第59話 虫が好き女子って少ないと思うの

 翌日の月曜日の朝、藍大達はダンジョンの地下1階に来ていた。


 今日のメンバーは藍大と従魔達、舞、未亜である。


 未亜は今朝、新しい弓矢が届いたため、試し撃ちがしたくて参加している。


 午後4時から週刊ダンジョンの取材の約束があるが、午前は日課のダンジョン探索の時間だ。


 月曜日の地下1階は空中からブラッドバッドが襲撃し、地上からはアルミラージが突撃して来るという気の抜けない仕様である。


 しかし、対空戦闘はサクラと未亜が行い、地上戦闘はリルとゲン、舞が対処するから藍大達の探索を邪魔する者はいない。


「未亜、新しい弓矢の調子はどう?」


「最っ高!」


「そりゃ良かった」


「DMU職人班はホンマええ仕事するなぁ。ウチ、メテオラシューターを家宝にするわ」


 未亜の弓矢メテオラシューターは土曜日のダンジョンで火力不足を痛感し、シャングリラのダンジョンで手に入る素材で作られた逸品だ。


 弓の方はシードシューターの素材で作られており、矢の鏃はメテオライトファイターの素材でできている。


 ”掃除屋”の素材をふんだんに使っているため、値は張ったがそれだけの価値があるのは間違いない。


 未亜が満足するのも当然だろう。


「う~ん。アルミラージじゃ弱過ぎだよ~」


「舞は対空戦闘に不向きだろ? ”掃除屋”との戦いになれば、きっと歯応えのある奴が来るから我慢してくれ」


「は~い」


 既にかなりの数の戦闘をこなしているが、舞は全く疲れた様子を見せず物足りなさそうに言う。


 そんな舞に藍大は希望を与えて宥めた。


 すると、その発言でフラグが立ったのか藍大達は視界にブラッドバッドでもアルミラージでもないモンスターを捉えた。


「オン!」


「主、大きいのいる」


「確かにデカいな。蝶だよな? サイズがおかしいけど」


「蛾かもしれへんで」


「蝶でも蛾でも気持ち悪いことに変わりはないよ」


「舞は虫が嫌い?」


「虫が好き女子って少ないと思うの」


「それもそうか」


 舞の言い分に藍大は納得し、距離がある内にモンスター図鑑を開いて巨大揚羽蝶とも呼ぶべき敵の正体を調べた。



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名前:なし 種族:アゲハムーノ

性別:雌 Lv:25

-----------------------------------------

HP:210/210

MP:340/340

STR:0

VIT:200

DEX:400

AGI:390

INT:350

LUK:300

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称号:掃除屋

アビリティ:<糸刃スレッドエッジ><混乱風コンフュウインド>   

      <回復ヒール><恐怖風テラーウインド

装備:なし

備考:なし

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 (劣化サクラって感じのアビリティ構成だな)


 アゲハムーノのステータスを確認すると、藍大はそのような感想を抱いた。


 サクラよりも近接戦闘に向いていないが、デバフの数はサクラよりも多い。


 攻撃もできれば回復もできるし、空を飛べる点もサクラに似ている。


 だが、サクラの方が絶対に可愛い。


 そこが藍大にとっては重要だった。


 サクラの体は成長と共に魅力的に変化しているが、サクラの顔は童顔なので美人というよりは可愛いのだ。


 アゲハムーノとサクラを比較するのはサクラに失礼なレベルである。


「敵はアゲハムーノ。糸みたいな刃を飛ばすし、回復もする。混乱と恐怖を引き起こす風も使うから注意すること」


「「「は~い」」」


「オン!」


「ヒュー」


 藍大が簡潔に注意点を述べると、舞達は素直に頷いた。


「サクラ、いつも通りに頼む」


「うん! いただきま~す!」


 <幸運吸収ラックドレイン>で敵のLUKを奪うのは、藍大達の戦術のお決まりだ。


 LUKが高くて損することはないから、藍大はサクラにできる限り<幸運吸収ラックドレイン>を使わせている。


 アゲハムーノは自分の運気が下がったことに気づき、藍大達に向かって一直線に飛んで来た。


「ウチの出番や!」


 未亜が矢を放つと、アゲハムーノはそれをあっさりと躱してのけた。


「嘘やん!?」


「リルとゲンで狙い撃て!」


「オン!」


「ヒュー」


 リルとゲンがそれぞれ<竜巻弾トルネードバレット>と<鋭水線アクアジェット>で攻撃した。


 しかし、アゲハムーノは<混乱風コンフュウインド>で<竜巻弾トルネードバレット>の軌道を逸らし、<鋭水線アクアジェット>は自ら躱してなおも進む。


「サクラ、点じゃなくて線で迎撃するんだ」


「えいっ!」


 <暗黒刃ダークネスエッジ>で乱れ斬りすると、アゲハムーノは全てを避け切ることはできなかった。


 VIT自体は低いから、アゲハムーノはダメージを負うとわかった瞬間から<回復ヒール>でどうにかHPが0にならないように調整した。


「舞、やっちゃってくれ」


「ぶっ飛べオラァ!」


 回復している隙に接近した舞が、アゲハムーノにフルスイングを命中させて吹っ飛ばした。


 オーラをSSメイスに纏わせての一撃だったため、回復が間に合わずにアゲハムーノは力尽きた。


『サクラがLv41になりました』


『リルがLv40になりました』


『リルがアビリティ:<盾咆哮シールドロア>を会得しました』


『ゲンがLv37になりました』


『ゲンが称号”掃除屋殺し”を会得しました』


『ゲンの称号”侵略者”と称号”掃除屋殺し”が称号”ダンジョンの天敵”に統合されました』


 (ん? なんで?)


 システムメッセージが告げたゲンの称号の統合に藍大は首を傾げた。


 ”ダンジョンの天敵”とは、”掃除屋殺し”と”ボス殺し”が統合されて手に入る称号だと思っていたからだ。


 すぐにモンスター図鑑を確認すると、”ダンジョンの天敵”を会得する条件は1つではないということがわかった。


 もっとも、既に明らかになった条件以外はわからないままだったのだが。


「主、やったね!」


「オン!」


「ヒュー」


「お疲れ。今のはチームの勝利だ。よくやったな」


 褒めてほしいと駆け寄るサクラ達に、藍大は惜しみなく頭を撫でて労った。


「ふぅ。また気持ちの悪いモンスターを殴っちゃったよ」


「舞もお疲れ様。惚れ惚れするスイングだった。あっ・・・」


 サクラ達の頭を撫でていた流れで、藍大はうっかり舞の頭を撫でてしまった。


「藍大に頭を撫でてもらうのも良いかも~」


「確実に舞の従魔化が進んどるやないか」


 満更でもない様子の舞を見て、未亜は冷静にツッコんだ。


「おいおい、舞はモンスターじゃないぞ?」


「餌付けされとる時点で待遇は変わらんやろうが」


「藍大のご飯が美味しいのが悪いんだよ。餌付けされた私は悪くない」


「開き直っとる・・・やと・・・?」


 未亜は戦慄していたが、舞はそんなことを気にするような性格ではなかった。


 その後、藍大達はアゲハムーノの解体を行った。


 モンスター図鑑で調べなくとも、アゲハムーノは食べられないのは明らかだ。


 これは魔石を除いて丸々買い取ってもらうこととなった。


 魔石を与えるのはサクラの番ということで、藍大がサクラに魔石を食べさせてあげた。


 サクラが魔石を飲み込むと強者としての風格が滲み出した。


『サクラのアビリティ:<誘惑香フェロモン>がアビリティ:<導気カリスマ>に上書きされました』


 (サクラの雰囲気が変わったな)


 そう思った藍大は速やかにモンスター図鑑を開き、<導気カリスマ>について調べた。


 その結果、<誘惑香フェロモン>とは効果が全然違うことが明らかになった。


 <誘惑香フェロモン>は男性や雄のような異性にしか通用しなかったが、<導気カリスマ>は異性に限らず同性にも効果がある。


 異性を魅了して言うことを聞かせる<誘惑香フェロモン>に対し、<導気カリスマ>には性別問わず注目を集めて意思の弱い者に言うことを聞かせてしまうだけでなく、近くにいるだけで味方の全能力値を1.25倍に高める効果があった。


 (バフまで会得したってことか。やはりサクラは万能だな)


 藍大が<導気カリスマ>について調べるのに集中していると、ムスッとした表情のサクラが藍大に抱き着いた。


「主、私を見て」


「えっ、あぁ、ごめん。また強くなったね」


「うん。主もやられにくくなったの」


「なるほど。俺にも適用されるのか。怪我のリスクが減ったのは良いことだ。ありがとな」


「エヘヘ♪」


 サクラが<導気カリスマ>を会得したことで、冒険者として貧弱な自分もほんの少しマシになったとわかると藍大はサクラのことを抱き締め返した。


 藍大の安全を第一とするサクラは、藍大が喜んでくれて嬉しそうに笑った。


「ほれほれ、愛しのクランマスターが取られてまうで?」


「私は大人だもん。サクラが甘えてる時は邪魔しないんだよ」


「強がっちゃってもうかわええなぁ」


「ほっといてよ未亜ちゃん」


 未亜が舞を煽り過ぎて武器を抜かないように、藍大は適当なところで舞を宥めた。


 舞を落ち着かせた後、藍大達はボス部屋へと向かった。

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