第64話 こうかはばつぐんだ

 ゴルゴンも加わって戦力が増した藍大達は、通路を進んでいく内にパイロスネークとヒートエイプの混成集団と遭遇した。


「ヒュー」


「どうしたんだゲン?」


「ヒュー」


 自分をじっと見上げるゲンの眼差しには、いつもよりも頼れる雰囲気が醸し出された。


「もしかして、ここは任せろってことか?」


「ヒュー」


 藍大がもしやと思って訊ねると、ゲンはその通りだと頷く。


「わかった。じゃあ、ゲンの好きなようにやってごらん」


 ゲンが主体的に戦いたいとアピールすることは珍しいので、藍大はゲンに自由に戦ってみろと指示を出した。


 許可を得た瞬間、ゲンは凶悪な兵器と呼んでも過言ではない働きぶりをみせた。


「す、すごいね」


「ああ、すげえ。<鋭水線アクアジェット>にこんな使い方があったとはな・・・」


 ゲンがやったのは<鋭水線アクアジェット>を薙ぎ払うように放つことだった。


 藍大と舞の頭の中では<鋭水線アクアジェット>が一点集中の強力な一撃というものなのに対し、ゲンは薙ぎ払うように放つことで範囲攻撃にしてみせた。


 面倒臭がりな気があるゲンには楽して敵を倒すことを好む傾向がある。


 この工夫はゲンならではのものと言えた。


 ヒートエイプとパイロスネークの集団は、どれも等しく一撃にて真っ二つにされて即死していた。


 それゆえ、藍大達は死骸を回収するだけの簡単なお仕事をするだけで済んだ。


「ゲン君が強くなったのは間違いないけどさ、あまりにも一方的じゃない?」


「水は火に強い。つまり」


「つまり?」


「こうかはばつぐんだ」


「なるほど。だからゲン君がここは任せろって自身満々なんだね」


 司や未亜がいないせいで、藍大のボケに対するツッコミがない。


 ツッコミがないと寂しいなんて思う藍大だったが、すぐに切り替えて戦利品を回収して先に進んだ。


 しばらくの間、出現する敵はゲンが見敵必殺サーチ&デストロイするものだから、藍大達はずっと戦利品の回収をするだけの簡単なお仕事に従事した。


 ところが、ダンジョンで遭遇したモンスターをガンガン倒せば現れる存在がいる。


 ”掃除屋”である。


 ゲンがまさに侵略と呼ぶべき一方的な展開で出て来る敵全てを倒したことで、本日の”掃除屋”が藍大達の前に姿を現した。


「焼き鳥だ!」


「身がなくて骨だけだから違うよ!」


 繰り返すがこの場にツッコミはいない。


 藍大の目の前に現れたのは、青い火を纏った骨だけの鳥だった。


 大きさからすると、鷹と判断するのだが妥当だろう。


 藍大はすぐにモンスター図鑑を開き、敵の正体を調べ始めた。



-----------------------------------------

名前:なし 種族:トーチホーク

性別:雄 Lv:25

-----------------------------------------

HP:240/240

MP:310/310

STR:250

VIT:150

DEX:300

AGI:500

INT:250

LUK:190

-----------------------------------------

称号:掃除屋

アビリティ:<火纏降下ファイアダイブ><火吸収ファイアドレイン>   

      <火羽根ファイアフェザー><火爪ファイアネイル

装備:なし

備考:なし

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 (アビリティが火尽くしじゃないか)


 これでもかというぐらいアビリティ欄が火の文字だらけだったので、藍大の目は最初にそこに向かってしまった。


 だが、見るべきなのはそこだけではない。


 AGIの能力値が500もあるところも要注目だろう。


 ゲンとゴルゴンよりもAGIの値が大きく、サクラよりは遅い程度である。


 だが、サクラよりも体の小さなトーチホークが素早く動けば、サクラに攻撃を当てることよりも難易度は高いだろう。


 しかも、トーチホークは<火吸収ファイアドレイン>を会得しているから、ゴルゴンの攻撃は無意味だ。


 いや、無意味どころかトーチホークをパワーアップしてしまう。


 そうなると、トーチホークとの戦いでゴルゴンは戦力外だと言えよう。


「ゲンはトーチホーク追い込め。サクラはLUKを奪ったらゲンと一緒だ。リルの<十字月牙クロスクレセント>で仕留めるぞ。舞は俺の護衛を頼む。ゴルゴンはこの戦いは見学だ」


「は~い! いただきま~す!」


「ヒュー」


 サクラが<幸運吸収ラックドレイン>を使うと、ゲンが<鋭水線アクアジェット>でトーチホークを追い立て始めた。


 トーチホークからすれば、自分と相性の悪いゲンの攻撃は絶対に当たってはいけない。


 しかし、だからといってサクラの攻撃に当たって良いかと訊かれればNOである。


 トーチホークのVITは低いから、サクラの攻撃を一撃喰らっただけでもアウトだ。


 そんな緊張感の中、トーチホークは逃げてばかりでは藍大達に勝てないことに気づく。


 攻撃を避け続けたその先に待ち受けるのは、チャンスがある訳ではなく自分の疲労した姿だけである。


 トーチホークは逃げるだけでは駄目だと覚悟を決め、サクラとゲンの攻撃を躱しつつ<火羽根ファイアフェザー>で反撃した。


 司令塔である藍大を狙う羽根を模った火に対し、舞が藍大を守るべく前に出る。


「私に任せな!」


 オーラでSSメイスとSSシールドコーティングすると、次々に羽根を模った火を弾き落した。


 流石の舞も、連続攻撃をトーチホークに打ち返す余裕はない。


 それでも、トーチホークの攻撃を藍大に全く通さず自分も無傷なのだから大したものだと言えよう。


 追い立てられながらの攻撃とはいえ、こうもあっさりと防がれるとは思っていなかったらしく、トーチホークは遠距離攻撃を中断して本格的に攻勢に出た。


 このフロアの天井付近まで上昇すると、火を纏ったまま急降下し始めた。


 <火纏効果ファイアダイブ>を発動し、藍大達目掛けて突っ込んで来たのだ。


 サクラとゲンが攻撃を続けると、トーチホークはそれらを躱し続けながら降下しなければならないのでバランスを崩してしまって速度が落ちた。


 そのチャンスをリルは逃さなかった。


「オン!」


 リルはサクラとゲンの攻撃を避けた先に<十字月牙クロスクレセント>を放ったため、トーチホークがそれを避けることはできなかった。


 スパンという音と共に、トーチホークは四等分にされて地面に墜落した。


『サクラがLv43になりました』


『リルがLv42になりました』


『リルが称号”狙撃手”を会得しました』


『リルの称号”耐え忍ぶ者”と称号”狙撃手”が称号”暗殺者”に統合されました』


『ゲンがLv39になりました』


『ゴルゴンがLv31になりました』


『ゴルゴンがLv32になりました』


 (”暗殺者”とは物騒な称号だな)


 システムメッセージが知らせたリルの新たな称号は、ゲンが以前会得した”侵略者”とは違うベクトルで物騒だった。


 すぐに藍大が調べたが、その効果は名前から感じる物騒なものではなく、称号所有者のDEXとAGIを1.25倍にするというものだった。


 リルの成長の方向性としては順当だったので、この称号の獲得は棚から牡丹餅である。


 サクラ達を労った後、藍大は討伐したトーチホークの死骸を回収した。


 討伐した瞬間にトーチホークを覆っていた青い火は消えてしまったから、回収に時間がかかることはなかった。


 魔石はゲンが貰う番だったので、ゲンは回収を進める途中で早くくれと藍大をせっついた。


「そう慌てるんじゃない。ほら、お食べ」


「ヒュー♪」


 魔石を飲み込んだ直後、ゲンの甲羅がピカッと光った。


『ゲンのアビリティ:<睡眠回復スリープヒール>がアビリティ:<眠力変換スリープイズパワー>に上書きされました』


 システムメッセージが告げたアビリティの効果を調べると、藍大はゲンを羨ましく思った。


 何故なら、<眠力変換スリープイズパワー>は寝ることで力を蓄え、蓄えたエネルギーを任意の攻撃をする際にSTRに上乗せできるものだったからだ。


 寝ている間に攻撃のチャージができるのだから、常時貧弱な藍大が羨ましがるのは仕方のないことだろう。


「ゲン、お前って奴は本当に無駄がないな」


「ヒュー♪」


 そうだろうと言わんばかりに得意気な様子を見て、藍大はゲンの頭を撫でた。


 羨ましくも喜ばしい複雑な気分だが、ゲンが強くなることは良いことだからと藍大は割り切った。


 そこに舞が声をかける。


「藍大、トーチホークって残念だよね~。食べられる部位がないもん」


「いや、食べられる部位があるぞ?」


「えっ、あるの? 骨しか残ってないんだよ? 鶏ガラにするの?」


 まさか食べられる部位があるとは思っていなかったようで、舞は藍大の言葉に目を丸くした。


 藍大はトーチホークの爪を拾い上げて舞に見せた。


「これを粉末状にすれば香辛料として使える。まさに鷹の爪だ」


「トーチホークの爪って唐辛子だったの!?」


「面白いよな。何か料理に使えるかもしれないから、爪だけは売らないでキープしとくわ」


「賛成!」


 藍大の料理に役立つのなら、買い取り代金が多少減ったところで舞は一向に気にしないのだった。

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