第62話 2段だよ! ダブルチーズin照り焼きバーガーさんだよ!

 藍大は遥を連れてシャングリラの102号室に帰って来た。


 ハンバーグを料理するところを披露をするためだ。


「あっ、これってミンサーですよね?」


「そうです。手動式なので手は疲れますが、肉に熱が伝わらずに済むんですよ」


「逢魔さん、もしかして料理に凝る人ですか?」


「まあ色々あって料理は得意です」


 初恋の相手が料理好きだったなんてエピソードは口にしたくなかったため、藍大は料理が得意な理由に触れずに答えた。


「良いですね。私も帰った時に料理を作ってくれる人がいたら嬉しいです」


「私もそう思うよ」


「・・・舞、いつからここに?」


「鈴木さんの後ろから普通に入ったよ」


 いつの間にか舞が部屋に入っていたから、藍大は訊ねずにはいられなかった。


「何しに来たの?」


「『Let's eat モンスター!』って毎回レシピ載るでしょ? もしかして今から作るんじゃないかなって思って待ってたの」


「その嗅覚には脱帽だよ」


 やれやれと藍大が首を振ると、遥は舞に挨拶した。


「週刊ダンジョンの鈴木遥です。サブマスターの立石舞さんですよね? 今日は逢魔さんにお話を伺っております」


「”楽園の守り人”サブマスターの立石舞です。藍大の何を記事にするんですか?」


「アルミラージとアローボアの合挽肉で作ったハンバーグです」


「ハンバーグ!? 今から作るんだよね!? 私も試食する!」


 ハンバーグと聞いただけでグゥとお腹が鳴るあたり、舞は藍大に餌付けされているとしか言いようがない。


「昼あんなに食べたのにもうお腹減ったの?」


「それはそれ。これはこれ」


「立石さんは本当に逢魔さんの料理がお好きなんですね」


「大好きです!」


 少しの躊躇いもなく大好きと言われれば、藍大だって嬉しくないはずがない。


 自分の料理をここまで喜んでくれるのだから、少し手を加えてあげようという気になった。


「鈴木さん、少しだけメニューをアレンジしても良いですか?」


「ハンバーグに手を加えるんですか?」


「はい。舞、どっちかから選んでくれ。チーズinハンバーグとハンバーガーのどっちが良い?」


「チーズinハンバーガー!」


「どちらでもない・・・ですって・・・」


 提示した選択肢のどちらでもなく、自分にとって都合の良い折衷案を出す舞に対して遥は戦慄した。


「言うと思った。じゃあ、舞にもミンサーやるの手伝ってもらうぞ」


「は~い」


「立石さんの扱いに慣れてますね、逢魔さん。流石にサブマスターをテイムしたと言われるだけはありますね」


「舞は従魔じゃないですよ?」


「そうですよ。藍大は私の嫁です」


「舞、お願い。ちょっと黙って。話ややこしくなるから。それと文法上は婿が正解だから」


「わかった」


「・・・逢魔さん、苦労されてるんですね」


「ええ」


 遥が同情的な視線を向けると、藍大は乾いた笑みを浮かべるしかなかった。


 とりあえず、おしゃべりはここまでにして藍大は調理を開始した。


 舞にミンサーを使ってアルミラージとアローボアの肉を挽肉にしてもらっている間に、藍大は玉葱をみじん切りにする。


 フライパンでみじん切りにした玉葱を飴色になるまで炒めると、火を止めて冷ます。


 次に、ボウルに舞が用意した合挽き肉を入れて適量の塩を加えて混ぜる。


 粘りが出たら卵と牛乳、パン粉を加えて混ぜる。


 ある程度混ざったら、そこに冷ました玉葱を加えて混ぜる。


 1枚のスライスチーズを4等分にする作業を何回かすると、それを中に入れてタネを成形する。


 勿論、中に入れたチーズがはみ出ないようにしている。


 いよいよ焼く作業だが、焼いたらスピード勝負なので藍大はハンバーガーの準備も忘れない。


 バンズとレタスの準備、トマトのスライスを済ませ、ハンバーグ用の照り焼きソースも作った。


「藍大、味付け変えるんだね」


「昼はデミグラスソースだったしな。折角だから、照り焼きにしてみようと思って」


「それは絶対に美味しいやつ!」


「オン!」


「リル、お前も待ち切れないのか」


 舞の隣でリルもお腹空いたと尻尾をブンブン揺らしながら待っているのを見て、我が家にはいかに欠食児童の多いことかと苦笑した。


 それはさておき、藍大はハンバーグを焼き始めた。


 焼き目が付いたら裏返したら照り焼きのタレを上から回しかけ、裏面も焼き目が付いたら再度ひっくり返してタレを上から回しかける。


 ハンバーグにタレが絡むようにして焼き上がると火を止める。


 ハンバーガー作りもここまで来れば大詰めだ。


 バンズにレタス、ハンバーグ、スライスしたトマト、マヨネーズ、ハンバーグ、バンズの順で挟んで完成した。


「2段だよ! ダブルチーズin照り焼きバーガーさんだよ!」


「ウォン♪」


 舞とリルは完成したハンバーガーを見て仲良く飛び跳ねている。


 (ハンバーガーはさん付けするものだっけ? というか、舞とリルはいつから仲良くなったんだ?)


 最初は舞を怖がっていたリルだが、いつの間にか舞と打ち解けてハンバーガーの完成を共に喜んでいる。


 思い返してみれば、昨日のバーベキューの時点で仲良く食べていた。


 一緒に食事をすることで、リルが舞と食べることが好きという共通点を見つけて恐怖が払拭されたのだろう。


「鈴木さん、飲み物は何が良いですか? コーラとオレンジジュース、牛乳がありますが」


「ではオレンジジュースで」


「私も!」


「オン!」


「はいはい。舞とリルもオレンジな。サクラはどうする?」


「私もオレンジ」


「了解。俺もオレンジっと。そうだ。【召喚サモン:ゲン】」


 藍大はゲンが仲間外れにならないように、ちゃんと試食に呼び出した。


 ゲンは召喚された時には寝ていたのだが、ダブルチーズin照り焼きバーガーの匂いによって一瞬で目を覚ました。


「ヒュー♪」


 美味しそうじゃないか、自分の分も当然あるんだろうなとゲンは藍大にアピールした。


「ちゃんとゲンの分もあるから呼んだんだぞ。鈴木さん、冷めない内に実食といきましょう」


「そうですね。これが冷めたら悲しいです」


 遥が資料用の写真を撮り終えたら、いざ実食である。


「「「「いただきます!」」」」


 藍大達は一斉にハンバーガーにかぶりついた。


「う~ま~い~ぞ~!」


「これだよ! これこそ三ツ星だよ!」


「主のご飯最強!」


「オン♪」


「ヒュ~♪」


「まさかここまでとは・・・」


 その後、藍大達は食べ終わるまで誰も喋ることがなかった。


 それだけ美味しくて夢中になって食べてしまったのだ。


 蟹は人を黙らせるなんて言うが、ハンバーガーだって黙らせることができるということがこの場で証明された。


 もっとも、沈黙は割とあっさり破られるのだが。


「藍大、おかわり!」


「オン!」


「ヒュー」


「ないよ」


「そんなぁ・・・」


「クゥ~ン・・・」


「ヒュー・・・」


 藍大にバッサリと言われ、舞とリル、ゲンがわかりやすくしょんぼりした。


「いや、1つだけでも結構ボリュームあるからね?」


「うん。私お腹いっぱい」


「私もです」


 藍大とサクラ、遥はもうお腹がパンパンだった。


 逆になんでまだ食べられるのだろうかと藍大は1人と2体に訊ねたいぐらいだろう。


「藍大のご飯が美味しいのが悪いんだよ!」


「オン!」


「ヒュー」


「人の心を読むなよ」


 口にしていないにもかかわらず、自分の言いたいことを先回りされた藍大は顔をひきつらせた。


 そんな中、遥は藍大に頭を下げた。


「逢魔さん、ご馳走様でした。とても美味しかったです」


「お粗末様でした。喜んでもらえて良かったです。これで記事は書けますか?」


「はい! 今までの経験で、早く記事にしたいとここまで思ったことはありません!」


 (まだソードボアとオーカスもまだあるなんて口が裂けても言えないな)


 遥の目がやる気に満ち溢れているのを見て、更なる燃料を投下する訳にはいかないと藍大は黙秘を選択した。


 アルミラージとアローボアは雑魚モブモンスターだが、ソードボアとオーカスは討伐できる量に限りがある。


 それを世に出してしまえば、「Let's eat モンスター!」の読者から藍大が何を言われるかわからない。


 食の恨みは怖いのだ。


 その後、藍大は報酬の振り込み方法の確認して遥と連絡先を交換して直接やり取りができるようにすると、遥はタクシーを呼んで会社へと帰っていった。


 遥が書く記事が、藍大達”楽園の守り人”により一層注目させることは容易に想像できよう。


 また、取材が終わってからクランメンバーが藍大に同じ物を作ってほしいとせがむのは仕方のないことである。


 藍大と舞が食べられなかった他のメンバーのために再び作った時、舞もちゃっかり2つ目を食べていたとだけ言っておこう。

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