第34話 どうしよう、サクラの悪女化が止まらねえ

 扉を開けた先に待っていたのはハンドボール大の甲虫だった。


 しかし、その甲虫は大きさ以外にも普通ではない特徴があった。


 その特徴とは、全身がお札でコーティングされているというものだ。


 1万円札と5千円札、2千円札、千円札がこれでもかというぐらいべったり張り付いている。


 藍大はモンスター図鑑でそのモンスターの正体を調べ、すぐに共有した。


「ビルビートルだってさ」


「ビル要素ないよ?」


紙幣billでできた甲虫っちゅう訳やな。見たまんまやないか」


 舞はビルと聞いてビルディングのビルを思い浮かべて首を傾げたが、未亜は紙幣を英語に訳すとビルになると即座に理解した。


 舞は元レディース総長であり、高校時代は授業をサボりがちだった。


 未亜はサボることなく普通に通っていたので、学力の差がここで露呈した。


 そんな話をしていると、ビルビートルが藍大達目掛けて突撃して来た。


 直球勝負で突撃するビルビートルに対し、スイッチが入った舞が立ちはだかった。


「無駄だぞコラァ!」


 マッシブシールドで突撃の勢いを殺すように弾き、スピードが0になった瞬間に舞はマッシブメイスを振り抜いた。


 その結果、ライナーと呼ぶのが相応しい感じでビルビートルは吹き飛ばされた。


「サクラ、とどめを刺してきて」


「うん! それ~!」


 吹き飛ばされて背中から落ちたビルビートルに対し、サクラは藍大の指示を受けて<闇刃ダークエッジ>で腹を突き刺した。


 舞の攻撃で瀕死だったビルビートルは、サクラの容赦ない追い打ちによってHPが尽きた。


『サクラがLv30になりました』


『サクラが進化条件を満たしました』


『リルがLv28になりました』


 システムメッセージがレベルアップを告げ、サクラに至っては進化できることも藍大に教えた。


「サクラ、予想通りだ。また進化できるってよ」


「やった~!」


「サクラちゃん、また進化するの?」


「そうらしい。舞もお疲れ様」


「あれぐらい大したことないよ。装備の質が良いからね~」


 舞はドヤ顔だった。


 ビルが紙幣を意味するとわからなくとも、倒せれば全く問題ないと言いたげである。


「ボーっとしてる間に終わってしもた。舞とサクラちゃんが強いんか、ビルビートルが弱いんかわからへんで」


「前者だろ。あの突撃、喰らったのが俺だったら間違いなく大怪我してるぜ」


「・・・せやなぁ」


 藍大の全身を見て、未亜は貧弱だから無理もないという言葉を飲み込んでただ頷くだけに留まった。


 藍大はビルビートルの死体を回収した後、モンスター図鑑のサクラのページを開いた。


 その備考欄には、バンシーからリリムに進化した時のように進化可能の文字があった。


「サクラ、進化させるぞ」


「うん!」


 サクラが力強く頷くと、藍大は図鑑の進化可能の文字に触れた。


 その瞬間、サクラの体が光に包まれた。


 光の中でサクラのシルエットが大きくなり、女子高生から女子大生へと成長した。


 背中の蝙蝠の翼はサイズが少し大きくなり、服装はミニスカドレスと呼ぶべきシルエットに変わった。


 光が収まると、肩ががっつり見えて胸も強調された黒いミニスカドレス姿のサクラの姿があった。


 髪の色はピンクだが色がまた少し濃くなり、髪型はフィッシュボーンにアレンジされている。


 黒い翼をパタパタと動かすと、宙に浮くというよりもしっかりと飛んで藍大に抱き着いた。


「主、進化したよ。大人っぽくなったでしょ?」


「進化前よりも流暢に喋るようになったな」


『サクラがリリムからリリスに進化しました』


『サクラがアビリティ:<影鎖シャドウチェーン>を会得しました』


『サクラのアビリティ:<魅了チャーム>がアビリティ:<誘惑香フェロモン>に上書きされました』


『サクラのデータが更新されました』


 新たなスキルを得たとシステムメッセージが聞こえると、藍大は取っておいた魔石をサクラにあげることにした。


 藍大がサクラに魔石を手渡そうとすると、サクラは首を横に振った。


「主、食べさせてくれなきゃ駄目なの~」


「見た目が大きくなっても甘えん坊だな。ほれ、あ~ん」


「あ~ん。んん~♪」


 リリムだった時よりも艶やかな表情で魔石をゴクリと飲み込むと、サクラの胸のサイズが手に収まらないサイズに成長した。


「なんやて!?」


 貧乳を気にしている未亜にとって、魔石を取り込んでサクラがバストアップするという事実は見過ごせなかったらしい。


 弓を引くのに邪魔になるから、大きな胸があったらあったで困るというのにコンプレックスとは悩ましいものなのだろう。


『サクラのアビリティ:<影鎖シャドウチェーン>がアビリティ:<闇鎖ダークチェーン>に上書きされました』


 システムメッセージが止むと、藍大はすぐにサクラのステータスを確かめ始めた。



-----------------------------------------

名前:サクラ 種族:リリス

性別:雌 Lv:30

-----------------------------------------

HP:360/360

MP:520/520

STR:320

VIT:320

DEX:320

AGI:340

INT:360

LUK:580(+580)

-----------------------------------------

称号:藍大の従魔

   幸運喰らい

   掃除屋殺し

アビリティ:<幸運吸収ラックドレイン><闇刃ダークエッジ

      <誘惑香フェロモン><闇鎖ダークチェーン

装備:なし

備考:ご機嫌

-----------------------------------------



 (サクラってLUK以外バランス良いよなぁ。というか良い匂いがする)


 そう思いながらサクラの全身を見ていると、サクラが進化前よりも魅力的に。 


 (しっかりしろ。俺はサクラの主人なんだ。疚しい気持ちなんて持っちゃ駄目だ)


 藍大は原因を探るべく、深呼吸してからモンスター図鑑で調べた。


 すると、<誘惑香フェロモン>がその原因であると突き止めた。


 <魅了チャーム>の時はアクティブアビリティだったため、発動しようという明確な意思がなければ発動しなかった。


 ところが、<誘惑香フェロモン>はパッシブアビリティでそういう個性として常に発動してしまうものだった。


 その効果は異性を誘惑する物質を分泌し、異性にとってそれは良い匂いとして感じられる。


 熟練度が上がれば調整ができるようだが、進化して会得したばかりのサクラにはまだ<誘惑香フェロモン>を自由にできる程の熟練度はなかった。


 それゆえ、<誘惑香フェロモン>で藍大が誘惑されかけたのだ。


 ちなみに、誘惑された者は誘惑した者の言うことに逆らい辛くなり、意思が弱いと言いなりの奴隷のようになってしまったりする。


 (どうしよう、サクラの悪女化が止まらねえ)


「どうしたの主? どこか具合悪いの?」


 心配そうな口調だが藍大を誘惑しようと体を弄るサクラを見て、舞がサクラを引き剝がした。


「舞、なんで邪魔するの? 私は主の具合が悪くないか確かめてるの」


「藍大の貞操は私が守る」


「舞はいつも邪魔をする。私と主の家にずけずけと入って来るし」


「オン?」


「大丈夫だ。俺は忘れてないからな」


 あれ、自分のこと忘れてられてるかもとリルが首を傾げると、藍大がリルの頭を撫でる。


「主は私のものなの」


「藍大の独占は駄目。とにかく駄目。絶対駄目」


「ほっほ~。クランマスター、モテモテやないか」


「揶揄ってる暇があるならサクラと舞を止めてくれない?」


「ウチ、自分よりも胸のある女がいなくなる分には困らへんから」


「なんてことを言うんだ!?」


「オン!?」


 藍大もリルも、未亜の言い分に驚かずにはいられなかった。


 そんなことを言ったら、地球上からほとんどの女性がいなくなっても見て見ぬふりをすると言っているようなものだからだ。


「何か失礼なことを考えとるな? そうやろ? 白状してみいや」


 未亜が苛立ちを込めた言葉を藍大に向けて吐くと、サクラと舞が無言で睨み合うのを中断して藍大を守るように間に割って入った。


「未亜、それ以上はいけないよ」


「そうだよ未亜ちゃん」


「くっ、ウチの前に立ちはだかる壁が大きいで。って誰の胸が壁のようや!」


「「「言ってない」」」


「オン」


 未亜のノリツッコミに対し、未亜以外の全員の意見が一致した。


 幸い、未亜のおかげで険悪な空気が落ち着いたので藍大達はダンジョンを脱出した。


 もっとも、ダンジョンから脱出した藍大は両腕をサクラと舞にがっしりと抱かれており、互いに藍大は自分のものだと争っているのは言うまでもない。

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