第46話 なんもかんも人間の欲深さが悪い

 客船ダンジョンを脱出した後、藍大達は舞の空腹を告げる音を聞いて近場のコンビニで昼食を買って近くの公園へと移動した。


 飲食店で食べることも考えたが、飲食店はペット禁止だから人型のサクラはともかくリルが入れない。


 それを考慮してピクニックのような形式を選んだのだ。


 食後の休憩中、舞は掲示板を見ていたようで藍大にそこで見たものを伝えた。


「ねえねえ、私達のことを尾行してた冒険者達が迷惑行為で捕まったんだって」


「迷惑行為って踊ってたんだよね?」


「あの3人は客船ダンジョンの前で全力の安来節を披露してたらしいよ。近所迷惑で通報されたみたい。警官が来ても踊るのを一行に止めなかったから逮捕」


「何それ頭おかしい」


「怖いね~」


「クゥ~ン」


 怖いね〜と言ったサクラがこの事件が起きた原因なのだが、それに触れる者は誰もいなかった。


 藍大は自分達以外に周囲に誰もいないことを確認すると、茂に連絡をかけ始めた。


『藍大か?』


「面白い物と新しい情報を手に入れた」


『・・・詳しく』


 茂は藍大達がシャングリラのダンジョンではなく、客船ダンジョンにいるからとんでもないことをやらかすことはないと思っていた。


 しかし、長い付き合いからこれは藍大がやらかしたのだろうと悟って息を整えてから続きを促した。


「隠し部屋の宝箱ってあるじゃん?」


『あるな。それがどうした?』


「持ち帰ったって言ったらどうする?」


『あの嵩張って持ち運びに不便な箱をどうやって持ち出した?』


「悪いがそれは企業秘密だ。でも、これを売る用意はできてる」


 いくら茂相手でも、収納袋の存在を教えるのは藍大も慎重な姿勢を見せた。


 だが、藍大と茂の付き合いは長い。


 茂は藍大が自分に嫌がらせをするつもりはなく、口に出すだけで面倒事が生じるのだろうと察して追究することは避けた。


『わかった。宝箱について実際に手に取って調べられるなら、ダンジョンについてわかることもあるはずだ。10万円出そう。ついでに今からDMU運輸に受け取りに行かせる』


「宝箱についてバレると困るから、今俺達がいる公園に派遣してくれ」


 そう言うと、藍大は茂に自分達が今いる公園の名前を伝えた。


 茂は藍大達の現在地に一番近い営業所に連絡して取りに行かせるから10分程待ってほしいと頼み、藍大は了承した。


『その他に面白い物は手に入ったか?』


「客船ダンジョンで得られる物は既出の物ばっかなんじゃないか? 一応、今日は2階と3階を突破したが」


『半日で2階分突破したのか。どんなペースで探索してんだよ』


「昨日、俺達が隠し部屋でサクラのシルバークロウリーを見つけて客船ダンジョンにも隠し部屋があるって知られてから、他の冒険者達がまだあるんじゃないかって調べ始めたんだ。んで、俺達にはこれ以上美味しい思いをさせたくないって奴等ばかりで、ボス部屋までの最短ルートを会う奴会う奴に教えられたんだ。道中で出くわすモンスターも少なくて、あっさり2階分進んじまった」


 そこまで聞くと、茂は電話越しに大きな溜息をついた。


『はぁ・・・。しょっぱい奴等だな』


「まあ同盟を結んだ目的は5階だし、3階まではそんなに苦労しなかったから良いんだけどな。むしろ、明日挑む4階とかで同じことされると、5階のフロアボスと戦うための調整に苦戦しそうだ」


『藍大達がシャングリラに戻ってくれなきゃ、レア素材の需要が供給を上回りそうだってのに困ったことだぜ』


「なんもかんも人間の欲深さが悪い」


『スケールのデカい話だ。それはさておき、3階のフロアボスはバレルクラブだろ? あいつの背中の樽は壊さず持ち帰れたか?』


 話が脱線して来たので、茂は自分が仕事で必要だと思った素材を持ち帰ってないか藍大に訊ねた。


「あるぜ。多少爆発で傷ついてるけど、壊れちゃいねーよ」


『それは是非とも買い取りたい。あの樽は興味深いんだ』


「<蟹爆弾クラブボム>を発動すると、樽の中に蟹型の爆弾が創られるよな。コストがMPだけで大して消費しないからコスパが良い」


『モンスター図鑑で調べたか。そうなんだ。あの樽がなきゃ、<蟹爆弾クラブボム>は発動できないって報告が上がってる。だから、樽をしっかり調べてみたかったんだ』


「そうか。ところで、マッシブロックの素材ってまだそっちに残ってる?」


『研究の予備分が残ってるけどいきなりどうした?』


 突然藍大が話を変えれば、茂が何を考えているんだと気にするのは当然である。


「バレルクラブの鋏も回収できたから、マッシブロックの素材とバレルクラブの鋏で合金にしてメイスや盾を作れないかなって」


『その発想はなかった。バレルクラブも硬いし、デキたら面白いかもしれん。職人班にできるか訊いてみよう。これも立石さんに使ってもらうのか?』


「まあな。マッシブメイスとマッシブシールドよりも性能が高いなら、そっちを使った方が安全性を高められるだろ?」


『違いない』


 藍大の考えはもっともである。


 マッシブシリーズは既存の武器や防具よりも頑丈だ。


 しかし、それに胡坐をかいてアップデートできるものをしないのは怠慢だと言えよう。


 そして、その怠慢が命の危機に直結するかもしれないのなら、できることはやっておくべきだろう。


 茂も同意見なので、この話は電話が終わり次第すぐに茂から職人班に話を通すことになった。


「それはそれとして、新しい情報なんだが称号の話だ」


『称号、ねぇ。今度はどんなものを手に入れたんだ?』


「サクラとリルが”ボス殺し”を手に入れた。それが”掃除屋殺し”と統合されて”ダンジョンの天敵”になった」


『取得条件はわかってんのか? 効果は?』


「”ボス殺し”はダンジョン内のボスを10種類倒すことだな。”ダンジョンの天敵”は”ボス殺し”と”掃除屋殺し”の両方を取得したことだろう。前者はボスモンスターとの戦闘時に能力値と倒した時の取得経験値1.5倍になり、後者はダンジョン内で全能力値が1.5倍になって取得経験値も1.5倍になる」


『うへぇ。有用なのは間違いないが、ボス10種類とか藍大みたいに日替わりダンジョンにでも行かない限り難しくね?』


 取得条件を聞くと、茂はそれに呻いた。


 鑑定士の職業技能ジョブスキルを持つ茂には、人が従魔同様に会得した称号も確認できる。


「あれ、ちょっと待てよ。その条件なら舞もクリアしてね? 茂、テレビ電話にするからちょっと舞を調べてくれ」


『わかった』


 カメラを通して見たものでは鑑定の精度は落ちる。


 しかし、称号ぐらいならわかるので茂は藍大の頼みを承諾した。


 藍大が通話をビデオ通話に設定して舞をカメラで映すと、茂はすぐに鑑定してみせた。


「どうだ?」


『藍大の言う通りだ。立石さんも”ダンジョンの天敵”を取得してる』


「あ~、だからダンジョンで体が軽かったんだ~」


「気づいてたんかい」


「なんとなくね~。今日は朝から調子良いな~ってぐらい?」


「舞の場合は遠征とかもしてたから、昨日取得してたのかもな。だから色々打ち返せてたんだ」


「そうだよ~」


『すまん、話が見えねえんだけど』


 藍大が舞と話して納得していると、蚊帳の外にいた茂が口を挟んだ。


「それがさ、舞が今日シェルガンナーの<水弾ウォーターバレット>をメイスで打ち返してたんだ」


『それは人間じゃねえ』


「ひっど~い」


 そんな話をしていると、そろそろ公園にDMU運輸のトラックが到着しそうな頃合いになったので電話を終わらせた。


 収納袋から取り出すところは第三者に見せられないから、DMU運輸が来る前に収納袋から引き渡す物全てを取り出す必要があったからである。


 物の準備が終わってすぐに、DMU運輸のトラックが公園の前に到着した。


 引渡しが終わってトラックを見送ると、舞が先程は余裕がなくて言えなかったことを口にした。


「藍大、メイスとシールドの件ありがと」


「いつまでもプレゼントできる訳じゃないから、頑張って貯金しような?」


「・・・頑張る。藍大が」


「俺かよ」


「私が散財しようとしてたら止めてね」


「自制心に自信がないの?」


「ない!」


「胸を張って言うことじゃあないぜぇ・・・」


 藍大が溜息をつくのも無理もない。


 その後、特に用事もなかったので赤星家に帰ろうとしたが、真奈に過剰にモフラれたくないリルがゆっくりしたいとアピールしたので、藍大達は公園でリルのストレス軽減に付き合ってから赤星家に戻った。


 結局真奈にモフラれることに変わりはないが、公園で体を動かせた分だけリルのストレスは減っていたのだから良しとしよう。

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