでも悩むことなく様付けした健太を見て藍大は顔が引き攣った。


「馬っ鹿お前、サクラ様の言うことは絶対だろ?」


 (サクラの<導気カリスマ>が原因か)


 健太がサクラに盲目的な発言をしたことで、藍大はその原因が<導気カリスマ>にあるのだと理解した。


 いつまでも外で立ち話をするのも変な話なので、藍大は102号室に健太を招き入れた。


「あっ、藍大とサクラちゃんお帰り~。・・・青島さんも来たんだ」


「立石さん、俺を見て露骨にテンション下げないでほしいぜ」


「私、軽薄な男の人って好きになれないんだ~」


「藍大、なんとか言ってくれ! 俺は軽薄じゃないと援護してくれよ!」


「えっ、無理」


藍大ブルータス、お前もか」


「誰がブルータスだ」


 健太が軽薄なのは否定しようがない事実だ。


 茂がこの場にいても首を縦に振るのは間違いない。


「じゃあ、どんな男だったら好みなのさ?」


「藍大」


「ストレート! そこは○○な人~って言うところだろ!?」


「藍大には胃袋掴まれてるし、財布を預かってもらってから無駄な出費も減って少しずつだけど貯金もできるようになったの。装備も私のために良いものを用意してくれるし、直接戦闘できなくても指示がいつも的確だもん。こんなに自分の人生を預けたい人は他にいないよ?」


「立石さん、藍大のこと滅茶苦茶好きじゃん」


 舞が藍大を好きな理由を列挙すると、健太は口から砂糖を吐き出したような顔をした。


 大学時代から藍大とつるんでいるから、健太は装備の件以外全部に心当たりがあった。


 それゆえ、舞が藍大に本気で惚れていることを理解したのだ。


 ところで、自分への好意を吐露された藍大は顔が赤くなっていた。


「そこまで言われると照れる」


「主は渡さない!」


「私だって負けないよ!」


 サクラと舞が睨み合いを始めると、立ち直った健太が藍大と肩を組んだ。


「モテ期に入った気分はどうだよ兄弟?」


「ありがたい話だ。てかお前と兄弟じゃねえよ。軽薄って言われるのはそーいうとこだろ」


「ぐうの音も出ねえぜ!」


 軽薄と言われてなおその姿勢を貫く健太はある意味大した奴だ。


 とりあえず、藍大達はテーブルに着いた。


「なあなあ、人数比がおかしくねえか?」


「「全然」」


 健太の疑問に答えたのはサクラと舞だ。


 先程は睨み合っていたが、今だけは息ぴったりだった。


 健太がツッコんだのは座席についてである。


 藍大の両脇にはサクラと舞が座っており、その膝には<収縮シュリンク>で体を小さくしたリルが撫でてもらうチャンスだと陣取っている。


 その一方、健太が座っている方には健太しかいない。


 これには寂しさを感じないはずがないだろう。


 ちなみに、ゲンは昼寝中なので健太へのクランの説明の場に参加していない。


「よし、じゃあ説明するぞ」


「頼む」


 この場において自分は圧倒的アウェーだと理解し、健太は無駄な抵抗を止めて藍大から説明を聞くことにした。


 シャングリラにダンジョンができた経緯から”楽園の守り人”創設の流れ、加入するにあたっての注意事項を聞いた健太は挙手した。


「俺も”楽園の守り人”に加入したいんだが、1つだけ大きな爆弾を抱えてるんだ」


「「「1つだけ?」」」


 健太の言い分に藍大とサクラ、舞が一斉に首を傾げた。


「おいおい、それじゃ俺にたくさん問題があるみたいだろ?」


 その問いかけに藍大達は揃って視線を逸らした。


「ちょっと待って。なんだか泣きたくなってきた」


「さっき司が男だって知って号泣してただろうが」


「酷い話だよな。このシャングリラで可憐と言えるのは」


「ああ゛ん?」


「なんでもありません、上官!」


 舞にそれ以上言ったら頭をかち割ると言外に示され、健太はブルッと振るえて敬礼した。


「舞、落ち着くんだ。健太の言うことなんていちいち気にしてたら疲れるだけだぞ?」


「それはあんまりじゃね!?」


「そう思うなら日頃から言動に気をつけろや」


「俺、1分以上シリアスな雰囲気でいるとカラータイマーが点滅するんだ」


「光の巨人達は3分行動できるんだけどな」


「嘘だ。カラータイマーなんてない。本当はタップダンスを踊りたくなるんだ」


「よ~し言ったな? じゃあ検証しようか。嘘だったら舞が健太の頭にメイスを叩き込む」


「任せて~」


「すみません、俺が悪かったです」


 ふざけたことばかり言う健太に対し、藍大も最初から最終兵器を使うから健太がすぐに詫びた。


「さっさと爆弾について話してよ」


「サクラ様、了解です。実は俺、”ブルースカイ”のクランマスターと腹違いの姉弟なんだ」


「「は?」」


「ん?」


 突然のカミングアウトに藍大と舞が目を丸くした。


 サクラはピンと来ていなかったので首を傾げただけである。


「いや、ずっと言いそびれてたんだがこれはマジだ。クランマスターの青空瀬奈は俺の腹違いの姉で、俺の母さんは青空柔造の愛人だったんだ。とか言っても母さんは青空家から独立してるんだけどな」


「藍大、どうしよう? 青島さんが殴る前からおかしなこと言ってるよ?」


「だから、健太は家族の話になるといつも話題を変えようとしたのか」


「その通り」


 健太は藍大や茂と喋っていた時に何度か家族の話になったが、どういう訳かいつも強制的に話題を変えたのだ。


 その理由をようやく理解したので藍大は合点がいった。


「健太は青空瀬奈からどう思われてんだ?」


「さあな。青空柔造の葬式に参加した時、青空瀬奈が憎しみ100%の視線を俺と母さんに向けてたことは覚えてる」


「嫌われてるのは間違いないか」


「知ってるか藍大? 好きの反対は無関心なんだぜ?」


「好きの反対は嫌いに決まってんだろ。日本語わかってんの?」


「マジレスは辛いぜ藍大」


 藍大がマジなトーンで言うものだから、健太は自分の発言を恥ずかしく感じた。


「それは置いといて、健太が”ブルースカイ”と仲が悪いと”楽園の守り人”に健太が入った時に敵視されるかもってか?」


「ああ。だからな、俺のことは」


「別に気にしねえよ。良いから”楽園の守り人”に入っとけ」


「え?」


 健太が自分のことは”楽園の守り人”に入れなくて良いと言おうと思ったら、藍大にそれを遮られて”楽園の守り人”に勧誘されたので困惑した。


「DMU経由で会談の話が来たけど断ったし、どの道良い印象は持ってねえだろうから気にすんな」


「マジか。藍大、青空瀬奈の会談蹴ったのか?」


「”レッドスター”との同盟で肩凝ったからな。俺達はシャングリラで好きに探索したいんだ」


「・・・そうか。それじゃあ入らせてもらおうかな」


「おう。ようこそDMUとズブズブなクランへ」


「プハッ、なんだよそれ」


「純然たる事実だ」


 健太が藍大に迎え入れられて嬉しかったのは言うまでもない。

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