第61話 昆虫食ですよね。ロギスイーツって前にニュースで見ました

 未亜が修行の旅に出てしまったことは仕方がないので、藍大達はダンジョン産の素材の買い取りを済ませて昼食を取った。


 食休み中に未亜から定期的に連絡は入れる旨と勝手なことをして済まないという詫びのメールが藍大に届いた。


 ”楽園の守り人”に未亜が在籍する条件を守っている間は、未亜の行動にとやかく言わないことを約束していたから、藍大は舞にも言われた通り未亜の意思を尊重することにした。


 さて、食休みも終わって家事と管理人の仕事、取材の準備を済ませると、週刊ダンジョンの取材の時間まであと僅かというところまで迫っていた。


 先方から取材の対象は藍大だけと指定されていたので、舞は自室待機である。


 ゲンは102号室を出るタイミングで昼寝していたので、仕方なく亜空間に戻ってもらった。


 家の中で暴れることはないと思っていても、ゲンだけ放置していく訳にはいかないからだ。


 約束の時間の10分前にシャングリラの隣のアイテムショップ出張所に着くと、藍大達を迎えたのは記者会見で質問してきた鈴木という女性だった。


 ショートカットで三白眼であることから、気の強さを感じる見た目だ。


 しかし、それが決して悪い方に働いている訳ではなく、バリバリと仕事をしそうな雰囲気を醸し出していた。


 (う~ん、どっかで見たことあるような気がするんだよなぁ)


 記者会見以外で、藍大にはこの顔つきに既視感があった。


 その正体について藍大が思い至るよりも先に、鈴木が藍大達に挨拶した。


「こんにちは、逢魔さん、サクラさん、リルさん。週刊ダンジョンの鈴木遥すずきはるかと申します。本日はよろしくお願いします」


「こちらこそよろしくお願いします。”楽園の守り人”のクランマスター、逢魔藍大です。記者会見でもご覧になったと思いますが、従魔のサクラとリルです」


「サクラだよ」


「オン」


「よろしくお願いします」


 藍大は遥から名刺を貰ったが、やはり既視感の正体に気づけずにいた。


 そんな藍大に遥の口から答えが飛び出た。


「直接逢魔さんに連絡を取ることも考えましたが、信用の問題から従弟の茂を経由しての依頼とさせていただきました。そのことについてはお詫び申し上げます」


「あぁ、そういうことでしたか」


「何がですか?」


「いえ、貴女の顔を見てなんとなく見覚えがあったんですよ。勿論、記者会見はカウントせずにです。その正体がわかってスッキリしたんです」


「目が茂とよく似ていると親戚でも言われます。逢魔さんの既視感はそれでしょうね」


「そうですね。これは私の持論ですが、三白眼の人は仕事ができるんですよ。きっと鈴木さんもそうなんじゃないですか?」


 藍大が突然言い出した持論を聞き、一瞬キョトンとした遥だったがすぐに笑みを零した。


「茂から聞いておりましたが、逢魔さんは面白い方ですね。職場では私の目を怖がって目を合わせようとしない人ばかりですが、逢魔さんの着眼点は違うようです」


「それは勿論、小さい頃から茂と一緒にいますからね。今もそうですけど俺の生活に三白眼ありです」


「フフッ、まったくユニークな方です。おっと、失礼しました。そろそろ約束の時間ですので、あちらでお話を伺ってもよろしいですか?」


「ええ、構いません」


 アイスブレイクはここまでとなり、藍大達は出張所内の応接スペースへと移動した。


 出張所にいた奈美がお茶を人数分出してすぐに応接スペースを離脱した。


 奈美の場合、遥の目つきが怖いというよりもキョドリ毒舌なので、自分の本性がバレないように速やかに離脱したというところだろう。


「では、改めまして本日はどうぞよろしくお願いします」


「よろしくお願いします」


「本日の取材の内容ですが、週刊ダンジョンのモンスター食材を取り扱うコーナー『Let's eat モンスター!』で使わせていただきます。逢魔さんはこのコーナーをご存じでしょうか?」


「従魔士に覚醒してから読ませていただいてます。いつもレシピの参考にさせてもらってますよ」


「ありがとうございます。時が進むにつれて、人類は確実に食料不足へと向かっている最中です。そこに現れたダンジョン、そしてダンジョンで手に入るモンスター食材は人類の食糧確保に大きな影響を与えております。逢魔さんは食糧不足の世の中で、モンスター食材以外に何が注目されてるかご存じですか?」


「昆虫食ですよね。ロギスイーツって前にニュースで見ました」


 ロギスイーツとは、コオロギを粉末状にして作ったスイーツのことだ。


 藍大は食べてみたいとは思わなかったが、イナゴの佃煮に比べれば原形を留めてない分まだ食べやすいのかもしれないとは思った。


 もっとも、逢魔家の食卓に昆虫食が出ることはない。


 舞が昆虫が嫌いだと今日のダンジョン探索でわかったからだ。


 食料不足になったとしても、藍大達はシャングリラのダンジョンで狩れるモンスターを食べていくことになるだろう。


「そうなんです。私もコオロギのチョコフォンデュには目を疑いましたよ。昆虫が苦手な人にとってダンジョンで手に入るモンスター食材はまさに救世主です。ということで、少しでも一般の方にもモンスター食材を美味しく味わってもらうためにこのコーナーがあります」


「誰もがロギれるとは思えませんから、その試みには賛同します」


「ありがとうございます。逢魔さんは先程『Let's eat モンスター!』をレシピの参考にしたと仰いましたが、どの回のレシピが良かったですか?」


「ホップフロッグの唐揚げとウォークマッシュのソテーです」


 それ以外の回も記事としては面白かったが、シャングリラのダンジョンで手に入るモンスター食材の料理にはアレンジできなかった。


 だからこそ、この2回を藍大はピックアップした。


「どちらも特に好評だった回ですね。逢魔さんはホップフロッグとウォークマッシュを料理したんですか?」


「いえ、私はバブルフロッグを唐揚げにして、ドランクマッシュをソテーにしました」


「どちらもレアモンスターじゃないですか。やはり、シャングリラは名前に負けぬ食の楽園ですね」


「はい。我が家はモンスターの食材のおかげで家計が大変助かってます」


 藍大の言葉は本心である。


 自分だけでなく、サクラとリル、ゲンに加えて大食いの舞の食事まで面倒を見ているとなれば、食費の問題は常に付き纏う。


 モンスター食材がなければ、稼ぎの大半が食費に消えて貯金なんてほとんどできないに違いない。


「主のご飯が美味しいの~」


「オン♪」


「サクラさんとリルさんも逢魔さんの料理がお気に入りなんですね。記者会見の時にサブマスターの立石さんも一緒に食事をしていると仰っていましたが、今もそうなんですか?」


「舞が一番食べる」


「ワフゥ」


「そ、そうなんですね。それであの体型を維持するとか羨ましいです」


 サクラとリルのコメントから、リル以上に食べてなお抜群のプロポーションを維持できる舞に遥が戦慄した。


 変に舞が妬まれてもかわいそうだと思い、藍大はそこで舞をフォローした。


「舞は私のことを守るため、ダンジョン内では積極的に動いてますからね。消費カロリーがすごいんですよ」


「そういうことでしたか。そうですよね。大して動かないのに太らないなんてありえないですよね」


 遥の発言はもう自分に言い聞かせているかのように聞こえたが、藍大は空気を読んでツッコまなかった。


 下手に藪を突いて蛇が出たら堪ったものではないからだ。


「さて、話を元に戻させていただきますが、シャングリラでは色々なレア食材が手に入ると思います。これがお気に入りなんてレシピがあれば教えて下さい」


「今日食べたハンバーグ!」


「オン!」


 藍大が答えるよりも先に、サクラとリルが答えてしまった。


 サクラにしてもリルにしても、藍大を困らせようという意図はこれっぽっちもない。


 ただ純粋に美味しかったからそれを口にしたまでだ。


 実際、藍大としても自信作だったからサクラとリルに喜んでもらえて嬉しかった。


「逢魔さん、そのハンバーグにはどのモンスターの食材を使ったんでしょうか?」


「アルミラージとアローボアの合挽肉です」


「アルミラージは資料として見たことがありますが、アローボアとはどんなモンスターでしょうか?」


「牙が矢の鏃みたいな形の猪型モンスターです。シャングリラに出て来るんですよ」


「なるほど。ちなみに、今日はそちらを作るところを拝見させていただけるんでしょうか?」


「ええ、勿論です。食材の準備はしてありますよ」


「作っていただいても構いませんか?」


「作りましょう」


 取材はクッキングタイムへと移ることになった。

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