第77話 お好きでござる

 ミノタウロスの回収を終えて探索を再開してから、藍大は気になったことがあって舞に訊ねた。


「舞はなんでメイスを使うんだ? 騎士の職業技能ジョブスキルって武器はメイス以外にも扱えるんだろ?」


「確かに使えるんだけどね~、昔釘バットを振り回してた経験からメイスがしっくりくるんだ~」


 (釘バットを振り回してたレディース総長さんですね、わかります)


 藍大は返って来た答えを聞いてそうだったと思い出したが、間違っても緩い口調で話される内容ではないことは確かだ。


「そっか。いや、さっきミノタウロスからキリングアックスを奪ったし、舞が使えるなら使った方が良いのかもって思ったんだ」


「なるほど~。う~ん、戦斧バトルアックスは大き過ぎて片手で振り回せないかな」


「確かにそうか。舞は盾も使ってるもんな・・・。盾って必要なの?」


 今までの戦闘を振り返り、舞が盾で敵の攻撃を防ぐ機会が少ないことを思い出した藍大は舞に疑問をぶつけた。


「必要だよ? 突撃や遠距離攻撃に使ったりするし」


「どっちも防御に関係ないんだよなぁ」


「攻撃は最大の防御なんだよ!」


 SSシールドが本来の使い方をされておらず不憫に思った藍大だが、何かに使えるかもしれないので斧はキープすることにした。


 それから藍大達が歩いていると、遠くの方に黒く小さな山のような物体が見えた。


「なんだあれ?」


『ご主人、あれはモンスターだよ! レッドブルに近い匂いがする!』


 藍大の疑問に答えたのはリルで、その嗅覚から藍大達の視界に映った小山をモンスターだと断定した。


「モォォォォォッ!」


 その瞬間、周囲の空気を震わせるような咆哮が響き渡った。


 これにより、リルの索敵が正しいと証明された。


 敵戦力を確認するためにモンスター図鑑を開いてみたところ、藍大は予想外の情報に驚いた。


「あれがフロアボスかよ!?」


「そういえばこの階ってフィールド型だったね~」


「知ってるのか舞電」


「聞いたことがある。・・・これで良いんだっけ?」


 以前はボケをわかってもらえなかったが、2回目の今はボケをボケとして理解しているので舞も藍大の作った流れに乗った。


 うろ覚えだったから最後は自信なさそうだったが。


「合ってる。茶番に付き合ってくれてありがとな。それで、フィールド型ってのはこの階の草原を言ってるのか?」


「うん。こういう草原みたいな開けたフィールド型の階だとね、フロアボスが自由に移動するの。フィールド型だからボス部屋なんて存在しないし、ボスを倒したら近くに魔法陣と階段が現れるんだよ」


「そうだったんだ。じゃあ、あのグランドブルを倒せば地下3階に行けるのか?」


「そだよ~」


 グランドブル、それが日曜日の地下2階のフロアボスの名前だ。


 ミノタウロスよりも大きいグランドブルは、本当に動く小山と表現するのが相応しい。


「ヴモォォォ!」


 グランドブルは最初の<戦叫ウォークライ>よりも野太く叫んだ。


 <硬化突撃ハードブリッツ>を発動したのである。


「リル、<竜巻トルネード>で足止め! サクラはLUKを奪え!」


『任せて!』


「うん! いただきま~す!」


 リルがグランドブルの正面に<竜巻トルネード>で竜巻を起こすと、グランドブルがそれに巻き込まれて足が地面から浮いた。


 グランドブルが慌てて足をじたばたさせていると、サクラがLUKを奪い取って不幸状態にする。


 体の大きなグランドブルは空に舞い上がることはなく、着地しようとした瞬間にLUK=0が仕事して足を滑らせた。


「ゲン、突撃!」


「ヒュー」


 ゲンは<反撃形態カウンターフォーム>と<滑走突撃グライドブリッツ>を連続して発動し、バランスを崩したグランドブルに突撃した。


 しかも、グランドブルに自ら当たりに行ったにもかかわらず、まだ<硬化突撃ハードブリッツ>が解除されていなかったせいでゲンの攻撃は反撃扱いとなった。


 つまり、グランドブルに触れた甲羅の一部から鋼鉄の棘が生えてグランドブルに刺さったのだ。


「モォォォォォッ!?」


 ゲンの衝突自体は大してダメージにならなかったが、棘が刺さった痛みは無視できないものだった。


 それゆえ、グランドブルは痛みによる驚きで更に体を仰け反らせてそのまま転倒した。


「藍大、殴りに行っても良いかな?」


「良いとも!」


「ヒャッハァァァァァッ!」


 お昼休みにウキウキウォッチングしそうなノリで藍大がGOサインを出すと、舞は嬉々として転倒したグランドブルを殴りに行った。


『ご主人、お肉駄目になっちゃうよ?』


「それは不味い。サクラとリルもGO! ゲンは俺の護衛だ!」


「行ってきま~す!」


『お肉!』


 リルはグランドブルを大きな肉としか見ていないらしい。


 肉を駄目にされないように藍大に進言し、藍大から追撃許可が下りると全速力でグランドブルと距離を詰めて攻撃した。


 サクラもワンテンポ遅れて攻撃に参加し、どうにかグランドブルのHPが全損する前に一撃喰らわせることができた。


 哀れなグランドブルは実力のほとんどを発揮することができず、舞とリル、サクラに囲まれてあっけなく力尽きてしまった。


『サクラがLv50になりました』


『サクラが進化条件を満たしました』


『リルがLv49になりました』


『ゲンがLv45になりました』


 (サクラの次の進化はLv50だったのか)


 システムメッセージによってサクラの進化できるようになったことを知ると、藍大はこのタイミングなのかと思った。


 Lv45で進化できなかったから次はLv60で進化だろうかと勝手に予想していたのだが、藍大の予想は良い意味で裏切られたのだ。


 サクラの進化は落ち着いて対応したいので、藍大はひとまずグランドブルの解体を先に始めた。


 レッドブルの解体で慣れたのか、サクラ達がサクサクと作業を進めてあっという間に終わった。


 リルはグランドブルの魔石を咥えて藍大に渡した。


『ご主人、これは僕のだよね!?』


 尻尾をブンブン振るっているリルに誰が違うと言えるだろうか。


「勿論だ。リルが食べて良いぞ」


『やった~!』


 リルは藍大から魔石を貰うとそのまま魔石を飲み込んだ。


 その直後にリルの毛並みが上質になるのが見て取れた。


『リルのアビリティ:<竜巻トルネード>がアビリティ:<刃竜巻エッジトルネード>に上書きされました』


 (殺傷力高そうなアビリティになったなぁ)


『ご主人、僕強くなった?』


「強くなったに決まってるだろ? 愛い奴め」


『クゥ~ン♪』


 顎の下を撫でられたリルは嬉しそうに鳴いた。


 リルが満足するまで撫でた後、いよいよ本題のサクラの進化のためにモンスター図鑑のサクラのページを開いた。


 その備考欄には今までの進化した時のように、進化可能の4文字が記されていた。


「サクラ、進化させるぞ?」


「うん!」


 サクラが力強く頷くと、藍大は図鑑の進化可能の文字に触れた。


 その瞬間、サクラの体が光に包まれた。


 光の中でサクラのシルエットがグラマラスなものへと変わり、頭からは2本の曲がった角が生えた。


 背中の蝙蝠の翼はサイズが大きくなり、悪魔の尻尾も生えて服装はそれを考慮してミニスカドレスから別物へと変わった。


 光が収まると、シールドアミュレットとの合わせ技で胸元が強調された黒いボンデージ姿のサクラの姿があった。


 ピンク色の髪は更に濃くなっており、シンプルに背中までストレートに伸ばしていた。


『サクラがリリスからサキュバスに進化しました』


『サクラがアビリティ:<精力変換エナジーコンバート>を会得しました』


『サクラのデータが更新されました』


 進化が完了すると、サクラは艶やかな笑みを浮かべて小首を傾げた。


「エッチな従魔はお嫌い?」


「お好きでござる」


「エヘヘ、良かった♪」


 見た目に大きな変化があっても藍大に受け入れてもらえたことが嬉しかったため、サクラは藍大に抱き着いた。


「ギルティ!」


 そこに舞が割り込んでサクラを藍大から引き剥がした。


「なんで邪魔するの?」


「藍大を誘惑するのは駄目!」


「なんで? 私は主のことが好きだから抱き着いてるだけだよ? どうして駄目なの?」


「それは・・・」


 サクラが真面目な表情で質問すると、舞は言葉に詰まった。


「あぁ、わかった。舞が自分の体に自信がないからだね。私には勝てないって諦めちゃったんだ」


「違うよ! 私の体の方がバランス良いし、いくら食べても太らないもん!」


「・・・舞は今、全ての乙女を敵に回した」


 舞の反論がサクラに精神的ダメージを与え、サクラが舞に攻撃しそうな雰囲気を醸し出したので藍大が止めに入った。


「そこまで。サクラ、舞をいじめるんじゃない。舞も無意識に敵を作るような発言は控えろ」


「は~い」


「気をつけるよ」


 藍大に注意されたことで、サクラも舞もおとなしくなった。


 藍大の前で言い争うと印象が悪くなると思い、双方ともこの場で無理に決着をつけるのは得策ではないと判断したからである。


 サクラと舞が落ち着くと、藍大は進化したサクラのステータスを確認することにした。

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