第33話 圧倒的やないか、我が軍は

 翌日の金曜日、今日から5月となる。


 冒険者は自営業だから、休もうと思えばゴールデンウイークは4月末からがっつりやすむことだってできる。


 とはいえ、冒険者としてダンジョンに挑める間に稼いでおかなければ、引退した後に貧しい生活を余儀なくされる。


 だから、勤勉な冒険者は今日も今日とてダンジョンに行く。


 それは藍大だって変わらない。


 藍大の場合、家賃収入がメインであり冒険者は副業だ。


 しかし、サクラやリルの食費だってかかるし、今後従魔を増やさないとも限らない。


 そう考えると、稼げるときに稼いでおきたいので今日もダンジョンに行くのは当然という考えだった。


 さて、ダンジョンの探索準備を済ませた藍大は、サクラとリルを連れて101号室の前で舞と未亜と合流した。


 今日は未亜にシャングリラのダンジョンを紹介するということで、一緒に探索するのである。


 とりあえず、試しに未亜が101号室のドアノブを捻った。


「普通の101号室やな」


「俺以外にとってはな」


 未亜が閉めたドアを藍大が開けると、101号室の中は洞窟の見た目へと変わっていた。


「ホンマにおもろいことになっとんなぁ」


「俺は大家なのに101号室から自由に物を取り出すことができなくなった。大家としては支障しかない」


「冒険者としては?」


「家賃以上の稼ぎがあるからありがたい」


「それならええやんか」


「まあな」


 一方的に損しているのではなく、得にもなっているならば良いではないかという未亜の意見はもっともである。


 さて、ダンジョンの中に入って早々に藍大達はマネーバグの集団に出迎えられた。


 これにより、シャングリラのダンジョンが1週間サイクルの日替わりダンジョンであることがわかった。


「マネーバグやないか! ぎょうさんおるやんけ!」


「主、あれ、悪い奴! 倒す!」


 未亜はレアなはずのマネーバグが雑魚モブ並みに現れたことに驚き、サクラは過去に袋叩きにされたことからリベンジが済んでもマネーバグを嫌っていた。


「じゃあ早速」


「ちょい待ち」


「未亜?」


「最初の一撃はウチに任せてもらえんか? クランメンバーになったんやし、ウチの実力を見せたるわ」


「それなら任せた」


 未亜に自由に探索してもらうにしても、未亜の実力がわからなければ不安が残る。


 それゆえ、藍大は未亜にこの場を任せることにした。


 未亜は素早く弓を構え、押し寄せるマネーバグ達を狙って矢を放った。


 驚くべきことに、マネーバグはいずれも小さいにもかかわらず、1回矢を放っただけで3体は貫通させて仕留めた。


「お見事」


「せやろ」


 得意気に胸を張る未亜だが、まだまだマネーバグはたくさんいる。


 舞達が藍大に戦う許可を求めた。


「藍大、私もやって良いよね?」


「主、私、あいつら、倒したい」


「オン!」


「よろしい。やってしまえ」


 藍大はこれ以上待機させる理由がないのでGOサインを出す。


「よっしゃオラァァァ!」


「えいっ!」


「オン!」


「圧倒的やないか、我が軍は」


「未亜のじゃなくて俺のだ。つーか負けフラグめい」


「大丈夫や。妹が背後におらんからな」


 戦闘モードの舞、<闇刃ダークエッジ>を使うサクラ、<三日月刃クレセントエッジ>を放つリルを見て未亜が余計なことを言うと、藍大が待ったをかける。


 未亜はフラグなんて問題ないと根拠を述べ、藍大はやれやれだと小さく息を吐いた。


 実際のところ、藍大達がマネーバグに苦戦するはずもなく、あっさりとボス部屋の前までマネーバグを倒して来れた。


 ただし、ここからが注意すべき展開である。


 既に多くのマネーバグを屠ったため、いつ”掃除屋”が現れてもおかしくない。


 藍大がそう思った時には、藍大達をボス部屋の扉と挟むようにしてそれがいつの間にか現れていた。


「”掃除屋”なのか?」


「これはまた絵に描いたような宝箱やないか」


 未亜が言った通り、現れたのは漫画等でよく見る宝箱だった。


 しかし、今までの傾向からそれがただの宝箱とは思えなかったため、藍大はすぐにモンスター図鑑を開いて出現した宝箱のステータスを確認した。



-----------------------------------------

名前:なし 種族:ミミック

性別:なし Lv:15

-----------------------------------------

HP:190/190

MP:220/220

STR:220

VIT:200

DEX:250

AGI:0

INT:0

LUK:200

-----------------------------------------

称号:掃除屋

アビリティ:<毒噛ポイズンバイト><偽金フェイクマネー

装備:なし

備考:なし

-----------------------------------------



 (マッシブロックよりも硬い宝箱ってなんだよ)


 ミミックのVITがマッシブロックのVITを超えていたので、藍大がそんな風に思うのも当然だった。


「あん中にお宝入ってるんやろか?」


 未亜がそう言った瞬間、宝箱ミミックが開いてその中からピカピカに光る金貨が露出した。


「丸儲けや!」


「待った」


「なんやの?」


「それ、偽物だから。<偽金フェイクマネー>で作ったんだ。こいつはミミックなんだ」


「なん・・・やと・・・」


 未亜が希望のある未来を想像していたところから絶望の淵に落とされ、膝から崩れ落ちた。


 それを見た宝箱ミミックの蓋に目がぱっちりと現れ、下卑た笑みを浮かべた。


「あいつ、未亜が引っ掛かったことで喜んでるな。サクラ、<幸運吸収ラックドレイン>だ」


「は~い! いただきま~す!」


 サクラが<幸運吸収ラックドレイン>でミミックのLUKを吸い尽くすと、ミミックの中にあった金貨から光が失われて黒くなった。


 どうやら金貨はLUK依存だったらしい。


 不幸LUK=0になったことを金貨が藍大達に教えてくれた。


「藍大、倒して良い?」


「舞も待ってくれ。あいつ、<毒噛ポイズンバイト>なんて持ってやがる。近づいて噛まれたら毒を喰らうから、ここは俺達がやろう。リスクを負う必要はない」


「うん。わかった」


 舞がいつでも殴れるという表情で藍大に訊ねるが、藍大はミミックの狡猾なアビリティを理解している。


 それゆえ、わざわざミミックの射程に入らずとも戦えるので、舞の身を案じて待ったをかけた。


 舞も自分のことを心配してくれたとわかって悪い気はしないから、素直にこの場は藍大に任せることにした。


「という訳で、サクラとリルにここは任せよう。遠くからやっちゃってくれ」


「えいっ!」


「オン!」


 藍大の指示に従い、サクラは<闇刃ダークエッジ>で、リルは<三日月刃クレセントエッジ>でミミックを遠くから攻撃した。


 2体には”掃除屋殺し”があるから、普通の戦闘時よりも全能力値が高まっている。


 AGIが0のミミックは動くことができず、藍大達が近寄ってもくれないので攻撃することもできない。


 ただ自分がダメージを一方的に受けるだけだ。


 1分もかからずにミミックはHPを全損して沈黙した。


『おめでとうございます。従魔の能力値の1つが初めて1,000に到達しました』


『初回特典として本日の戦闘で会得した経験値が倍になって従魔に与えられます』


『サクラがLv27になりました』


『サクラがLv28になりました』


『サクラがLv29になりました』


『リルがLv25になりました』


『リルがLv26になりました』


『リルがLv27になりました』


 (えっ、初回特典って何それ?)


 想定外のシステムメッセージの内容に藍大は驚いた。


 1,000を超えた能力値とはサクラのLUKだ。


 サクラが”幸運喰らい”の効果でLUKが2倍になり、ミミックのLUKを<幸運吸収ラックドレイン>で奪ったことでサクラのLUKが1,000に到達した。


 それが理由でサクラとリルはレベルが3ずつ上がった。


 どんな基準で特典があるのかはわからないが、藍大は得をした気分になった。


「サクラ、リル、よくやった」


「エヘヘ~♪」


「オン♪」


 藍大に褒められて頭を撫でられれば、サクラもリルもご機嫌になった。


 その後、ミミックの解体をしようとした藍大達だったが、ミミックの中には魔石が1つ入っているだけで、毒のある牙に触れないように回収する必要があった。


 黒くなった金貨はLUKで輝きが代わるが、実体はMPによって創造されたものだったのでミミックが倒れたら消えてしまったのだ。


 魔石は藍大が貰い、ミミックの死体は解体せずにそのまま持ち帰って茂に解析してもらうことにした。


「主、魔石、欲しい」


「サクラは欲しがりだな。だがちょっと待ってほしい」


「どうして?」


 小首を傾げるサクラが可愛いので、藍大は魔石を今すぐあげても良いのではと一瞬迷ったが、首をブルブルと横に振って耐えた。


「今度がサクラの番だってことは約束する。だけど、もうすぐLv30だろ? Lv30でサクラは進化できるかもしれない。どうせ魔石を使うなら、進化した後の方が新しいアビリティを強化できる可能性があるじゃないか」


「わかった! 主、預ける!」


「良い子だ」


 藍大が意地悪をしているのではなく、自分のためを思ってくれているとわかればサクラが首を縦に振るのは当然だ。


 サクラが納得したことで、魔石を上げるのは進化後に決まった。


 そして、藍大達は目の前にあるボス部屋の扉を開けてフロアボスに挑むことにした。

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