第47話 汚物なんて消えちゃえ!

 翌日の水曜日、藍大達は客船ダンジョンの4階から探索を始めた。


「今日も今日とて冒険者が多いな」


「そうだね。隠し部屋探しブームはそう簡単には引かなそうだよ」


 藍大と舞がそんな風に話しているのは、今日も客船ダンジョンには隠し部屋を探すために冒険者達がいるからだ。


 客船ダンジョンは上の階に行けば行く程モンスターが強くなるので、昨日藍大達が遭遇した冒険者の数と比べれば少ない。


 しかし、空いていると言うには無理がある数の冒険者がいるから、会話の内容には気を付けねばなるまい。


 いつどこで自分達の会話に聞き耳を立てられているかわからないのだから。


 とりあえず、藍大達は昨日と同様に冒険者と遭遇するとボス部屋までの最短ルートを教えられた。


 それでも、昨日とは異なる点が1つだけあった。


 4階で遭遇する男性冒険者達は皆、好色そうな顔で舞とサクラを見るのだ。


 その一方、女性冒険者の大半は藍大に4階のモンスターは絶対にテイムするなと念押しした。


 どうしてそうなったのか。


 答えは単純である。


「なるほど。把握した」


「いやぁぁぁぁぁっ!」


「無理無理無理ぃぃぃっ!」


「クゥ~ン」


 藍大達が見つけてしまったそれは、ピンク色の触手と呼ぶべきイソギンチャクである。 


 現れたそいつを藍大は速やかにモンスター図鑑で調べ始めた。



-----------------------------------------

名前:なし 種族:テンタクルス

性別:雄 Lv:22

-----------------------------------------

HP:180/180

MP:230/230

STR:150

VIT:190

DEX:300

AGI:0

INT:140

LUK:120

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称号:なし

アビリティ:<捕縛アレスト><溶酸メルトアシッド><掘削ディグ

装備:なし

備考:なし

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 ストレートに触手を指すその名前と見た目から、藍大は男性冒険者と女性冒険者の両方の反応の意味を理解できた。


 男性冒険者達は舞とサクラの触手プレイを期待していたのだ。


 それとは反対に、女性冒険者達は藍大がテンタクルスを使役して不埒なことをしないようにと念を押した訳である。


 舞もサクラも触手にゅるにゅるは苦手なようで、一切近づこうともせずに悲鳴を上げた。


 藍大は舞が触手を恐れず、ただの害悪として容赦なく殲滅するのではないかと思ったが、舞にもか弱い女性らしさは残っていた。


 むしろ、サクラの方が過激な反応を見せ、藍大が指示する前に<暗黒刃ダークネスエッジ>でテンタクルスを細切れにして倒してしまった。


 アビリティが上書きされたことにより、威力が上がっていることを確かめることはできたのだが、その威力の上昇はサクラの乙女の危機に対する火事場のクソ力みたいなものではないかと藍大は推察した。


 なお、テンタクルスの死骸はゴムに近い素材であり、買い取りのために持ち帰ることが推奨されている。


 決して邪なことのために使うのではなく、世のため人のために使われるのだ。


 決して邪なことのためではない。


「主~、怖かったよ~」


「滅茶苦茶バラバラにしてたけど怖かったんだな、よしよし」


 サクラに抱き着かれると、藍大はサクラを落ち着かせるべく優しく頭を撫でる。


「藍大、あれは女性の敵だよ! 見敵必殺サーチ&デストロイ!」


「自分から倒しに行けるの?」


「無理! 襲い掛かってきたところをぶん殴る!」


「あっ、はい」


 同じくテンタクルスを嫌がっていた舞は次会ったらぶっ飛ばしてやると荒ぶっており、先の先を取るのは難しくとも後の先ならば取れると自信あり気に答えた。


 幸い、テンタクルスには移動手段を持ち合わせておらず、ダンジョンの床や壁、天井から生えるような形で出現した。


 動かずに触手を伸ばすだけならば、舞の反射神経で後の先を取ることぐらい容易いらしい。


 実際、2回目にテンタクルスに遭遇した時、舞はテンタクルスが<捕縛アレスト>で伸ばして来た触手を全て躱してマッシブメイスでその触手を殴り潰していた。


 その後も何度かテンタクルスと遭遇してしまうのだが、ある時に男性冒険者2名が藍大達を遠くから眺めていた。


 運が良ければ<捕縛アレスト>と<溶酸メルトアシッド>、<掘削ディグ>のフルコースでサクラと舞が触手プレイの被害に遭うだろうと期待し、その様をじっくりと見ようとしているのが見え見えである。


 (”楽園の守り人”の女性陣に邪な目を向けるとどうなるか、思い知らせてやろうじゃないか)


 そう思った藍大は邪悪な笑みを浮かべた。


「サクラ、ちょっと耳貸して」


「なぁに?」


「後ろで期待してる奴等を<誘惑香フェロモン>で言うこと聞かせて肉壁にしよう」


「良いの? 主が悪者扱いされない?」


「サクラや舞が襲われる姿を想像して下卑た笑みを浮かべてたんだぜ? そんな奴等に慈悲はない」


「わかった!」


 サクラ的には藍大の指示にすぐにでも取り掛かりたい気分だったが、藍大の立場が悪くなることは望むところではない。


 それゆえ、やってしまって良いのだろうかと藍大に念押しした。


 藍大は自分を気遣ってくれることは嬉しいが、自分の評判よりもサクラや舞がテンタクルスの餌食になって傍観している男性冒険者達の目の保養になることが赦せなかった。


 GOサインを出すのに躊躇しないのはそういう訳である。


 サクラが目の前に飛んで来ると、彼等はそれが予想外だったので警戒した。


「うわっ、なんだ!?」


「なんでこっちに!?」


「つべこべ言わず私達の肉壁になりなさい、この下等生物が!」


「「Yes, Ma'am!」」


 サクラの<誘惑香フェロモン>にやられ、彼等は顔を赤らめて藍大達が戦っているテンタクルスに向かって突撃した。


 そして、テンタクルスの触手が舞に届くよりも前に自らの体を盾にして、仲良く2人とも<捕縛アレスト>を発動したテンタクルスに捕まった。


「あ゛~ん? 何やってんだこいつら?」


 暴れ回ってはいないものの、集中して触手から自分と藍大を守るべく戦闘モードに入っていた舞は、勝手に捕まりに行った2人を見てメイスを肩に乗せて首を傾げた。


 だが次の瞬間、藍大達の顔が引き攣る事態が起きた。


「「アッー!」」


「これは酷い」


「気持ち悪っ!」


「汚物なんて消えちゃえ!」


「オン!」


 藍大は自分がけしかけたことにもかかわらず、目の前で起きたことにドン引きした。


 舞も吐き捨てるように言った。


 サクラとリルに至っては、それぞれ<暗黒刃ダークネスエッジ>と<風弾ウインドバレット>でテンタクルスを攻撃し、早急に息の根を止めた程である。


 何が起きたと言うと、テンタクルスがトチ狂ったのか捕まえた冒険者達に<溶酸メルトアシッド>を使って服を溶かし、<掘削ディグ>で彼等の尻に触手を突っ込んだのだ。


 ただでさえサクラの<誘惑香フェロモン>で顔が赤くなっていたというのに、男性冒険者2人が新しい扉を解放されて声を漏らしてしまったのだ。


『サクラがLv35になりました』


『サクラが称号”耐え忍ぶ者”を会得しました』


『サクラの称号”幸運喰らい”と称号”耐え忍ぶ者”が称号”勝負師”に統合されました』


『リルがLv34になりました』


『リルが称号”耐え忍ぶ者”を会得しました』


 彼等が尻を押さえて地面に突っ伏している中、藍大の耳にはサクラとリルのレベルアップと称号の変化を告げるシステムメッセージが聞こえた。


 藍大は自分の指示が招いた結果から目を逸らし、サクラとリルが新しく会得した称号を調べた。


 ”耐え忍ぶ者”とは被ダメージ量の微減と苦痛耐性の上昇効果のある称号だった。


 サクラもリルも凄惨な事故を目撃した結果、この称号を手に入れた。


 その上、サクラは”幸運喰らい”と”耐え忍ぶ者”が統合されたことで”勝負師”を手に入れた。


 ”勝負師”はLUKの能力値が2倍になることに加え、被ダメージ量の微減と1日1分間だけLUKが元の能力値の4倍になるという効果だった。


 敵のLUKを奪うことでMPを回復する効果はなくなったが、サクラの被ダメージ量が減るならば”勝負師”を会得したことはプラスだろうと藍大は判断した。


「藍大~」


「主~」


「クゥ~ン」


「よしよし。悪い夢でも見たと思って忘れよう」


 舞とサクラ、リルが酷い光景を目にしてしまったと抱き着いたり頬擦りして甘えると、藍大は全員をあやすように言った。


 今倒したテンタクルスだけは戦利品を回収する気分になれず、放置して藍大達がボス部屋に向かったのは当然のことだった。

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