第36話 マトリョーシカみたいだな

 翌日の土曜日、藍大達は”レッドスター”から午後1時に迎えを出すと言われたため、午前中はダンジョンの探索をしていた。


 今日はマディドールが出ると聞くと、未亜が絶対に一緒に行くと言ったので探索メンバーは昨日と変わらない。


 麗奈と司は昨日シャングリラに野良の冒険者達が押し寄せたことから、今日も引き続き見張りを行っている。


 美容のためとマディドールを狩りまくった結果、今週もマッシブロックが現れた。


「マッシブメイスの力、見せてやるぜぇぇぇ!」


 マッシブロックを相手にするには、弓矢では威力が足りないので未亜は観戦モードに移行した。


 今戦っているのは、マッシブメイスがマッシブロックにも通用するのか試したくてうずうずしていた舞である。


「オラオラオラァ!」


 女性らしさなんて微塵も感じられないセリフを吐きながら、舞はマッシブロックをマッシブメイスでひたすら殴る。


「信じられるか? あれ、舞なんやで」


「知ってる」


 未亜がブルッと振るえながら言うと、藍大は慣れた様子で応じた。


 流石にこの1週間ずっと一緒にいれば、日常モードと戦闘モードの切り替わりにも慣れて来るというものだ。


 嬉々として殴る舞に対し、マッシブロックは恐れをなしてただのサンドバッグと化してしまい、倒されるまで大して時間はかからなかった。


 サクラやリルの手を借りず、舞単独でマッシブロックを討伐したのである。


 マッシブロックの残骸を回収した後、舞は藍大に魔石を渡した。


 リルもレベルアップしてから魔石を使った方が良いと判断し、この場では魔石を使わずに藍大達はボス部屋へと移動した。


 ボス部屋を倒さなければ地下1階には行けない。


 マディドールよりもレアなモンスターがいると思えば、早くフロアボスを倒しておきたいと思うのは当然だろう。


 ということで、藍大達は大して疲れてもいないので休むことなくボス部屋の扉を開けた。


 中に入ると、ママチャリよりも大きな縄文土器のような物体がボス部屋の中心にあった。


 ボス部屋にある以上、それがボスだろうと判断して藍大はモンスター図鑑を開いてステータスを確認し始めた。



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名前:なし 種族:マディポッド

性別:なし Lv:10

-----------------------------------------

HP:60/60

MP:120/120

STR:0

VIT:100

DEX:140

AGI:0

INT:90

LUK:20

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称号:1Fフロアボス

アビリティ:<泥玉マッドボール><泥囮マッドデコイ

装備:なし

備考:なし

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 (動かずに囮を作って泥の玉だけ飛ばしてくる。そういう認識で良さそうだな)


「舞、未亜、ここは俺達だけでやって良い?」


「良いよ~」


「ええで」


 許可を得ると、藍大はリルに指示を出した。


「リル、<三日月刃クレセントエッジ>で攻撃」


「オン!」


 藍大の指示を受けたリルが、<三日月刃クレセントエッジ>をマディポッドに向かって放った。


 それが命中すると、パキンという音と共にマディポッドが割れた。


 ところが、それで戦闘は終わらなかった。


「中からワンサイズ小さいマディポッドが出て来たよ!?」


「なんやそれ!?」


「マトリョーシカみたいだな」


 その藍大のコメントは間違っていない。


 マディポッドは<泥囮マッドデコイ>を使い、自分を覆う自分に似せた囮を用意していたのだから。


 リルが壊したのは囮の部分に過ぎないということだ。


 先程壊したのがデコイならば、今見えているものもデコイではないという保証がない。


 そう判断した藍大は、デコイごと本体もやっつけられる策を思いついて実行することにした。


「サクラ、マディポッドを<闇鎖ダークチェーン>で拘束して」


「は~い。逮捕しちゃうぞ~」


 掛け声に思うところがないでもないが、藍大はツッコまずにスルーした。


 闇によって形成された鎖がサクラの手から伸び、そのままマディポッドを拘束した。


「サクラ、マディポッドを空中から思い切り地面に叩きつけるんだ」


「うん!」


 サクラが頷いて空を飛ぶと、鎖によって繋がれたマディポッドも地面から離れて宙吊り状態になった。


 今のサクラならば、か弱そうな見た目に反してSTRは300を超えていて力持ちである。


 それゆえ、空中で鎖を振り回すことなんて容易くできてしまう。


 サクラはマディポッドをグルグルと振り回して遠心力を上乗せしてから、それを地上に向かって投げ付けた。


 勿論、破片が藍大にぶつからないように位置を考えている。


 地面に投げつけられた瞬間、マディポッドはバラバラの破片になった。


 割れた中から更に小さい破片が現れ、その中からもっと小さい破片が現れる。


 藍大が言った通り、マトリョーシカのように自分によく似せた囮を複数重ねていたようだ。


 しかし、藍大が全部空中から叩き落せば砕けるだろうという考えの前にはマディポッドも敵わなかった。


『リルがLv29になりました』


 システムメッセージがリルのレベルアップだけ告げた。


 (サクラがレベルアップするために必要な経験値が増えてるようだな)


 バンシーだった頃から2回も進化すれば、それ以上に強くなるために必要な経験値の量だって増えるのは自然だ。


 藍大の考え方は正しかった。


 マディポッドを倒したとわかると、サクラは地面に降りて藍大に抱き着いた。


「主、勝ったよ~!」


「よしよし、ちゃんと見てたぞ。サクラも強くなったなぁ」


「主の敵は私が倒す。他の女なんていらない」


 そう言いながらチラッと舞を見るあたり、サクラはかなり舞を意識しているらしい。


 リリスに進化したことで、今までよりも藍大への執着度合いが増したのは間違いないだろう。


「オン!」


「リルもありがとな。リルのおかげで簡単に倒す算段が付いた」


「オン♪」


 自分も忘れないでとアピールするリルに対し、藍大は忘れていないぞと頭を撫でて労う。


 マディポッドの破片等を回収したら、藍大達はダンジョンを脱出した。


 脱出してすぐに藍大は茂に連絡した。


『もしもし』


「茂、頼みがある」


『どうした?』


「さっきダンジョンに行ってマッシブロックを倒したんだが」


『ちょっと待て。お前、赤星さんと会う前にダンジョン行ったの?』


「時間は有効に使うべきだ。地下1階へのショートカットも開通させたかったし、今日を逃したら1週間後なんだぞ?」


 日本でも屈指のクランである”レッドスター”のクランマスターと会う約束をしているのに、しれっと空き時間でダンジョンに行く藍大に茂は戦慄した。


 だが、藍大の言い分も一理あると言えよう。


 今日を逃してしまえば、土曜日のダンジョンで地下1階へのショートカットを開通させるのは1週間後になる。


 来週も最初からダンジョン探索をするのは面倒なので、今日手短にショートカットを開通させたいと思うのは仕方のないことである。


 今はまだ午前11時にもなっていないのだ。


 迎えが来るまで十分時間も確保できているのだから、藍大からすれば小言を言われる筋合いはない。


『もういいや。それで、頼みってのはなんだ?』


「マッシブロックの素材で舞の鎧も新調してくれないか?」


『やっぱり惚れたのか?』


「マッシブメイスとマッシブシールドがあるのに、鎧だけ普通って気になるだろうが」


『それはまあ、確かに。わかった。そこは職人班に頼んでおこう。実際、職人班も鎧まで作りたそうにしてたし』


「だろ? よろしく頼む。それ以外の戦利品は薬師寺さん経由で売っておくから」


『了解』


 茂との電話が終わると、舞は感激しており、サクラはムスッとした表情になり、未亜はニマニマした表情で藍大を見ていた。


「藍大、ありがとう。私、鎧も大切にするね。藍大のことも体を張って守るよ」


「主、舞を贔屓するのは良くない。私もプレゼント欲しい」


「クランマスターもやるやん」


 (必要経費武器や防具をプレゼントと捉えるのはいかがなものか)


 そう思う藍大だが、女性陣にとってはその思考回路は理解してもらえないらしい。


「クゥ~ン」


「リルがいてくれると和むなぁ」


 大丈夫かと心配そうにするリルを見て、藍大はモフモフして癒された。


 その後、奈美に戦利品を売り渡し、藍大達は昼食を取って”レッドスター”の迎えが来る時間までスーツに着替えたりする等の準備をした。

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