第35話 良いニュースと悪いニュースがあるけどどっちから聞きたい?

 藍大達がダンジョンを脱出すると、シャングリラの外が騒がしかった。


「俺とお茶しませんか!?」


「お前みたいなブサイク相手にする訳ねえだろうが!」


「俺とオシャレなレストランでランチでもどうですか?」


「「「司さん!」」」


 (司目当ての奴がここまで来たのか。というか麗奈はどうした?)


 外から聞こえる声で何があったのか大体察したため、藍大は入口の方を見渡した。


 すると、いかにも冒険者らしい男達が司に群がっており、麗奈は入口の隅で膝を抱えて落ち込んでいた。


「なんやあれは?」


「司が麗奈よりモテてるせいで麗奈がいじけてる図」


「流石は開拓者だね~」


「正直轟とかいう女は好かんけど、この状況だけは同情したるわ」


 昨日遠征帰りにシャングリラへの帰宅を邪魔されたから、未亜は麗奈のことを良く思っていない。


 そうだとしても、1人の女として自分に見向きもせずに司に群がる男達のせいで、女としての自信を失ってしまった麗奈には未亜も同情を禁じ得ないようだ。


 しかし、司にとってみれば迷惑でしかない。


 自分は男だというのに女扱いされるのだから。


 だとしたら、DMUの制服を女物から男物に変えれば良いじゃないかと思う者もいるかもしれない。


 それは甘いと言わざるを得ない。


 司が男物の制服を着ていると、制服の配給が間違えたと詫びを入れられて強制的に女物に変えられてしまう。


 男性用の更衣室で着替えようものならば、他の利用者達にここは男が着替える場所だと心配そうに言われる悲しみを司以外が味わったことがあるだろうか。


 それはさておき、シャングリラの外に冒険者が集ると近所迷惑であり、隣のアイテムショップ出張所に移動することもできない。


 ここは大家として、”楽園の守り人”のクランマスターとしてビシッと言うべきだろうと判断し、藍大は舞達を連れてシャングリラの外に出た。


「近所迷惑だからどっか行ってくれる?」


「あん? 誰だってお義父さん!?」


「お義父さんじゃないって会見で言ったよな?」


「馬鹿野郎! お義父さんって呼ぶな! テイマーさんと呼べ!」


「撲殺騎士は良いとして、反対側にいるのはまさかサクラたん!?」


「ぶひゃあ、たまんねえ!」


 サクラを意識した途端、その場にいた男たちはサクラの<誘惑香フェロモン>にやられて目をハートにした。


「主が嫌がってるの。ここに二度と来ないで」


「「「・・・「「Yes, Ma'am!」」・・・」」」


 サクラに命じられた男達は、先程までしつこく司にアプローチしていたのにあっさりと撤退していった。


「サクラちゃん、ありがとう」


「お礼は良いよ。私は主の邪魔になる者をどかしただけだもん」


「流暢に喋ってる。藍大、もしかしてまた進化したの?」


「おう。リリムからリリスに進化した」


「それはまた芹江さんが驚きそうだ」


「違いねえ。それで、さっきの連中はどんな用だって? まさか、最初からってことはねえだろ?」


「はうっ!?」


 藍大の発言がダメージを負っていたメンタルに追い打ちをかけたらしく、麗奈が声を上げた。


「藍大、そんなこと言っちゃ駄目だよ。傷ついてるんだから」


「がはっ」


 舞がとどめを刺したようで、麗奈は横に倒れてピクピクと痙攣した。


「クランマスターも舞も死体蹴りなんて容赦ないなぁ」


 未亜は武士の情けと言わんばかりにそれ以上何も言わなかった。


 というよりも、もしも自分が司の隣で見張りをしていれば麗奈と同じ目に遭っていたかもしれないと思ったら何も言えなかったのだ。


 司は自分が何を言っても慰めにならないとわかっているので、麗奈の反応をスルーして藍大の質問に答えた。


「最初はケチケチせずに自分達もシャングリラのダンジョンに入れてくれって言って来たんだ。それで、断ったら僕がナンパされてた」


「すまん、どうしてそうなった?」


「僕に訊かないでよ・・・」


 わかるはずないだろと言外に言う司に対し、これ以上訊いてもどうしようもないと理解し、藍大は詫びてからスマホを取り出した。


 電話する先は、当然ながら茂である。


『もしもし、藍大か?』


「良いニュースと悪いニュースがあるけどどっちから聞きたい?」


『ハリウッド映画かよ。それじゃ悪いニュースからだ。最後に気分が悪くなるのは嫌なんでね』


「了解。シャングリラに押しかけて来た連中がいた。サクラのアビリティで追い返したが、記者会見でクランを立ち上げても抑止力が機能してねえ」


『そんな行き当たりばったりなことをするってことは、多分クランに入ってねえ奴等だな。写真とか撮ってないか?』


「撮ってねえ。・・・いや、待て。あるぞ」


 スマホで撮影していなかったから、藍大はすぐに撮ってないと答えた。


 しかし、思い当たることがあって前言を撤回した。


『撮ってるんだな?』


「シャングリラの監視カメラがある。あれはシャングリラに不審者が寄り付かねえように、結構前から設置してたんだ。あそこに映ってるなら、映像データを提出できる」


『でかした。データさえ送ってくれれば、今日押しかけて来た奴等に厳重注意ができる。それでも押しかけるようならば、資格停止処分も考える』


「あー、もう来ないんじゃねえかな」


『なんでだよ?』


 若干投げやりだが根拠がありそうな言い方だと思い、茂は藍大に理由を訊いた。


「それが良いニュースにも関わって来るんだが、サクラが今日の探索で進化してリリスになったんだ。その時に会得したアビリティで、シャングリラに来た連中を追い返したんだ」


『また進化したのか。藍大の戦力が増える分にはいい話だな。サクラは武力で追い返したのか?』


「いや、<誘惑香フェロモン>ってアビリティで帰るように誘導した」


『名前からして、誘導とか操作したことがわかるな』


常時発動型パッシブだから、頭悪そうな連中はサクラに命じられただけで虜になってあっさりと帰ったぜ」


『藍大、サクラちゃんに手を出すなよ?』


「出さねえって。ついでに報告すると、フロアボスのビルビートルと”掃除屋”のミミックの死体をこれから薬師寺さん経由で売るわ。原形は残ってるから、そっちで解析してくれや」


『それも良いニュースだ。至急こちらに運送してもらうよう手配しとく』


 解析班の茂からすれば、フロアボスや”掃除屋”の死体を解析できるのはありがたい。


 それゆえ、サクラがリリムからリリスに進化したことよりも茂にとってはビルビートルやミミックの死体が手に入ると聞いた時の方が喜んでいた。


 藍大からの用件は話終わったが、茂はまだ終わっていなかった。


『折角藍大から連絡をもらったから、今話したいことがある』


「良いニュース? それとも悪いニュース?」


『どっちとも考えられる。要は藍大次第だな』


「聞かせてくれ」


 茂の口振りから、これから聞くことになる話は無条件で良いニュースではないことがわかった。


 自分がどう考えるかによって、良いニュースにも悪いニュースにも化けると言われれば藍大の顔が引き締まるのも当然である。


『”楽園の守り人”に会談希望の連絡が入った。直接連絡してトラブルにならないようにDMUを経由するあたり、相手は本気で藍大達と話がしたいらしいぜ』


「それは個人なのか? クランなのか?」


『クランだ。藍大でも”レッドスター”って名前を聞いたことあるだろ?』


「流石に俺でも知ってる。三原色のクランは有名だからな」


 三原色のクランとは、現在藍大達にアポイントを取ろうとしている”レッドスター”と”ブルースカイ”、”グリーンバレー”のことだ。


 その他にもクランはあるが、日本で有名なクランはどこかと訊かれれば誰もが三原色のクランを口にするだろう。


『説明の手間が省けたな。それでどうするよ? DMUに連絡して来たのは、クランマスターの赤星さんだ。あの人ぐらいの影響力なら、直接そっちに連絡すると思ってたが慎重に動いてるぜ。会うも会わねえも自由だが、藍大はどうしたい?』


「用件次第だな。”レッドスター”がシャングリラのダンジョンに泊まり込みの探索をしたいって言われても迷惑だ。俺しかダンジョンのドアの開閉ができない以上、俺の時間が取られる羽目になるし」


『赤星さん曰く、シャングリラに入りたい気持ちはあっても無理強いするつもりはないし、話は別件らしい。詳細は会った時に話すと言われてる。あっちも不必要に情報を出したくなさそうだった。可能ならば、明日にでも話がしたいそうだ』


「だったら明日でどうだ? 話だけ聞く。場所の指定はあるのか?」


『赤星さんの自宅に招きたいってさ。来てもらえるなら迎えを出すと言ってた』


「了解。明日で良いなら行こう。こっちは俺と舞、サクラ、リルで行く」


『わかった。連絡しておこう』


 こうして、藍大達は明日”レッドスター”のクランマスターと会うことが決まった。

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