第70話 お前、控えめに言って天才か?

 商店街に向かったのは藍大と舞、サクラ、リルだけだ。


 ゲンとゴルゴンは自宅警備という名の昼寝をしているからである。


 八百屋に行くと、店主おっちゃんが今日も店番をしていた。


「おっちゃん、昨日の件について話に来たぜ」


「おう、藍大達か。良い返事を貰えると思って良いのか?」


「概ねな。細かいことを話したいけど、店頭ここじゃ不味いんじゃね?」


「そうだな。お~い、母ちゃん店番頼む! 藍大達が来てるんだ!」


「あいよ~」


 店主に呼ばれ、店主の奥さんがこちらにやって来た。


 その見た目は絵にかいたような肝っ玉母さんである。


「藍大ちゃん、久し振りだね」


「おばちゃん元気?」


「元気さ。あたしのことはさておき、藍大ちゃんも隅に置けないねぇ。両側に可愛い子を侍らせるなんて」


「「エヘヘ」」


 舞とサクラは可愛いと言われて照れた。


『僕もいるよ!』


「ん? なんだい今の声は?」


「おばちゃん、今のはリルの声だ。テレパシーだよ」


「へぇ! リルちゃん喋れるんだねぇ! お利口さんじゃないか!」


『でしょでしょ?』


 店主の奥さんに撫でられ、リルは嬉しそうに胸を張った。


「じゃあ、ちょっと店番頼むぜ」


「はいはい」


 奥さんにこの場を任せ、店主は藍大達を店の奥まで案内した。


 和室に通された藍大達は早速本題に入った。


「昨日相談を受けた件だけど、条件付きでOKだ」


「その条件ってのはなんだ?」


「”楽園の守り人”のスポンサーの地位を狙う企業はそこそこいる。だから、他所の企業からの風除けになってもらう必要がある」


「風除け?」


「うん。”楽園の守り人”はDMUから支援を受ける代わりに、DMUに限定して食材以外のダンジョン産素材を提供してるんだ。モンスター食材については、俺達が消費するから黙認されてる。その一部を商店街に流すとなると、他にも食品を扱う企業が何かしら言って来る可能性が高い」


「それを俺達でどうにかしろってことだな?」


「そーいうこと。まあ、個人的な付き合いがあるから商店街に卸すって口実がある訳だし、それを対外的に主張してなお食い込んでくる奴はそんなにいないと思うけどな」


 店主は考え込むことなく頷いた。


無問題モーマンタイ。つまり、藍大達が俺達にモンスター食材を卸す代わりに俺達商店街が藍大達の探索を応援すれば良い訳だ」


「そーいうこと」


「良いぜ。俺達にだって藍大達におんぶにだっこじゃ情けねえ。藍大達の探索を応援すれば、俺達の扱える品だって増えるはずだ。誰も損しねえなら全然OKだ」


 茂が考え藍大が納得した案は店主にも受け入れられた。


「それなら決まりだ。これからよろしく頼むよ」


「よろしくな。月見商店街一同、世話になるぜ」


 ここに”楽園の守り人”と月見商店街の協力関係が結ばれた。


「さて、俺達が卸せるのは今のところ肉と魚介類と茸だ。肉屋と魚屋、八百屋には直接卸す物があるが、他はどうする?」


「パン屋は藍大が調理パンの監修をして、そこに卸せる食材を使えば良いんじゃねえか?」


「なるほど。だが、酒屋と米屋、豆腐屋、コーヒーショップ、電気屋はどうするんだ? 卸せる物がないぞ?」


「酒屋は酒飲みの方の門番の子のレビューを貰えれば良い」


「麗奈か。つーか、麗奈が酒飲みって知られてるんだな」


「おうよ。ここ最近毎日酒屋に顔を見せてるから覚えた。しかも、調べてみれば飲猿って二つ名なんだろ? 丁度良くねえか?」


 (飲猿って二つ名が好意的に働いてる・・・だと・・・)


 店主の提案を聞き、藍大は初めて麗奈の二つ名が好意的に捉えられていることに衝撃を受けた。


「酒屋がそれで良いなら俺は止めないよ」


「今でも男だと思えない方の門番の子は、コーヒーショップで寛ぐ姿が絵になるってことで既に客足が増えつつあるからそのままで良い」


 (司、お前って奴は本当に仕事ができるな!)


 藍大と店主の話し合いに関係なく司が自然と客引きをしていたことがわかり、藍大はこの場にいない司を心の中で褒めた。


 というよりも、司に引き寄せられてしまった男達の業の深いことと言ったらもう何も言えないのだが。


「コーヒーショップは問題なし。残るは米屋と豆腐屋と電気屋か」


「豆腐屋は天門の嬢ちゃんがちょくちょく来てたぜ。豆腐屋あそこの娘と趣味が合うらしくて同志とか呼んでたぞ」


「まさか女子会(腐)が行われてたとは・・・。ノータッチで行こう」


 バーベキューで発覚した未亜の腐女子だが、こんなところで恐ろしい友達がいたとわかると藍大は自分の尻を手で押さえたくなった。


「電気屋は不健康な眼鏡っ子が入り浸ってるぜ。俺には皆目理解できない難しい話を店主と熱く語ってた」


「電気屋も問題なし。後は米屋か」


「米屋の売り上げが割と危機的状況でなぁ・・・」


「米屋の兄ちゃん、米マニア過ぎて取り扱う種類多過ぎじゃね?」


「それは前にアドバイスしたんだが、店舗内に少しでも多くの種類の米がないと落ち着かないって言われたんだ」


 月見商店街の米屋は、30歳手前の男が後を継いで1人で店を経営している。


 先代の頃は普通の米屋であり、品種も5つか6つ程度だった。


 ところが、先代が大地震の影響で入院中の病院で亡くなって代替わりしてから、米に対する愛の強過ぎる当代の店主が取り扱う種類を30以上に増やしてしまった。


 米は他の食材と違って毎日買う物ではない。


 それゆえ、近所の人が買いに来るのだって月に1回ぐらいだったりする。


 米屋の店主と同じぐらい米好きも極僅かにいるおかげで、どうにか今も潰れないように買い支えて貰っている状況だ。


 (いや、待てよ・・・)


 もはや処置なしかと諦めかけたその時、藍大はふと妙案を思いついた。


「おっちゃん、良いこと思いついた」


「なんだ?」


「おにぎりフェスやろうぜ」


「おにぎりフェス?」


「肉フェスとかB級フェスって昔あったじゃん。あのおにぎりバージョンだと思ってくれ」


「なるほど。色んな種類の米でおにぎりを作って食べてもらう訳だな。だが、それだけじゃ客引きにはちと弱くねえか?」


 八百屋の店主の言い分はもっともだった。


 しかし、藍大はその反論が想定済みだったのでニヤリと笑った。


「それがおにぎりだったらどうだ?」


「お前、控えめに言って天才か?」


 八百屋の店主は戦慄した。


 美人が握ったという付加価値があるだけで客寄せ効果があるのは間違いないからだ。


「”楽園の守り人”にはキャラはさておき美人が多い。そこで、クランメンバーにおにぎりを握ってもらえば良いんじゃね?」


「これはアツい。激アツだぜ」


 藍大と店主が話を進めていると、そこに舞が口を挟んだ。


「ねえ、私もおにぎり握るの?」


「握ってもらうぞ。美人だから」


「美人・・・」


「主、私は!?」


「勿論握ってもらうぞ。美人だから」


「エヘヘ~」


「いつの間にか藍大が誑しになってやがった」


 藍大に美人だと言われて舞もサクラも嬉しそうに笑った。


 その様子を見た店主は、藍大が自分の知っている藍大ではなくなっていると知って驚いていた。


「とりあえず、おにぎりフェスをやるなら米屋の兄ちゃんに話をしないとな」


「そうだな。ちょっと待っててくれ。今ひとっ走りして呼んで来るぜ」


 そう言って店主は立ち上がって米屋へと走っていった。


 数分後、店主は米屋の店主を連れて戻って来た。


「藍大じゃないか。一体どうしたんだよ?」


「おっちゃん、兄ちゃん連れて来るのに説明してないの?」


「同じこと2回も説明すんの面倒だろ? だったら藍大に任せた方が良いと思ってな」


 八百屋の店主は事情を説明することなく、米屋の店主を連れて来たらしい。


 藍大は米屋の店主に同情したが、ひとまずおにぎりフェスについて説明してみた。


 すると、米屋の店主の顔が満面の笑みになった。


「おにぎりフェス良いね! 僕の仕入れた米と美人がコラボしたら最強じゃないか!」


「よし、佐藤米穀店も快諾したことだし、いっちょこのイベントを盛り上げようぜ!」


「「「「『おう!』」」」」


 この後、藍大達はおにぎりフェスについて話をまとめた。


 ”楽園の守り人”と月見商店街の協力関係を対外的にアピールする機会でもあるため、派手に決めようとこの場にいる全員が気合を入れた企画となった。


 打ち合わせが終わり、シャングリラに戻った藍大達はクランメンバーにおにぎりフェスの説明をして参加を取り付けた。


 修行中の未亜にもクラン専用の掲示板で連絡し、面白そうなイベントだから必ず戻って参加すると返事を貰った。


 ムキになって修行の旅に出ると言ったが、面白いイベントへの好奇心には勝てなかったらしい。


 短い修行だったなと思わなくもなかったが、藍大がそこに触れないであげたのは優しさがあってこそである。

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