第56話 日曜日は冒険者感謝デーなの?

 ボス部屋の中で藍大達を待ち構えていたのは、小型トラックサイズの猪だった。


 しかも、背中からは無数の刃が生えており剣が体内から背中に突き破っているように見える。


「フゴォッ!」


 藍大達を視界に捉えた途端、その猪型のボスモンスターは藍大達に突撃を開始した。


「サクラ、動きを封じろ!」


「逮捕しちゃうぞ!」


「フゴッ!?」


 サクラが<暗黒鎖ダークネスチェーン>で両前脚を縛ると、脚が縺れてそのモンスターは転んだ。


 転んだものの走っていたせいで多少の距離を滑り、藍大達との距離は車1台分しか残っていなかった。


「ゲン、吹っ飛ばせ!」


「ヒュー」


 <防御形態ディフェンスフォーム>を発動してすぐ、ゲンは<滑走突撃グライドブリッツ>で目の前の敵を後方に吹き飛ばした。


 幸いにもこの攻撃で敵が横転したので、藍大は今がチャンスだとモンスター図鑑を開いて敵の正体を調べた。



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名前:なし 種族:ソードボア

性別:雌 Lv:20

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HP:210/320

MP:220/230

STR:370

VIT:280

DEX:120

AGI:200

INT:0

LUK:150

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称号:地下1Fフロアボス

アビリティ:<硬化突撃ハードブリッツ><牙打撃ファングスマッシュ

      <射出刃イジェクトエッジ><振動踏バイブスタンプ

装備:なし

備考:怒り

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 (あの刃飛ぶのかよ!?)


 ソードボアの背中の刃が飛ぶとわかった瞬間、藍大はソードボアに攻撃の暇を与えてはいけないと判断した。


「サクラはLUKを奪え。リルとゲンは遠くから攻撃」


「えっ、ちょっ、私達は?」


「いただきま~す!」


「オン!」


「ヒュー」


 麗奈が自分達は放置なのかと訴えたが、藍大にはそれに構っている暇がなかった。


 藍大の指示を受けると、サクラ達はすぐに行動に移った。


 サクラがソードボアのLUKを奪った時には、リルが<十字月牙クロスクレセント>、ゲンが<鋭水線アクアジェット>をそれぞれ放っていた。


「フゴッ・・・」


 十字の斬撃に背中の刃を折られ、レーザービームばりの勢いで射出された水に眉間を貫かれたソードボアは、弱々しく鳴いた後動かなくなった。


『サクラがLv40になりました』


『サクラがアビリティ:<回復ヒール>を会得しました』


『リルがLv39になりました』


『ゲンがLv36になりました』


 (ありがたい。サクラは攻撃にデバフ、拘束に加えて回復までできるようになったのか)


 システムメッセージがサクラの新たに会得したアビリティを告げると、藍大はサクラがオールマイティーに育っていくことに感謝した。


 今までは攻撃は最大の防御というスキル構成に近かったが、回復手段を得られたのは大きい。


 これから先にクランの誰かが怪我をするかもしれないのだから、サクラは今まで以上に活躍するだろう。


「出番がなかった・・・。もう藍大達だけで良いんじゃないかなぁ」


「みんな無事で良かった。そう思うことにしようよ」


 ボス戦でも暴れてやると思っていた麗奈がしょんぼりするのに対し、司は大人な発言で麗奈をやんわりと嗜めた。


「完勝だよ主!」


「オン!」


「ヒュー」


「グッジョブ。みんなのおかげで簡単に仕留められたぞ」


 藍大に褒められたサクラ達は喜んだ。


 その後、藍大達はソードボアをてきぱきと解体した。


「藍大、ちょっと良い?」


「どうした司?」


「ソードボアの背中に生えてた刃なんだけど、僕の槍の素材にしたいんだ」


「俺は別に良いけど、その槍の刃よりもこっちの刃の方が良いのか?」


「うん。目で見て手で触れてわかった。僕の使ってる槍よりもよっぽど良い槍の素材になるよ」


「そっか。それじゃ、刃について売る分と素材に使う分の振り分けは司に任せる」


「ありがとう」


 司は藍大に自分の頼みを聞いてもらえたことを喜び、ニッコリと笑った。


 その笑顔は美少女のそれにしか見えないのだが、司は男だ。


「はいはい! 私のガントレットも強化したい!」


「そうは言うが今日の素材じゃガントレットに向かないんじゃね? 大半が可食部だし。どっちかっつーと、昨日手に入れた素材の方が向いてたと思う」


「なん・・・だと・・・」


 膝から崩れ落ちる麗奈に対し、麗奈だけ武器の強化ができないのはかわいそうだと思ってアドバイスした。


「ダンジョンを出てから茂に電話して頼んだらどうだ?」


「はっ、その手があった! そうする! ありがとう!」


 藍大のアドバイスを聞き、麗奈はすぐに復活した。


 落ち込んでもすぐに復活するのが麗奈の良い所である。


 もっとも、扱いやすいとも言えるのかもしれないが。


 解体でソードボアの魔石を手に入れると、ゲンが次は自分の番だと藍大の前で待っていた。


「わかってるって。これはゲンのものだ」


「ヒュー♪」


 ゲンが藍大の手から魔石を飲み込むと、ゲンからたくましい雰囲気が醸し出された。


『ゲンのアビリティ:<防御形態ディフェンスフォーム>がアビリティ:<反撃形態カウンターフォーム>に上書きされました』


 モンスター図鑑によると、<反撃形態カウンターフォーム>はゲンが甲羅の中に閉じ籠るの変わらないが、何かに触れた瞬間に甲羅の表面から触れた方向に向かって棘が生える効果になっていた。


 (殺傷力が増した。反撃だもんな)


 藍大はゲンのアビリティが凶悪になったと理解し、褒めろとばかりに見つめて来るゲンの頭を撫でた。


 ダンジョン内でやることを終えると、藍大達はダンジョンを脱出した。


 101号室のドアから出て来た藍大達を見つけると、舞が駆け寄って来た。


「お疲れ様~。今日はどうだった~?」


「舞も門番お疲れ様。今日は肉祭りだった」


「良い肉だって手に入るよ。日曜日なんだもん」


「日曜日は冒険者感謝デーなの?」


 舞の考え方がスーパーの安売りの周期みたいだと思い、藍大はツッコまずにはいられなかった。


「きっとそうだよ。ねえねえ、お肉たくさん手に入ったんだよね?」


 その後に続く言葉がなくとも、期待の眼差しを向けられれば藍大は舞が言いたいことを瞬時に理解した。


「バーベキューやる?」


「やる! 未亜ちゃん、今日のお昼はバーベキューだって!」


「ホンマか!? いやぁ、前回参加できひんかったから今回食い倒れるで!」


 バーベキューが決定した瞬間、舞が未亜にそれを告げた。


 藍大達はすぐにバーベキューの準備に取り掛かった。


 麗奈と司が食べられない部位を奈美に売りに出したついでに呼びに行き、藍大と舞とサクラ達はいつでもバーベキューができるようにした。


 全員集まると、シャングリラの庭でバーベキューが始まった。


 藍大は今日手に入れた肉を焼くのに忙しくなった。


 焼いた傍から肉がなくなり、藍大の手が休まるタイミングがなかった。


 女性陣と従魔達の食欲が半端なかったのである。


 そんな藍大を気遣い、肉を避けておいた司が藍大に声をかけた。


「藍大、休まなくて大丈夫? 食べる暇もないよね?」


「みんなよく食うからなぁ・・・」


 遠い目をする藍大を見て司は頷き、箸で肉を取って藍大の口に持っていった。


「藍大、口開けて。食べさせてあげるから」


「おう。悪いな」


「ウホッ! 司×藍かいな!」


「腐女子黙って」


 自分が藍大に食べさせるところを見て興奮する未亜に対し、司は顔を引きつらせながらツッコんだ。


「開拓者やもんなぁ。クランマスターのこともしっかり開拓せんとなぁ」


 下衆な笑みを浮かべる未亜に対し、司は我慢できなくて対抗した。


「僕の方が男にモテるから現実を見れなくてそうなったんだよね。そうだよね、貧乳だもの」


「んなっ!? 言ってはいけないことを言いよったな!」


 自分の弱点にダイレクトアタックした司の発言を受け、未亜はBL的な発想をする余裕がなくなって司に詰め寄った。


 これにより、司が未亜と言い合いになって藍大は肉を食べさせてもらえなくなった。


 その一方、舞とリル、ゲンは美味しそうにムシャムシャと肉を食べ、麗奈はエッグランナーの焼き鳥とビールの組み合わせでぐでんぐでんに酔っぱらって寝落ちした。


 奈美もその麗奈に酒を付き合わされてしまい、早々にダウンしてしまったようだ。


 サクラは真打ち登場と言わんばかりに藍大に皿を持って近づいた。


「主、私が食べさせてあげる」


「助かる。サクラは本当に気が利く良い子だ」


「エヘヘ♪」


 良い所をかっさらい、藍大からの好感度をちゃっかり上げるあたりサクラはやり手である。


 舞やリル、ゲンの食べっぷりは見ていて気持ちが良いものなので、それ自体に藍大が不満を抱くことはない。


 そうだとしても、自分のことを気遣ってくれるサクラの存在に好感度が上がるのは当然と言えよう。


 結局、藍大はサクラに食べさせてもらいながら舞達の腹を満たし、その後ゆっくりサクラと一緒に肉を焼いて食べた。


 バーベキューが終わった後、藍大は残った今日の食べられる戦果が半分になっていたことに戦慄した。


 ひたすら肉を焼いて疲れた藍大が、来週の日曜日はバーベキューをしたくないと思っても仕方のないことだろう。


 美味しいは正義だが正義を支えるのは楽じゃない。

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