第68話 サクラ、本物の拘束を教えてやれ

 翌日の水曜日の朝、藍大達の姿はダンジョンの地下1階にあった。


 モンスター食材を商店街に一部卸すことは決まったが、シャングリラの日替わりダンジョンでは毎日食材となる物が手に入る訳ではない。


 何曜日のどのフロアでどんなモンスターと遭遇するのかを把握しなければ、八百屋の店主にも何を卸せるか説明できない。


 それゆえ、今日店主にモンスター食材を卸すことと”楽園の守り人”のブランドを使う許可を伝えに行く前にダンジョンにやって来たのだ。


 ゴルゴンは今日のダンジョンは相性が悪いかもしれないが、亜空間に引き籠らせていてはいつになってもレベルアップできないから藍大は連れて来ている。


 勿論、サクラとリル、ゲンもこの場にいるし、舞だって当然一緒だ。


 さて、藍大達が通路を進んでいくと初見の雑魚モブに遭遇した。


 それはプカプカと宙を漂うオフホワイトの風船のようだった。


海月クラゲだね」


「フロージェリーって言うんだって」


「食べられるの?」


「モンスター図鑑によると食べられるらしい」


「食材ならこれも売る?」


「売る。低カロリーでコラーゲン豊富なんだって」


「おっしゃ狩るぞゴラァ!」


 ダイエットできて美容に良いとわかった瞬間、舞が戦闘モードに切り替わって走り出した。


 (売り物になると良いんだが・・・)


 舞が殴り倒したフロージェリーに商品価値があるとは思えない。


 後で自分達スタッフが美味しく食べるしかなくなる。


 そう判断した藍大はサクラ達に指示を出した。


「みんな、舞が倒し切る前に売れる状態で倒してくれ!」


「えいっ!」


「オン!」


「ヒュー」


「「「シュロッ!」」」


 藍大の指示を受けたサクラ達は、舞が倒す前にフロージェリーを次々に倒していく。


 その結果、舞が倒し終えるまでにどうにか3割近く商品価値のあるフロージェリーの死骸を確保できた。


「スタッフが美味しく食べる量が多そうだなぁ」


 今現れたフロージェリーだけがこの階のフロージェリーではないだろうと思うと、藍大はどれだけ自分達でフロージェリーを処理しなければいけないのだと苦笑いした。


「藍大、いっぱい倒したよ!」


「もうちょっと気を遣って倒そうぜ。これじゃ売る分よりも自分達で食べる分の方が倍近く多いぞ」


「つまり私のお肌がプルプルになるってことだね! やった~!」


「そ、それが狙いだったのか」


「女の子はね、美容に気を遣うものなんだよ。ね、サクラちゃん?」


「うん。舞よりも美人になる。そしたら主は私のもの」


「私だって負けないんだから~」


 これは倒した状態が良かろうと悪かろうと売れる分は少なそうだと藍大は諦めた。


 美容に対して下手に口出しするのは得策ではないと判断したのである。


 解体を済ませてから探索を進め、フロージェリーやバブルフロッグと戦闘を繰り返すこと数回、藍大達の目の前に巨大な海ぶどうが突然出現した。


「こいつはデカいな」


「海ぶどうって海藻だっけ?」


「海藻だよ。海ぶどうとかグリーンキャビアなんて言われてるけど、クビレズタって呼び名もある」


「藍大って食材に詳しいよね」


「まあな」


 雑談を切り上げた藍大は、モンスター図鑑を開いて目の前の敵のステータスを調べ始めた。



-----------------------------------------

名前:なし 種族:クビレグリン

性別:雌 Lv:25

-----------------------------------------

HP:300/300

MP:400/400

STR:400

VIT:400

DEX:250

AGI:0

INT:200

LUK:240

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称号:掃除屋

アビリティ:<増殖リプロデュース><回復ヒール>   

      <捕縛アレスト><怪力鞭パワーウイップ

装備:なし

備考:なし

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 (持久戦が得意そうなステータスじゃん)


 地面から生えているから移動することはできないが、その分がっちりと体を固定できていてSTRやVITの能力値が高い。


 HPも決して低くなく、MPが多いからアビリティだって使える回数は多い。


 <増殖リプロデュース>は細胞分裂と成長を繰り返して体を大きくするアビリティだ。


 単純な仕組みの生物は大きさ=強さの法則に倣うため、クビレグリンも大きくなればそれだけ手強くなる。


 自身が傷つけば<回復ヒール>でHPを回復し、敵に攻撃を当てるために<捕縛アレスト>で敵を拘束する。


 そして、<怪力鞭パワーウィップ>で攻撃する。


 攻撃に使うアビリティは<怪力鞭パワーウィップ>だけだが、<増殖リプロデュース>とセットで使えば強力なのは言うまでもない。


 攻撃に回復、支援までできるのだから1体だけでもバランス良く戦えてだろう。


「サクラ、いつものやつよろしく」


「は~い。いただきま~す!」


 どう戦うにせよ、敵のLUKが高くて良いことなんてないのだから藍大はサクラにクビレグリンのLUKを奪うよう命じた。


 サクラに何かされたと気づいたクビレグリンは<捕縛アレスト>を発動し、サクラを捕えようとした。


「サクラ、リル、ゲン、蔦をガンガン斬るんだ! ゴルゴンは断面を燃やせ!」


「はいなの!」


「オン!」


「ヒュー」


 サクラが<暗黒刃ダークネスエッジ>、リルが<十字月牙クロスクレセント>、ゲンが<鋭水線アクアジェット>を使ってクビレグリンの蔦を斬った。


「「「シュロッ!」」」


 そこに合わせてゴルゴンがそれぞれの頭で<発火眼パイロアイ>を発動し、切断面を次々に焼いていく。


 すると、クビレグリンの<増殖リプロデュース>が上手く作動しなかった。


「サクラ、本物の拘束を教えてやれ」


「は~い。逮捕しちゃうぞ~」


 サクラが<暗黒鎖ダークネスチェーン>で身動きを封じようとすれば、クビレグリンが<増殖リプロデュース>を諦めて<怪力鞭パワーウィップ>に切り替えた。


 クビレグリンの能力値の中ではSTRが最上級だが、サクラのINTとは200以上の差がある。


 それゆえ、サクラの<暗黒鎖ダークネスチェーン>が弾かれることはなく、あっさりとクビレグリンはグルグル巻きになった。


 この段階まで事が進めば、藍大が攻撃される可能性は極めて低い。


 自分の無事が担保されると、藍大は舞も攻撃に参加させることにした。


「舞、攻めて来て良いぞ」


「ヒャッハァァァァァッ! 海藻なのにタコ殴りだぜぇぇぇっ!」


 藍大のお許しが出たことで、舞が戦闘モードにチェンジして嬉々としてクビレグリンへの攻撃に参加した。


 その後、藍大達が戦闘を終えるまでに3分もかからなかった。


『サクラがLv45になりました』


『リルがLv44になりました』


『ゲンがLv41になりました』


『ゴルゴンがLv34になりました』


 システムメッセージが鳴り止むと、藍大はサクラ達を順番に労った。


 (あれ? そういえばサクラはLv45だよな? 進化しないのか?)


 サクラがLv15とLv30で進化したことから、藍大はてっきりLv45になった時にサクラが進化すると思い込んでいた。


 しかし、実際には進化条件を満たしていなかったようで進化可能だとアナウンスがなかった。


 モンスターによって進化するレベルは違うようなので、藍大は焦らず気長に待とうと思い直した。


 それからクビレグリンの解体と回収を行うと、魔石が出て来たのを見つけてサクラが拾って藍大に手渡した。


「主、食べさせて~」


「サクラは甘えん坊だな。ほれ、あ~ん」


「あ~ん。んん~♪」


 サクラが藍大に魔石を食べさせてもらうと、サクラの肌がツヤツヤになった。


『サクラのアビリティ:<暗黒刃ダークネスエッジ>がアビリティ:<深淵刃アビスエッジ>に上書きされました』


 (切れ味が増して操作性も上がったか)


 アビリティの上書きをシステムメッセージに知らされると、藍大はモンスター図鑑を開いてその効果を確かめた。


「主、私のこと見てくれなきゃ駄目~」


 藍大が自分の変化を調べてくれるのはありがたいが、それでも自分を先に見てほしいと思うのは乙女心ゆえだろうか。


 サクラが両手で藍大の顔を掴んで強制的に目を合わせられると、藍大は反省して詫びた。


「すまん。つい気になってな。サクラが強くなってくれて嬉しいぞ。しかも、さっきよりも肌が綺麗になった気がする」


「本当!? やった~!」


 藍大に綺麗になったと言われてサクラが喜ばないはずがない。


「むぅ。私だって言われたことないのに。こうなったらフロージェリーのことドカ食いするもん」


「落ち着けよ舞。なんでもかんでも摂り過ぎは良くない。舞もそんな無茶しなくたって十分綺麗だ」


「エヘヘ。そう?」


 コロリと機嫌が直る舞はやはり単純なのだろう。


 それはさておき、クビレグリンの回収を終えた藍大達は探索を再開した。

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