第60話 諸君、俺は一般人をやめるぞ!
ボス部屋に向かう途中、金曜日にリルが隠し部屋を見つけた場所で止まった。
「ワフゥ?」
「リル、隠し部屋があるのか?」
「オン!」
リルが確信を持った様子で吠えた。
藍大はリルが見つめる方向を見ると、金曜日の時と同じくその部分の壁だけ正方形の煉瓦が嵌め込まれていた。
罠がないことはわかっていたが、藍大は念のため石を取り出して正方形の煉瓦に向かって投げた。
石が命中してすぐに、ゴゴゴという音と共に正方形の煉瓦が境目となって壁の煉瓦が上下に開く扉のように天井と床に収納された。
「オン!」
リルはドヤ顔で吠えた。
「リルは優秀だな。よしよし」
「クゥ~ン♪」
藍大に顎の下を撫でてもらうと、リルは嬉しそうに鳴いて藍大に甘えた。
「リル君可愛いのに賢いなんて最強だよね~」
「うん、もうウチも驚かんようになってきたで」
隠し部屋が2日に1回のペースで見つかることなんて、藍大達以外では滅多にない。
これもサクラのLUKのおかげだろう。
隠し部屋が見つかっても平常運転な藍大と舞を見て、未亜が自分もこの2人に染まりつつあることを自覚した。
とりあえず、藍大達は隠し部屋に入って宝箱を見つけた。
「サクラ先生、出番です」
「任された」
頑張るぞいと力こぶを作るポーズを取るサクラだが、その腕が筋肉でパンパンなはずがない。
ただ可愛いだけだった。
先程の戦闘でLUKが7,000を突破したサクラが宝箱を開けると、その中から水色のビー玉のような物体が入ったフラスコを取り出した。
これがビー玉だったら笑えないなんて考えながら、藍大はサクラが持っているフラスコの中身をモンスター図鑑で調べた。
(覚醒の丸薬?)
調べた結果を見て藍大は戦慄した。
覚醒の丸薬とは、
「藍大~、どうだった~?」
「クランマスター、焦らさんと教えてや」
「これは覚醒の丸薬。
「すごい!」
「なんやそれ! めっちゃ欲しい!」
「駄目!」
「オン!」
未亜の発言に対し、サクラは覚醒の丸薬が入ったフラスコを後ろに隠し、リルもサクラの前でそれは認めないと吠えた。
「未亜ちゃん、手に入れたのがサクラちゃんで隠し部屋を探し当てたのがリル君なんだよ? 藍大が使わなきゃ納得しないってば」
「言うてみただけや。ウチがそんな横から掻っ攫うような欲塗れな俗物に見えるか?」
「うん」
「オン」
「ヒュー」
「なんか増えとる!?」
サクラとリルだけでなく、ゲンにまで頷かれてしまった未亜は自分の信用のなさに泣いても良い。
というよりも、サクラ達従魔が藍大のことを好き過ぎるだけなのだが。
「藍大が使ってよ。藍大の従魔士が強くなったら、戦力が全体的に底上げされるかもしれないし」
「じゃあお言葉に甘えて」
「はい、主」
舞の言葉に頷き、サクラから覚醒の丸薬を受け取った藍大はフラスコからそれを手に取るとニヤッと笑った。
「諸君、俺は
藍大はそう叫ぶと、覚醒の丸薬を口の中に入れた。
その直後、覚醒の丸薬は藍大の口の中で瞬時に溶けてなくなった。
そして、藍大の頭の中に新たにできるようになったことが浮かび上がった。
だが、それは藍大が望んでいた覚醒と違っていたようで、藍大は二次覚醒が終わると膝から崩れ落ちた。
「主、しっかりして!」
「オン!」
「藍大!? 大丈夫!?」
自分のリアクションにより、みんなに心配をかけてしまったと悟ると藍大はすぐに謝った。
「あぁ、ごめん。体調に問題はない。ただ」
「ただ?」
「俺が直接戦闘をできるような覚醒じゃなかった」
それを聞くと、舞と未亜がずっこけた。
しかし、サクラ達は違った。
「大丈夫。主は私達が守るもん」
「オン!」
「ヒュー」
「ありがとな、サクラ、リル、ゲン。主思いの従魔を持てて俺は幸せだよ」
健気なサクラ達に胸が熱くなり、藍大は3体の頭を順番に撫でた。
そこに未亜が悪魔のような笑みを浮かべて立ち上がった。
「なぁなぁ今どんな気持ち?
「未亜ちゃん、そんな意地悪なこと言っちゃ駄目! 藍大が貧弱でも私が守れば良いんだよ!」
「貧、弱・・・」
舞に気にしていたことをストレートに言われてしまい、藍大は再び膝から崩れ落ちた。
「舞、とどめ刺したんはアンタやで」
「藍大~! ごめ~ん!」
悪気があって言った訳ではなかったため、舞はすぐに藍大に謝った。
「ハハッ、良いんだ。どうせ俺は貧弱で使えない子なんだ・・・」
「そんなことないよ! 藍大は立派な司令塔だよ!」
「貧弱なのは否定しないんやな」
「未亜! てめえ黙っとけよ!」
「ひぃっ!?」
茶化す未亜に対してイライラが限界に達してしまい、舞の戦闘モードのスイッチが入った。
舞にキレられた未亜は腰を抜かしてしまった。
未亜がおとなしくなると、舞の戦闘モードが切れて元通りのポヤポヤした感じに戻って藍大を抱き締めた。
「ごめんね~。私はいつも藍大のこと頼りにしてるんだよ~」
(キャラがこんな早く切れ変わるなんて一種の一発芸じゃなかろうか)
こんなことを考えられる余裕があるのだから、案外藍大は自分の二次覚醒が直接戦闘に向かないと知っても落ち込んでいないのだろう。
舞が落ち着きを取り戻した後、藍大達はボス部屋へと向かった。
藍大が新たに会得した力については、今この場で実践できないことから実践できるときに話すことになったからだ。
ボス部屋まで辿り着くと、舞がその扉を開けた。
「あれ、何もいないよ?」
舞が言った通り、ボス部屋の中には何もいなかった。
「オン!」
「違う、ボスはいる! リルが捕捉したってことは、姿を隠してるんだ!」
リルは<
姿を隠していたとしても、そこに存在する限りリルに知覚できないものなどない。
「どこや!? ウチが狙い撃つ!」
アゲハムーノ戦の時、あっさりと新調した矢を避けられたせいで不完全燃焼だった未亜は、ここが見せ場だと思って見得を切った。
ところが、現実は非情だった。
「オン!」
リルが<
十字の斬撃が命中したらしく、四等分に斬り分けられてHPが0になってアビリティが解除されたボスモンスターの成れの果てが地面に落下した。
『サクラがLv42になりました』
『リルがLv41になりました』
『ゲンがLv38になりました』
システムメッセージが鳴り止んだ時には、リルが死体から魔石を咥えて藍大の前に戻って来た。
その尻尾はブンブンと振るわれており、褒めてほしいと物語っていた。
未亜が見得を切った意味がなくなり、微妙な空気になってしまったがそんなことは関係ない。
藍大はリルを褒めた。
「リルはお利口さんだな。よしよし」
「オン♪」
自分が役立つところを最大限にアピールできたため、リルはとてもご機嫌だった。
「魔石も持って来て偉いぞ。それはリルのものだ。食べて良いぜ」
「オン!」
魔石を飲み込んだリルの体は一回り大きくなった。
『リルのアビリティ:<
(範囲攻撃か。あると便利だよな)
サクラもゲンも単体への攻撃手段は会得していたが、範囲攻撃ができるアビリティは持ち合わせていない。
それゆえ、リルが範囲攻撃手段を会得したことに藍大は喜んだ。
「ワフゥ♪」
藍大が頭を撫でると、リルは嬉しそうに鳴いて藍大に頬擦りした。
それからしばらくして、藍大達は戦利品の回収を始めたのだが、この段階になって初めて藍大はボスモンスターについて調べることができた。
(アサシンバットってボスだったのか)
その名の通り、敵が近づくと背景に溶け込むアビリティを常時発動し、<
だが、相手がリルではその戦術は通用しない。
回避するためのAGIとクリティカルヒットさせるためのDEX、攻撃の殺傷性を上げるためのSTRの3つの能力値に特化したステータスだったことから、リルに一撃でやられてしまった。
まさか自分は見つからないだろうと油断したら、リルにあっさりとやられた訳である。
ダンジョンから脱出するタイミングになって、呆けている未亜に藍大は声をかける。
「未亜、見得切って何もできなかった気持ちは俺もよくわかる。ただ、ここにずっといた所で結果は変わんないんだから帰ろうぜ」
流石の藍大も、先程の隠し部屋の出来事の仕返しをするような鬼ではなかったので、優しく未亜を気遣うように言った。
「ウチ、ちょっと他所のダンジョンに修行に行って来るわ。そんでもって強くなったと自信つけたら戻って来る!」
「未亜!?」
ほんの少し前まで呆けていたのとは対照的に、未亜から決意が感じられた。
未亜は藍大に決意表明すると、藍大達を置いて先に魔法陣でダンジョンを脱出してしまった。
「行っちゃった」
「藍大、女にはやらなきゃいけない時があるんだよ」
(それを言うなら男にはだと思うんだが・・・)
舞の言葉に内心ツッコミを入れたが、決して藍大はそれを口にはしなかった。
藍大達がダンジョンを脱出した頃には、未亜は既に修行のために旅立った後だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます