第58話 ヤバイを通り越してヤバイラ

 102号室に戻って舞をベッドに寝かせた後、藍大は今日の報告が済んでいないことを思い出して茂に連絡した。


「茂、今大丈夫か?」


『藍大か。今日の連絡は遅かったな』


「すまん。モンスター食材でバーベキューしてた」


『俺も呼べよ!』


「悪い。滅茶苦茶美味かったとだけ言っておく」


『鬼かお前!?』


「従魔士だ」


『知っとるわ!』


 茂が乱れた息を整えるのを電話越しに確認すると、藍大は声をかけた。


「落ち着いたか?」


『まあな。でも、俺は今日のことを忘れない。食の恨みは怖いんだからな』


「オーカスの肉は美味かったなぁ。ジャンルで言えば豚肉だけど、これ食ったら他の豚肉じゃ物足りなく感じるぜ」


『ら~ん~た~!』


 食べ物の恨みを口にする茂に対し、藍大は詫びらずにむしろ煽った。


「良いじゃねえか。俺、ずっと肉を焼く係だったんだぜ?」


『俺でそのストレスを発散すんじゃねえよ』


「クランのメンバーでバーベキューすると俺だけ滅茶苦茶疲れるから、しばらくバーベキューはしないことににした」


『おいおい、俺が参加するチャンスはないのかよ』


「舞とリル、ゲンが休むことなく食べるだろ? 麗奈が酒を飲んで薬師寺さんが被害に遭うだろ? 司が俺を気遣って肉を食べさせてくれる瞬間で未亜が腐女子的展開にはしゃぐだろ? サクラが食べさせてくれるまで、俺は空腹に耐えながら焼き続けるしかなかったんだ。これでも茂はすぐにバーベキューをやれと?」


『・・・お疲れ。俺、バーベキューは食いたいけどもっとおとなしく食いてえわ』


 藍大の苦労を知ると、茂は自分もそこに参加したいとは言わずに藍大を労わった。


「とまあ、バーベキューの苦労はさておき、今日の成果を報告するぜ」


『よろしく頼む』


「まず、地下1階に出て来た雑魚モブはアローボアとエッグランナーだ」


『アローボア? 確かドイツで見つかったことがあったな。それ以外では聞いたことねえ。それが雑魚モブとか相変わらずおかしいな』


「そんなの今に始まったこっちゃねえよ。ボスモンスターはソードボアだった。こいつのことは知ってるか?」


 藍大が茂に訊ねると、茂は記憶にないしDMU解析班の所有するデータにもないことを確認してから答えた。


『見たことも聞いたこともねえ』


「後でモンスター図鑑のデータを写真で送る」


『助かる』


「んで、”掃除屋”がオーカスだ。オークの上半身に蜥蜴の下半身の見た目をしてた。武器として、アローボアの頭蓋骨が先端にある杖を持ってたな」


『そいつも初耳だ。ソードボアと同じくモンスター図鑑のデータを送ってくれ』


「了解。あっ、そうだ。ソードボアには背中から刃が生えてたんだが、その刃で司が槍を新調してくれってさ」


『ふ~ん。広瀬がそう言うってことは、武器として期待できそうだな。わかった。詳細は広瀬と詰めることにしよう』


 藍大は司が槍を新調したいと言っていたことを思い出し、茂に根回ししてあげた。


 司も自分で頼むだろうが、こういう根回しをしておくことで司の要求が通りやすくなるのならば、藍大はその手間を惜しまない。


 何故なら、司は”楽園の守り人”の貴重なツッコミ枠だからである。


 舞や麗奈、奈美、未亜と個性の強い女性陣がいる中で、容姿こそ限りなく女性に見えるが司は男だ。


 ツッコミもできて気が利く貴重な人材のためなら、藍大はこういう地味な手間だってかける。


 無論、これが司ではなく麗奈だったら藍大は根回しなんてしなかっただろうことは言うまでもない。


「倒したモンスターはほとんど食べられる部位ばかりで、売ったのは牙とか爪とか食べられない部位だけだ」


『日曜日は肉の日だと思っとくわ』


「その発想は舞と一緒だな」


『なん・・・だと・・・』


 食欲の化身たる舞と同じ発想だということに茂はショックを受けた。


 自滅なので藍大はフォローするつもりはない。


「茂の発想は置いといて、今回の探索でサクラが<回復ヒール>を会得した」


『マジで?』


「マジ。俺はサクラ万能説を提唱する」


『攻撃にデバフ、支援、回復までこなすんなら万能だろ。強いて言うなら近接戦闘をしないぐらいじゃね?』


 茂の発言を聞き、藍大はノータイムで応じた。


「サクラは女の子なんだぞ? 近接戦闘なんて危ない真似はさせない」


『いや、女の子ってモンスターだろうが。大体、立石さんに守ってもらってる時点でそれはどうなんだ?』


「くっ、そうだった」


 自分の論法が自分の首を絞めていることを知り、藍大は自分が貧弱であることを痛感した。


『まあ、俺もお前も直接戦えるような職業技能ジョブスキルじゃねえのが辛いよな』


「ほんとそれ」


『いつも守ってもらってる分労わってやると良いさ。ところで、”ブルースカイ”には藍大の意向を伝えといた』


「先方はなんて?」


『一旦引き下がった』


「そいつは重畳」


 面倒事が1つ減ったとわかれば、藍大の声が弾むのも無理もない。


『だがしかし』


「なんだよ」


『週刊ダンジョンの鈴木さんから取材したいから取り次いでほしいって連絡があった』


「・・・記者会見で正式にアポイントを取るって言ってた人か」


 藍大は記者会見でマナーのなってない一部のマスコミを牽制した時、凛とした態度で応じていた記者がいたことを思い出した。


『そう、その人だ。取材の内容はモンスター食材についてだってさ』


「受ける」


『えっ、受けんの?』


「さっき掲示板で見たモンスター食材スレがゴミ過ぎてな。週刊ダンジョンはモンスター食材を取り扱ってるコーナーがあるのは知ってる。協力すれば、まともなレシピを知るチャンスもある」

 

 藍大がそこまで言ったことで、茂にはピンと来るものがあった。


『エッグランナーの焼き串を投稿したのはお前か・・・』


「茂も見てたのか」


『同僚にエッグランナーの焼き串が紹介されてるって教えてもらってな。どこにエッグランナーが現れたのかと思ったら、やっぱり藍大だった』


「俺は悪くねえ。あのスレが全然料理のレシピを紹介しないのが悪いんだ」


 投稿してしまった時はやってしまったと思う気持ちもあったが、今の藍大は掲示板の脱線を修正したのだと理論武装していた。


『エッグランナーならまだ他所でも出回らないとも限らない。掲載したにしては自重してるか』


「おう。これでも自重したんだぜ」


『その分別があって良かった。もしもレア食材で飯テロなんてやろうものなら、あのスレの住人とゲテモノ万歳スレの住人がシャングリラに乗り込むところだった』


「ゲテモノ万歳スレって、モンスター食材スレよりもヤバい?」


『ヤバイを通り越してヤバイラ』


「ファイアの次がファイラみたいに言うんじゃねえ」


 ドラゴンじゃなくてファイナルな方をチョイスする茂のボケについていけるのは、藍大が茂と付き合いの長い幼馴染だからこそだと言えよう。


『冗談はさておき、スケジュールの空きを教えてくれ。明日の午後とか空いてる?』


「空いてる。基本的に午前にダンジョンに行って、午後は管理人業務やら家事とか買い物してるから午後の方が良いな」


『わかった。鈴木さんにアポ取れたって伝えとく。取材の場所はどこが希望だ?』


「シャングリラから遠くない方が良いな」


『だったら、アイテムショップ出張所の応接スペースを使えば?』


「それが良い」


『了解。話が進んだらまた連絡するわ』


「おう、頼んだ」


 茂との電話を切ると、近くで藍大の電話の内容を聞いていたサクラがニッコリと笑った。


「主は私のこと女の子扱いしてくれるんだね」


「そりゃそうだろ。出会った時のことを考えたら、これだけ立派になっても女の子だよ」


「エヘヘ♪」


 最初に出会った時がマネーバグにやられた後の姿だったから、藍大にとってサクラはリリスになったとしても女の子というイメージのままだ。


 勿論、今の見た目は色っぽくなっているのは間違いないが、それでもサクラと一線を超えないでいられるのはそのイメージのおかげである。


 藍大が頭を撫でると、サクラは嬉しそうに藍大に抱き着いて甘えた。


「だ、駄目~」


 その瞬間、寝ている舞の口から待ったをかける声が発せられた。


 藍大とサクラが舞の方を向くとその続きがあった。


「もう食べられないよ~」


「なんてベタな寝言を言うんだ」


 ベタは馬鹿にできないのだが、それでも藍大はベタな寝言に苦笑いした。


 サクラも同様である。


 その後、舞が起きるまでの間、藍大はサクラ達と存分に戯れるのだった。

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