第50話 やはり食欲には抗えないか

 藍大達一行がボス部屋の中に入ると、待ち受けていたメタリックカラーのそれの外見が誠也の情報とは異なっていた。


「メタルタートル、小さくね?」


「馬鹿な!? まさかボス部屋の個体が変わるというのか!?」


 誠也にとっても予想外だったようで、普段は並大抵のことでは動じないのに今は取り乱していた。


 ダンジョンの仕組みは今でもわからないことが多く、ボス部屋のボスが今まで戦った個体と明らかに違ったことで初めて気づいた事実だ。


 自分の仕入れた情報もその対策も全て見当違いとなれば、誠也ではなくても取り乱すのも仕方のないことだろう。


 とはいえ、藍大は誠也が取り乱そうが取り乱すまいがやることは同じである。


 モンスター図鑑を開き、目の前にいる大型犬サイズのメタルタートルについて調べ始めた。



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名前:なし 種族:メタルタートル

性別:雄 Lv:30

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HP:240/240

MP:270/270

STR:240

VIT:450

DEX:270

AGI:210

INT:270

LUK:240

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称号:5Fフロアボス

   希少種

アビリティ:<水槍ウォーターランス><防御形態ディフェンスフォーム>   

      <睡眠回復スリープヒール><滑走突撃グライドブリッツ

装備:なし

備考:なし

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 (こりゃかなり継戦能力高いな。つーか”希少種”って何? 初めて見たんだが)


 メタルタートルのステータスを見ると、藍大は厳しい戦いになりそうだと判断した。


 ”希少種”とは、同じ種類のモンスターでもこの称号を持たないモンスターに比べて能力値が高く、外見の特徴や会得しているアビリティも異なる個体が得る称号だ。


 メタルタートルの場合、”希少種”は体のサイズが小さくて一般的な個体よりもきびきびと動ける。


 しかも、<防御形態ディフェンスフォーム>と<睡眠回復スリープヒール>を会得しているからHPを削ることが難しいし、削ったとしても回復されてしまう。


 藍大が目の前のメタルタートルの継戦能力が高いと評価したのは、これに加えてVITの能力値も群を抜いて高かったからだ。


 とりあえず、一般的な個体よりも硬い時点で”レッドスター”の4人はまるで役に立たないだろうと判断すると、藍大は指示を出し始めた。


「サクラ、<幸運吸収ラックドレイン>だ」


「は~い。いただきま~す!」


 その瞬間、メタルタートルは直感で何かされてしまうと思ったらしく、素早く甲羅の中に籠った。


 <防御形態ディフェンスフォーム>を発動したのである。


 これにより、サクラの<幸運吸収ラックドレイン>が不発に終わった。


「主、効いてないみたい」


「嘘だろ? <防御形態ディフェンスフォーム>ってのはそんなことまでできるのかよ」


 藍大が驚くのも無理もない。


 自爆を狙ういつもの戦術が、最初の準備段階から上手くいかなかったことなんてなかったからだ。


 (こいつはなんとしてもテイムしなきゃな)


 メタルタートルの凄まじい防御力を目の当たりにして、藍大は是が非でもテイムしたいと思った。


 そんなことを考えている間に、メタルタートルが次の行動に出た。


「マジかよ!?」


「主、危ない!」


 藍大達がいるところに向かって、甲羅に籠ったままのメタルタートルが突撃した。


 <滑走突撃グライドブリッツ>を発動したのだ。


 サクラは地上に藍大がいたら危ないと判断し、藍大を抱えて空を飛んだ。


 実際、藍大以外のメンバーはメタルタートルの突撃を躱せたのだから、サクラの考えは正しいと言えよう。


「リル、メタルタートルの周りを回りながら攻撃して注意を逸らしてくれ!」


「オン!」


 自分がサクラに抱えられて空を移動するならば、やることはもう決まっているので藍大はリルに指示を出した。


 リルは指示を受けると、停止したメタルタートルの周囲を走り回りながら<三日月刃クレセントエッジ>を連発する。


 しかし、<防御形態ディフェンスフォーム>を発動したメタルタートルのVITは2倍になるから、リルのSTRではダメージを与えることができなかった。


 ダメージを与えることができなければ、注意を逸らすこともできない。


 メタルタートルは地上で固まっている舞達に照準を合わせ、再び<滑走突撃グライドブリッツ>を発動した。


「舞、無茶せず避けろ!」


「問題ねえぜオラァ!」


 そう言うと、舞は”レッドスター”の4人の前に立ち、オーラをSSメイスとSSシールドに付与して構えた。


 ”ダンジョンの天敵”の効果も働いている舞は、メタルタートルと衝突するギリギリで横に躱し、そのタイミングでSSシールドを押し出す。


 縦向きの力が働いているメタルタートルに対し、横から舞の馬鹿力が加わればメタルタートルがグラついた。


 その一瞬を見逃さず、舞はSSメイスでフルスイングを決めた。


 舞の攻撃により、メタルタートルの軌道が”レッドスター”の4人から大きく横に逸れた。


「・・・兄貴、同じことできる?」


「ハハッ、人間には無理に決まってんだろ」


 華が舞と同じことができるかと訊ねれば、豪はその問いに対して乾いた笑みを浮かべながら無理だと答えた。


 この時点で舞は大手の”レッドスター”に対し、守りの観点では実力が上であると証明された。


 さて、舞に攻撃の軌道を逸らされたメタルタートルが止まると、藍大はサクラに指示を出した。


「サクラ、テイムを実行する。近づいてくれ」


「わかった」


 頷いたサクラは、藍大を抱えたまま降下してメタルタートルに接近する。


 そして、藍大がメタルタートルの甲羅にモンスター図鑑を開いて被せた。


 ところが、メタルタートルの体はモンスター図鑑に吸い込まれなかった。


「やっぱり駄目か。サクラ、メタルタートルを誘導できないか?」


「駄目~。多分私に心閉ざしてるよ~」


「そうか。一旦離脱してくれ」


「うん」


 甲羅に籠ったままではテイムできず、サクラの<誘惑香フェロモン>でも誘導できないとなれば、メタルタートルの真上でぼーっとしているのは得策ではない。


 それゆえ、藍大は一旦サクラに離脱するよう命じた。


 サクラは自分の魅力がメタルタートルに通じなくて落ち込んだが、藍大を危険な目に遭わせられないのですぐに離脱した。


 何か良い手はないものかと藍大が頭を悩ませていると、三大欲求について思いついた。


 サクラの<誘惑香フェロモン>は性欲を刺激する。


 しかし、メタルタートルは性欲が薄かったのか反応しなかった。


 であれば、他の2つの欲から攻めるしかない。


 睡眠欲からアプローチするのは難しい。


 甲羅の中で眠られたら何もできないからだ。


 となると、残るは食欲である。


 藍大はツナギのポケット、正確にはポケットの中の収納袋からシェルガンナーの本体を切り分けた物を取り出した。


 本体が食べられる部位であることは証明済みだったので、餌付けに使えないかと一口サイズに切り分けて持っていたのだ。


 藍大は試しに1つメタルタートルの前に投げてみた。


 すると、甲羅がピクッと動いた。


 (やはり食欲には抗えないか)


 そう思った藍大は、一口サイズのシェルガンナーの身を少しずつ位置をずらして配置できるように投げた。


 藍大の仕掛けが完了して少し経つと、メタルタートルが甲羅から頭や手足を出して用意した餌に食いついた。


 1つ目に食いついたタイミングで行っても、メタルタートルが怯えて今度は出てこなくなる可能性がある。


 それゆえ、藍大はメタルタートルが進んでは食べ、進んでは食べという行動を繰り返すのを待った。


 メタルタートルは最初の警戒していた雰囲気は嘘のようにシェルガンナーに食いつき、藍大の撒いた餌に食いついた。


「サクラ、今だ」


「うん」


 大声を出せば悟られてしまうため、ひそひそ声で指示を出して藍大はサクラにメタルタートルに接近してもらい、メタルタートルの頭の上にモンスター図鑑を開いて被せた。


 その瞬間、メタルタートルの体がモンスター図鑑の中に吸い込まれていった。


『メタルタートルのテイムに成功しました』


『テイムされたことでメタルタートルから称号”5Fフロアボス”がなくなりました』


『メタルタートルに名前をつけて下さい』


 さて、待望の名付けの時間である。


 だが、藍大は悩むことなく名前を口にした。


「名前はゲンだ」


 亀のモンスターと言えば、玄武を連想してしまうのはラノベやゲームをする者ならおかしくないだろう。


 メタルタートルが進化すれば、もしかしたら玄武になるんじゃないかという期待から種族名の2文字を取ってゲンと名付けたのだ。


『メタルタートルの名前をゲンとして登録します』


『ゲンは名付けられたことで強化されました』


『ゲンのステータスはモンスター図鑑の従魔ページに記載され、変化がある度に更新されていつでもその情報を閲覧できます』


『詳細はゲンのページで確認して下さい』


 システムメッセージにより、藍大はモンスター図鑑にゲンが登録されたことを知って安心した。


 こうして、藍大は”レッドスター”と同盟を結んだ目的を果たすことに成功した。


 この日、藍大がフロアボスのテイムに成功したことが掲示板で騒がれたことは言うまでもない。

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