第32話 そんな野蛮なプロポーズがあって堪るかい!

 戦利品の売却を終えて藍大達が昼食を済ませると、102号室のインターホンが鳴った。


「もっしも~し、ウチやでウチ」


「ウチウチ詐欺は回れ右でよろしく」


「大家はんわかっててそんなこと言わんといて」


「冗談だ。どうぞ」


 ドア越しのおふざけはすぐに終わり、藍大がドアを開けると上下スウェットで髪を後ろで結んだだけの未亜が102号室に入って来た。


 未亜は102号室に入ってすぐに舞の姿を見てニヤニヤし始めた。


「大家はん、ウチお邪魔やった? お邪魔やったからつれない態度だったんやろ? お姉さんに言うてみいや。ん?」


「未亜ちゃん、私は財布と胃袋を藍大に預けてるの。だから、藍大やサクラちゃん、リル君とご飯を食べてたんだよ」


「ほ~、ウチの知らん間に名前で呼び捨てで呼ばれとるやないの大家はん」


「舞、余計なことを言わなくて良いから。天門さん、ここに来たのはクランのことを聞きに来たからじゃねえの?」


 絡み方が親戚が集まった時に絡んでくるおじさんと同類なので、藍大はやれやれと言わんばかりに首を振った。


「せやったわ。ウチはそれが聞きとうてここに来たんやった」


「端的に言うと、シャングリラにダンジョンが出現して利権に食い込もうとして来る輩を牽制するために”楽園の守り人”を立ち上げた」


「ウチも遠征の合間に掲示板追っとったから、大体はわかっとんねん。気になんのはホンマに大家はんが開けへんと101号室の中がダンジョンにならへんのかっちゅうこっちゃ」


「未亜ちゃん、それは私が保証するよ。私や麗奈、司が開けてもただの101号室なのに、藍大が開けるとそこはもうダンジョンなの」


「信じられるか? 俺、大家なのに他の住人の力なしには101号室に入れなくなったんだぜ」


「なんやけったいなことになっとるなぁ」


「せやろ?」


「これ大家はん、関西人の真似なんて寒い真似したらあかんで」


「ごめんやす」


「・・・アンタはどこへ向かっとんねん」


 藍大がボケを重ねると、未亜は苦笑いした。


「ついこの前まで冒険者資格を持った大家だったのが、気づいたらクランマスターだからなぁ。最強でも目指そうか」


「止めとき。身体能力は一般人と大差ないんやろ? 大家はんがガチ勢に挑んだら吹っ飛ばされて死ぬで。ウチ、そんなところは見たくないで」


「主、私、守る」


「オン」


「サクラちゃん、ホンマに喋るんやなぁ。というか、大家はんって何体までモンスターを使役できるん?」


 サクラが言葉を話すのを生で見てしみじみ言う未亜だったが、ふと思いついた疑問を藍大にぶつけてみた。


 質問された藍大は、腕を組んで悩むポーズを取った。


「どうなんだろ?」


「いや、ウチが訊いたんやで。質問を質問で返さんといてえな」


「使役できる限界とか考えたことなかったし、従魔士の職業技能ジョブスキルが覚醒した時に何体までテイムできるなんて情報はなかったんだよ」


「まさか、やろうと思えばどんだけでもテイムできるんか?」


「2つの理由からそれは無理だな」


「2つ? 言うてみてや」


 限界がわからないはずなのに自分の考えを否定されたため、未亜はその理由を説明するよう促した。


「まず、俺がモンスター図鑑をモンスターに被せないとテイムできないから。俺の身体能力じゃ、1人でモンスターをテイムできるチャンスがどれだけあるか」


「サクラちゃんの時は偶然できて、リルの時は協力者がおったんやな。けど、それは後者の例と同じように協力さえしてもらえればいくらだってテイムできるってことを否定するには弱いで」


「そこにもう一つの理由が加わるんだ」


「なんや?」


「数が多過ぎると食費が足りなくなる」


「全員に食わせるつもりなんかい!」


 未亜のスナップを利かせたツッコミが入った。


「サクラやリルは俺の飯を楽しみにしてるんだ。他の従魔だってテイムしたら食べたがるに決まってる。なのに亜空間に返してご飯抜きは良くねえだろ。良くねえよ」


「私、主、作る、ご飯、好き!」


「オン!」


「私も好き!」


「ちょい待ち。なんや1人従魔じゃないのが入っとったで」


 サクラとリルに便乗して舞も言うと、未亜が待ったをかけた。


「さっき舞が言ってただろ。財布と胃袋を預けてるって。舞から食費を貰って俺が舞の食事も毎回作ってんだ」


「そういう意味やったんか。それもう夫婦やん」


「夫婦か~。それも良いかもね~。藍大って甲斐性あるし、作ってくれるご飯美味しいし」


「・・・ウチが言い出したんやけどホンマか?」


「私はありだと思うよ~。私のメイスと盾、藍大が”掃除屋”の素材で作った物をプレゼントしてくれたの。これが婚約指輪でも良いかなって」


「そんな野蛮なプロポーズがあって堪るかい!」


 (落ち着くんだ俺。なんだかわからねえけど舞が俺と結婚しても良いとか言い始めたぞ。マジで?)


 藍大は黙りながらもしそれが現実になったらと妄想を膨らませた。


 舞の料理を作り、その他にも甲斐甲斐しく舞の世話をする自分の姿が思い浮かんだ。


 (完全に俺が主夫だ。ご飯にする、お風呂にする、それとも・・・のくだりが期待できない!)


 残念ながら、藍大は舞がエプロンを着て自分の帰宅時にそんなセリフを言われる姿を全く想像できなかった。


 むしろ、自分がそれを言う側のように思えてならなかった。


「主、私の!」


「オン!」


 そこにサクラとリルも参戦する。


 自分のことを大切にしてくれる主人が結婚してしまえば、自分に向けられていた愛情が減ってしまうのではないかと恐れたのだ。


 今の藍大に変わってほしくないというのがサクラとリルの正直な気持ちだった。


「愛されとるなぁ大家はん」


「ん? ああ、そうだな」


「さては舞とピンク色なこと妄想しとったんやろ?」


「俺が主夫として甲斐甲斐しく舞の世話をしてる風景しか想像できなかった」


「・・・せやなぁ」


 言ってみたけれど藍大の言う通りだったので、未亜は藍大の肩をポンポンと叩いた。


 とりあえず、本題から話が逸れ過ぎたので藍大が元に戻した。


「クランの話に戻るぜ。”楽園の守り人”は俺がクランマスター、舞がサブマスターだ。クランメンバーは麗奈と司、薬師寺さんがDMUからの出向扱いで在籍してる」


「過半数がDMUやん。ズブズブの関係やんなぁ」


「その方が変にちょっかいかけられなくて済むだろ?」


「それは言えとる。・・・なあ、ウチも”楽園の守り人”入りたい言うたら入れてもらえるん?」


 少し考えた後、未亜は藍大に自分も”楽園の守り人”に入れるか訊ねた。


「条件を呑めるなら良いよ」


「ウチの体は安くはないで!」


「えっ、タイプじゃない」


「ウチの体を張ったボケにマジレスすな! ボケられたらボケ返そうと思ったのになんでウチがダメージ受け取んねん!」


 哀れな未亜は藍大に真顔で返事をされて心にダメージを負った。


「条件ってのは」


「ウチのボケ放置して進むんかい!」


「ボケなんだから良いだろ?」


「はぁ・・・。ええで。続けてや」


 独り相撲だったとわかってどっと疲れを感じた未亜は、手を振って話を進めてくれと言った。


「よし。条件ってのは俺がシャングリラを管理するのに不利益なことをしないことだ。シャングリラのダンジョンの成果物を薬師寺さんのアイテムショップ以外で売ることは禁止だし、クランで手に入れた情報を他所に流そうとした時点で除名。ついでにDMUに報告してペナルティーを課すことになる」


「ひぇっ、クランに加入して裏切ったら今後の冒険者生命は終わりやんけ」


「でも、それ以外に特に縛りはない。舞の仕事は俺の護衛がメインだけど、天門さんに護衛の役割は頼むつもりはないぜ。気が向いた時だけ俺達と探索してくれれば良い」


「気が向いた時だけってのはありがたいけどなんでなん?」


「だって、天門さんって縛られるの嫌いでしょ。腕は確かなのにどこのクランにも所属してないじゃん。それってそーいうことだろ?」


「せやな。その通りやで。けどホンマにその条件でええんか?」


 藍大から提示された条件は、未亜にとって悪いものではなかった。


 藍大に指摘された通り、未亜は自由を好む。


 クランに入ってしまえば、そのクランの方針に従わねばならない。


 その方針が自分の方針と違ったとしても従わねばならないのだ。


 腕が良い弓士ということで、未亜を囲おうとするクランは少なくない。


 しかし、未亜はそんな状況にうんざりして”楽園の守り人”へ入りたいと考えた。


 ”楽園の守り人”は藍大に迷惑さえかけなければ自由を保障されている。


 ちょっかいを出す者も少ないとなれば、自分への勧誘もシャットアウトできるだろう。


 それは未亜にとって悪い条件のはずがない。


「別に構わんよ。それに、同じシャングリラに住んでるのにハブってのはする方もされる方も嫌じゃん?」


「・・・プッ。間違いないわ。天門未亜、”楽園の守り人”でお世話になるで。クランマスター、ウチのことは未亜と呼んでくれや」


「未亜、これからよろしく」


「おう。よろしゅう頼むで」


 藍大と未亜が握手し、未亜が”楽園の守り人”に加入した。

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