第7章 大家さん、一歩先に進む

第75話 翼は授けてくれないのか

 日曜日の朝、藍大と舞、サクラ、リル、ゲンはシャングリラダンジョンの地下2階にやって来た。


 未亜は地下1階を自力で突破したいと言ったので、藍大は護衛としてゴルゴンを派遣した。


 ゴルゴンも日曜日の地下1階には挑戦したことがなかったから、安全マージンを取って地下1階に挑むことに納得した。


 さて、地下2階に移動した藍大達は目を丸くしていた。


「ここってダンジョンの中だよな?」


「そうだよ」


「なんで青空が広がってるんだ? なんで草原が広がってるんだ?」


「ダンジョンに常識は通用しないんだよ」


「認めたくないものだな、自分自身の常識が凝り固まってるということを」


「急にどうしたの?」


「なんでもない」


 未亜がこの場にいたならば、そこは若さ故の過ちだとツッコんでもらえただろうと思って寂しく感じる藍大だった。


 ボケが通じないのはさておき、藍大達は地下2階の草原をとりあえず自由に進んでみた。


 この階ではどんなモンスターが出て来るんだろうかと期待に胸を高鳴らせていると、遠くの方に赤い四足歩行のモンスターの姿が見えた。


『ご主人、赤い牛だよ!』


「赤べこみたいだね~」


「えっ、そうなの?」


「うん。カクンカクンって首が揺れてるよ~」


 舞の視力は藍大よりも高いらしく、自分達のいる場所に向かって来ているそれの容姿をしっかりと判別できるようだ。


 数秒後には藍大もはっきりと見えるようになり、確かに赤べこみたいだと思いつつモンスター図鑑を開いてその正体を調べた。



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名前:なし 種族:レッドブル

性別:雄 Lv:23

-----------------------------------------

HP:210/210

MP:310/310

STR:290

VIT:220

DEX:220

AGI:130

INT:150

LUK:200

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称号:なし

アビリティ:<硬化突撃ハードブリッツ><発火唾パイロスピット

      <火付与ファイアーエンチャント><戦叫ウォークライ

装備:なし

備考:なし

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 (翼は授けてくれないのか)


 種族名に引っ張られた藍大はエナジードリンクのことを思い出していた。


 残念ながら、藍大達に絶賛接近中のレッドブルはエナジードリンクではなく赤い牡牛のことだった。


 距離が近づくと、レッドブルは<火付与ファイアーエンチャント>を発動してから<硬化突撃ハードブリッツ>を連続で発動した。


「リル、折角開けた場所なんだ。<竜巻トルネード>を使ってみてくれ」


『わかった! 飛んでけ~!』


 藍大は今まで広さの都合上使えなかった<竜巻トルネード>を使うようリルに指示した。


 リルもずっと使ってみたかったらしく、張り切って<竜巻トルネード>を発動した。


 その直後、レッドブルの目の前に竜巻が発生してそれがレッドブルを巻き込んだ。


「モォォォォォオォォォォォッ!?」


 渦巻く風に足を取られ、レッドブルはグルグルと風に乗って回った。


 そのせいでレッドブルの悲鳴の聞こえ方が大きくなったり小さくなったりしている。


 地面から脚が離れたことはなかったようで、恐怖のあまりレッドブルのアビリティは全て解除されている。


 最終的にレッドブルは大空に放り出され、そのまま地上へと衝突した。


 落下ダメージに耐えきれず、スプラッターな状況にはならなかったもののレッドブルはそのまま動かなくなった。


「サクラ、解体お願い」


「は~い」


 サクラが藍大の指示に従ってレッドブルを解体していると、リルが藍大に声をかけた。


『ご主人、追加来た!』


「ヒュー」


「流石っす。ゲンさんマジ仕事速いっす」


「ヒュー♪」


 リルが告げた敵襲に対処したのはゲンだ。


 藍大に指示される前に<螺旋水線スパイラルジェット>を発動し、レッドブルにヘッドショットを決めて倒していた。


 これには藍大が三下口調になるのも仕方のないことだろう。


 ところが、藍大達に小休止は訪れなかった。


「「「・・・「「モォォォォォ!」」・・・」」」


「今度は集団かよ!? サクラ、<暗黒鎖ダークネスチェーン>で転ばせるんだ!」


「わかった! 転んじゃえ~!」


 先頭のレッドブルがサクラの仕掛けた<暗黒鎖ダークネスチェーン>に引っかかって転ぶと、その後ろにいたレッドブル達も次々に足を取られて転んだ。


「サクラグッジョブ! リル、ゲン、どんどんとどめを刺しちゃって!」


『うん!』


「ヒュー」


「藍大、私も絞める!」


 リルが<十字月牙クロスクレセント>、ゲンが<螺旋水線スパイラルジェット>でとどめを刺していくのを見て舞も藍大に申し出た。


「了解。くれぐれも食べられる部位を駄目にしないようにな」


「善処するぜ! オラオラオラァ!」


 (わーい、スプラッター)


 舞がSSメイスを振り下ろしたレッドブルは、いずれも頭がぺしゃんこの子供には見せられない状態になった。


『ご主人、舞が怖いよぉ』


 リルは尻尾を股下に巻き込んで藍大に身を寄せた。


 ご飯を食べる時は仲良くなっていても、戦闘モードになった舞のことをリルはまだ苦手に思っているらしい。


 そうだとしても、出会った頃の舞よりは進歩している。


 あの頃の舞だったら、頭を潰すどころか食べられる部位までグチャグチャにしかねなかった。


 それが頭を潰すだけに留まっているのだから、十分進歩していると言えよう。


『サクラがLv48になりました』


『リルがLv47になりました』


『ゲンがLv43になりました』


 レッドブルの集団を倒し終えると、システムメッセージがサクラ達のレベルアップを告げた。


 サクラとリルに至っては地下1階では既にフロアボスを倒してもレベルアップできなくなってしまっていた。


 それゆえ、雑魚モブモンスターを倒しただけでレベルが上がるのは僥倖だった。


「藍大、今日のお昼はステーキかな? ステーキだよね? ステーキに決定!」


「訊いてるはずが決定しちゃってるけど?」


「良いじゃんステーキ! リル君もステーキ食べたいよね!?」


『食べたい! ご主人、僕もステーキ食べたい!』


 戦闘モードじゃなくなった舞ならば怖くないらしく、すっかり仲良しに戻ったリルは舞に賛成して藍大にステーキを強請った。


 自分の癒したるリルに頼まれてしまっては、藍大としても断りにくい。


「しょうがねえな。ステーキにしよう」


「『やった~!』」


「ヒュー♪」


 舞とリルだけでなく、ゲンもステーキを食べたかったらしい。


「主、舞達に甘過ぎない?」


「まあまあ。レッドブルも大量なんだし、売るにしても味わっておくべきなのは間違いないんだから。それにサクラだってステーキ食べたいんじゃない?」


「・・・食べたいけど」


「サクラはもうちょっと甘えても良いんだぞ?」


 最近は舞に加えてリルやゲンが甘えているため、サクラは藍大のことを気遣うようになった。


 藍大はそれに気づいており、サクラも本当は甘えたいのだろうとわかっているからサクラの本音を引き出そうとした訳だ。


「それなら主に甘えるの」


 サクラは藍大から甘える許可を得たので、藍大に抱き着いて胸板に頬擦りした。


「サクラちゃん、抜け駆け禁止~!」


 藍大に抱き着くサクラの姿を見て、舞は出遅れたと藍大を後ろから抱き締めた。


 この光景を掲示板の住人達が見たら、間違いなくリア充爆発しろと叫ぶだろう。


 いや、掲示板の住人に限らず年齢=彼氏彼女いない歴の者なら誰だってそう思うに違いない。


『ご主人がなんだか楽しそうだなぁ』


「ヒュー」


 リルが無邪気にそう言うと、ゲンは藍大にモテ期を謳歌させてやれよと言わんばかりに首を振った。


 その後、サクラの気が済むと藍大達はダンジョン探索を再開した。


 近くにいたレッドブルをある程度狩ってしまったらしく、藍大達はしばらくの間レッドブルと遭遇しなかった。


「地下2階は1つ上の階のモンスターが出ないのか?」


「どうなんだろうね? でも、アローボアに遭遇しないよね~」


 藍大も舞も答えが出せる訳ではないから、とりあえず疑問を口に出したら事実を述べるしかなかった。


『ご主人、気になる匂いの花があるの』


「どれだ?」


『ほら、あそこの白い花だよ』


「パッと見はただの花だな・・・。サクラ、摘んで来てくれないか?」


「は~い」


 リルは<賢者ワイズマン>だから、気にかけた花が何かしら手に入れておくべき物だろうと判断して藍大はサクラに摘んでくれと指示した。


 サクラならばちょっとやそっとではダメージを負わないし、状態異常も無効化できる。


 だから、今いるメンバーの中で安全に花を持って来れるのがサクラだと判断したのだ。


 特に何が起こるということもなく、サクラは白い花を持ち帰って来た。

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