第37話 見ちゃいけません

 藍大と舞、サクラは集合時間5分前にシャングリラの前に移動した。


 リルは車に乗るには大きいので、仕方なく亜空間に入っている。


 藍大達がシャングリラの前に移動して30秒も経たない間に、黒塗りの高級車がシャングリラの前に停まった。


 運転手が降りて後部座席のドアを開けると、そこから眼鏡をかけたスーツの女性が出て来た。


「初めまして。私が”レッドスター”のサブマスター、赤星真奈です。”楽園の守り人”の皆さんをお迎えに上がりました」


 (クランマスターの妹でサブマスターの赤星真奈か。俺達を迎えに来るのにこのチョイスとは歓迎されてるって捉えて良いのか?)


 そんなことを考えていたが、藍大は間を開けずに自分も挨拶を返した。


「初めまして。”楽園の守り人”のクランマスター、逢魔藍大です。こちらは従魔のサクラです。本日はよろしくお願いします」


「サブマスターの立石舞です。よろしくお願いします」


 挨拶を済ませると、藍大達は車に乗り込む。


 ”レッドスター”のクランマスター、赤星誠也とサブマスターの真奈が住む自宅とは、横浜にある豪邸のことだ。


 何故豪邸かと言えば、赤星の家が冒険者御用達メーカーのAKABOSHIを経営するからである。


 もっとも、有名になったのはここ最近である。


 大地震でダンジョンが出現してから、いち早くダンジョン産素材を使った装備を発売して会社が急成長した。


 被害が酷かった土地を格安で買い取って豪邸を立てたのがAKABOSHIの社長である赤星兄妹の父だ。


 シャングリラを出発した車の中で、デキる秘書みたいな雰囲気だった真奈がソワソワしていた。


「あの、今日はリル君は召喚してくれないんですか?」


「車内でリルを召喚すると、リルが狭くてストレスを感じてしまいますからね」


「そ、そうですよね。では、自宅に到着したら是非リル君を召喚して下さい。それと、よろしければモフらせて下さい」


 キリッとした表情で言っているが、その目はリルをモフりたいと如実に語っていた。


「赤星さん、貴女モフラーですね?」


「兄と被ってしまうので真奈と呼んで下さい、同志よ」


 (この人、最初ハナからリル目当てじゃねえか)


 いつの間にか同志認定された藍大は、真奈がリル目当てで迎えに来たことを確信した。


 藍大だって”レッドスター”と会うのならば、主要メンバーについて多少なりとも調べる。


「真奈さんは弓士だそうですが、狩りのお供が欲しいってことですか?」


「あ~、そうですね。勿論それもありますが、モフモフに囲まれて癒されたいです」


 真奈は未亜と同じく弓士の職業技能ジョブスキルを持っている。


 確かに弓士であれば、狩りの補助をする獣型のモンスターをテイムできたら戦術の幅が広がるだろう。


 そういった意味で真奈が藍大に憧れるのは理解できるが、真奈を見る限り純粋にリルをモフりたいだけのようだった。


「今度はこちらから質問させて下さい」


「答えられる範囲で良ければどうぞ」


「ありがとうございます。リル君と一緒に寝てるんですか?」


「えっ、それを最初に訊きたいの? あっ、すみません」


 舞が思わず素で反応してしまった。


「構いませんよ。これは極めて重要な質問です。モフモフの中で眠れるかどうかで、モフラーの翌日のコンディションは天と地程の差がありますから」


「寝てます。リルが布団に入って来るので」


「たはぁっ! 尊い! 主人と一緒に寝たいリル君だけでご飯3杯はいける!」


 (こいつヤバいかもしれない)


 眼鏡をかけてスーツを着ていることから第一印象は知的だったのだが、今の真奈を見て知的と思う者はいないだろう。


 その後、真奈が藍大に対しどうすれば従魔士でなくともテイムできるかと相談し続けたせいで、藍大達が自宅に着くまであっという間だった。


「同志、ようこそ私の家へ。さあ、リル君を召喚しちゃって下さい」


 真奈の目にはリルを早く見たいという期待が隠せておらず、このまま勿体ぶったところで召喚するまで諦めないだろうと察した藍大は素直に召喚することにした。


「わかりました。【召喚サモン:リル】」


「オン♪」


「んほぉっ!」


 召喚されたリルは、自分だけ亜空間で寂しかったぞと藍大に頬擦りする。


 その様子が尊かったらしく、我慢できなくなった真奈は変な声を漏らした。


「主、なんかあの人悶えてるよ。変だね~」


「見ちゃいけません」


 サクラが真奈の業が深い様子を指摘すると、藍大は親が子供に言い聞かせるように言う。


 すると、サクラは言質は取ったと笑みを浮かべた。


「わかった。主だけ見てる」


「あっ、コラ!」


「主の命令に従っただけだもん」


「だったら私も!」


「舞!?」


 隙あらば藍大に抱き着くサクラを注意する舞だが、サクラが大義名分を掲げて勝ち誇ったように言う。


 舞は反論の材料がなくて困り、それならば自分も同じことをしてやると言って実行した。


 その結果、招かれた家の玄関で両手に花、足元にはリルという図が完成した。


 なお、真奈が重度のモフモフ好きなのは知っているらしく、運転手は驚くことなく静かに玄関のドアを開けた。


「どうぞ。お入り下さい」


「あっ、はい」


 運転手に入るように促されたため、藍大達は家の中に入った。


 その頃には真奈が復活しており、運転手は車を車庫に入れるためにこの場を去った。


 真奈に案内されて応接室に移動し、真奈が誠也を連れて来るから待っててほしいと言って応接室から出ていった。


「中も外もいかにも豪邸って感じだな」


「私、人生でこんな所に来るとは思ってもなかったよ」


「ところで、”レッドスター”の俺達への用事ってなんだろう?」


「芹江さん曰く、シャングリラに入りたいって訳じゃないんでしょ?」


「そうらしい。シャングリラのダンジョン産素材の個別取引は、やったら世間から突き上げを喰らうから違うとして、後は何がある?」


「ごめん。私はそこまで頭良くないからわからないよ」


 藍大と舞が話していても、今回の会談の内容としてしっくりくる答えは見つからなかった。


 しかし、その必要はなくなった。


 真奈がドアをノックしてから開き、赤星誠也を応接室に連れて戻って来たからである。


 誠也はスーツにワインレッドのシャツ、黒いネクタイをびっちりと決め、髪型もオールバックだった。


「遠い所をお越しいただきありがとうございます。初めまして。”レッドスター”のクランマスター、赤星誠也です」


「お招きいただきありがとうございます。”楽園の守り人”のクランマスター、逢魔藍大です。こちらは従魔のサクラとリルです」


「サブマスターの立石舞です」


 誠也が藍大に手を差し出したので、藍大は誠也と握手した。


 全員が着席すると、誠也が口を開いた。


「真奈が道中に迷惑をかけませんでしたでしょうか? ダンジョンに行くと獣型のモンスターとあの手この手でテイムしようとして失敗するものですから、逢魔さんに質問攻めしたんじゃないかと思いまして」


「失礼よ兄さん。私だって自重したのよ」


「「えっ、あれで?」」


「おい」


 思わず素が出てしまった藍大と舞の反応を見て、誠也はすぐさま真奈にジト目を向けた。


 真奈は鳴らない口笛で誤魔化そうとしたが、誠也のジト目には勝てなかった。


「我慢できなくなって滅茶苦茶質問攻めした。後悔はしてない」


「後悔じゃなくて反省しろ、馬鹿者が」


「ひぎゃっ」


 誠也に手刀を落とされると、真奈は痛みに頭を抱えた。


 そんな真奈を放置して、誠也は藍大に頭を下げた。


「愚妹が迷惑をかけてしまい誠に申し訳ございませんでした」


「いえ、お気になさらないで下さい。驚きはしましたが、掲示板の連中のような不快さは感じておりませんから」


「そう言っていただけると救われます。真奈、お前もちゃんと謝まりなさい」


「すみませんでした」


 このやり取りだけでも、藍大達は誠也が苦労していることはよく理解できた。


「雑談のつもりがこちらの恥を晒してしまい失礼しました。本日皆さんにお越しいただいた用件というのは、私達が狩場とするダンジョンの攻略に協力してもらいたいからです。言わば同盟です」


「同盟、ですか・・・」


 ”レッドスター”のような大手クランが、立ち上げて間もない”楽園の守り人”と同盟を結びたいと言えば、藍大が訝しむのは当然のことだろう。


 だが、訝しんでいても話が進むはずない。


 それゆえ、藍大は同盟を結ぶかどうかは話を聞いてからにしようと判断した。

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