第66話 え~っとあれだよね? お浸しにしたら美味しいやつ

 102号室に入ると、八百屋の店主は藍大を肘で小突いた。


「おいおい、藍大はいつからこんなにモテモテになったんだ?」


「いきなりなんだよ」


「門番してた女の子2も可愛かったじゃねえか。舞ちゃんとサクラちゃんに囲まれてるだけでも幸せ者だってのによぉ」


 店主がニヤニヤした笑みで言うが、訂正しなければならないことが1つある。


「おっちゃん、ミニボブの方の門番の司は男だぞ」


「嘘だろ!? うちの母ちゃんなんかよりもよっぽど美人だぞ!?」


「おばちゃんが今の発言を聞いたら家から放り出されるぜ、おっちゃん」


 デフォルトで女性扱いされる司に同情しつつ、この場にいない店主の奥さんに雷を落とされる店主の姿が予想できて藍大は苦笑いした。


「そ、そうだな。すまん、今のは聞かなかったことにしてくれ。藍大も男ならわかるだろ?」


「えぇ~? どうしよっかな~? おばちゃんにはおっちゃんが若い子に鼻の下を伸ばしてたら報告するようにって言われてるしな~」


「・・・チクったらいくら貰えるんだ? おっちゃんに言ってみ?」


「B級品を貰う時におまけ1つ」


「俺の味方になってくれるなら、おまけを2つにしてやろう」


「OK。俺は何も聞かなかった」


「フッ、藍大も逞しくなったもんだぜ」


 店主が自分の味方をすればおまけを増やすというので、藍大は店主の味方をすることに決めた。


 こんなおふざけも仲の良い八百屋の店主と客の関係だからできる。


 スーパーでこんなやり取りはまず起こらないと考えていいだろう。


「まあ、雑談はこの辺にしとくとしておっちゃんの相談ってのはなんだ?」


「おっとそうだった。藍大、今の商店街をどう思う?」


「う~ん、俺が子供の頃に遊びに来た時よりは人が減ったかな」


「その通りだ。大地震で人口が減った影響もあるだろうが、純粋にこの地域の住民が減って商店街の利用者も減った。商店街全体でみると、毎月確実に売り上げは落ちてるんだ」


「ヤバいな。まさか、近々店を畳む所とかあるのか?」


「このまま行くと半年後には2件畳まなくちゃならんかもしれん。今月に入って立て続けに相談を受けた」


 店主が深刻そうな顔で言うと、藍大はふと気になったことを訊ねた。


「話の腰を折るようで悪いが、なんでおっちゃんがそんなことを相談されてんの?」


「そりゃ俺がこの商店街振興組合の組合長だからよ」


「えっ、おっちゃんが組合長なの? これからは組合長って呼んだ方が良い? よっ、組合長!」


「よせやい。いつも通りおっちゃんで構わねえよ」


「わかった。それでおっちゃんは俺にどんな相談を持って来たんだ?」


 自分が話を脱線させてしまったから、藍大はすぐに話を元に戻した。


「商店街を活性化させたい。それで藍大に許可を取りたくて来た」


「許可? 一体なんの許可?」


「藍大達の評判を借りる許可だ。母ちゃんから教えてもらったんだが、これってお前の記事だろ?」


 そう言って店主がスマホを取り出し、藍大に画面を見せた。


 その画面には、週刊ダンジョンの「Let's eat モンスター!」の記事だった。


 週刊ダンジョンは雑誌だけでなく、オンラインの記事も存在するのだ。


 店主が藍大に見せた記事には、昨日週刊ダンジョンの記者に取材を受けた内容が載っていた。


「鈴木さん仕事速いな。もう記事になったのか」


「ん? 藍大はいつ取材を受けたんだ?」


「昨日の夕方だ」


「・・・記者ってのはすげえな」


 取材から記事ができるまでの時間が想像以上に早かったので、店主は遥の仕事の速さに驚いた。


 これはアルミラージとアローボアの合挽肉を使ったダブルチーズin照り焼きバーガーに遥が衝撃を受け、編集長を説得して本来は来週号に出す予定だったところを今週号に繰り上げたからだ。


 その時の遥の鬼気迫るプレゼンを前に、編集長は前倒しの許可を出さざるを得なかったのは今は置いておこう。


 とりあえず、藍大が従魔士であることだけでなく、モンスター食材を使った料理の紹介でも認知度を高めたことになる。


 週刊ダンジョンは「Let's eat モンスター!」等の冒険者以外にも興味を持ってもらえる記事も掲載されているため、冒険者と一般人の双方から広く読まれているからだ。


「今日発売の週刊ダンジョンに俺達の記事が載ってたのはわかった。それで、おっちゃんの許可ってのはなんだ? まさか、ダブルチーズin照り焼きバーガーを売る許可をくれってことか?」


「それも貰えるならありがてえが、俺が頼みてえのは2つだ。1つ目は、ダンジョンで手に入るモンスター食材を卸してほしい。2つ目は、藍大達のクラン”楽園の守り人”の名前を使わせてほしい」


「話題性を用いた商店街の活性化がしたい訳だ」


「その通り!」


 モンスター食材は普通の食材なんら遜色ない味だし、物によってはこちらの方が美味しい。


 現に、オーカスの肉は藍大が食べたことのあるどの豚肉よりも美味しかった。


 美味しいのは肉に限った話ではない。


 ドランクマッシュやアングリーマッシュも茸としてはかなり美味しい部類だし、フライングソリーだって季節外れの秋刀魚だが旬の物と十分競える味だった。


 総じてシャングリラで手に入るモンスター食材はレアであり、他所のダンジョンでは滅多に手に入らない。


 そんな食材を取り扱えるのなら、美味しい食材を求めて客を近所だけでなく離れた場所からも客が来るかもしれない。


 それに加え、藍大達”楽園の守り人”はクランを立ち上げてから間もなく、話題性という点では申し分ない。


 ”楽園の守り人”ブランドを使って良いと許可を貰えれば、藍大達の運に肖ろうとする冒険者達を商店街に呼び込むことができる可能性がある。


 週刊ダンジョンの「Let's eat モンスター!」の記事も、藍大達の話題性に拍車をかけた。


「おっちゃんの言いたいことはわかった。俺としても世話になってる商店街の力になりたい気持ちはある。ただ、”楽園の守り人”として話を受けた以上、DMUにも話を通さなきゃいけないから安易に許可するとかしないとか言えないんだ。回答は待ってもらえないか?」


「そりゃそうか。DMUの冒険者にシャングリラの門番をやらせてるぐらいだ。俺にはわからん権利関係なんてものもあるんだろう。わかった。ひとまずDMUに話をしてみてくれないか?」


「わかった。なるべく期待に沿えるように善処するよ」


「頼んだぜ、藍大」


 今日この場で話せることは尽きたため、店主は商店街の自分の店へと帰っていった。


 そのタイミングを見計らって舞が102号室にやって来た。


「藍大、どんなお話だったの~?」


「商店街の活性化に”楽園の守り人”の力を貸してくれってさ」


 舞の質問に対し、藍大は結論を先に伝えてから詳細を述べた。


「なるほどね~。藍大は芹江さんに電話して聞くの?」


「そのつもりだ。今のところ、シャングリラのダンジョンで手に入れた使える素材はアイテムショップ出張所で買い取ってもらってるだろ? 食材だけ地元の商店街に卸すのはありなのか訊く必要がある。DMUの力を借りてる以上、勝手な行動は控えた方が良いからな」


「え~っとあれだよね? お浸しにしたら美味しいやつ」


「惜しい。それはほうれん草。俺が言いたいのは報連相」


「音が一緒だよ?」


「意味が違うんだよなぁ」


 報告、連絡、相談のそれぞれの頭の文字を取って報連相と藍大は言いたいが、舞が言っているのはヒユ科アカザ亜科ホウレンソウ属の野菜である。


 音が一緒なだけで意味は全然違う。


「細かいことは気にしたら負けだよ。それで、藍大は商店街の活性化を手伝うつもりなんだよね?」


「そりゃいつも世話になってるんだ。こういう時に恩返ししたいって思うのが人情だろ?」


「そうだよね。それでこそ藍大だよ」


 舞は藍大の答えを聞いてにっこりと笑った。


「いきなりどうした?」


「ほら、藍大は私が金欠でひもじい時にご飯を作ってくれたりしたでしょ? 藍大は優しくて甲斐性のある人だなって」


「勘違いしないでよね! 舞に空腹で倒れられると俺の護衛がいなくなって困るだけなんだからね!」


「もう、男のツンデレなんて誰得だよ~」


「それな。俺もやってみて思った」


 藍大もボケてすぐに舞と同じ感想を抱いたらしく、すぐにツンデレボケを止めた。


 舞にクランとしてどうしたいか伝え終わると、藍大は茂に電話をかけた。

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