第31話 おやおや、こんなところに油性ペンがあるぞ

 藍大達がダンジョンを脱出すると、舞が麗奈が藍大に支えられていることに気づいて駆け寄って来た。


「藍大、麗奈に何があったの!?」


「慌てる必要はない。酔っぱらって寝てるだけだ」


「・・・え?」


「信じられないかもしれないが、麗奈は酔っぱらって寝てるんだ」


 ワンテンポ遅れてどうにか反応したが、それでも聞き間違えたのではないかと舞は訊き直した。


 舞の気持ちは非常によくわかるので、藍大もなんとも言えない表情でもう一度同じことを言った。


 そうなると、舞の頭に次に浮かぶのは疑問だった。


「なんで?」


「3行で説明しよう。ドランクマッシュの<酒霧リカーミスト>の混じった空気で麗奈が酔っ払って独断専行で俺達置いてきぼり。見つけたらドランクマッシュの群れの死体の中心で寝る麗奈を発見。麗奈を背負って”掃除屋”とフロアボスを倒して帰宅」


「藍大の護衛してないの!?」


「そう、まったくもって役に立たなかった。サクラとリルがいかに頼れる存在か改めてわかったわ」


「エヘヘ~♪」


「オン♪」


 藍大に頼りにされていると言葉にされ、サクラもリルもとても嬉しそうだった。


「もう、私が気を遣って交代してあげたのは護衛込みで体を動かすって前提があったからなのに~」


「茂にクーリングオフできないかな? いや、開封同行したから無理か?」


業務護衛中に酔っぱらって暴走したって言えば送り返せるんじゃないかな?」


「返却できないなら、ダンジョンに潜るのを禁止してしばらく見張りだな」


「異議なし」


 藍大と舞が真剣に麗奈の処遇について話し合っていると、201号室から司が降りて来た。


「藍大、舞、騒がしかったけど何が・・・。あっ、うん、大体察した」


 司は何があったのか理解できた。


 何故なら、麗奈が二つ名を手にした時の状況に似通った点があったからだ。


「わかったのか司?」


「ダンジョンで何と遭遇したのかはわからないけど、麗奈が酔っ払って暴走した後寝ちゃって藍大達に多大なる迷惑をかけたことはわかった」


「大体合ってる。流石は同僚。今回の件、茂に言ったらクーリングオフできると思う?」


「んー、難しいと思う」


「その心は?」


「藍大がダンジョンで危機的状況に遭ってないから。本部で遊ばせておくぐらいなら、ここで見張りでもさせてた方がマシって判断されると思う」


「「やっぱり」」


「なんだ、2人もそう思ってたんだ?」


 司の問いに藍大も舞も無言で頷いた。


 それでも、藍大は麗奈のことで物申したいから茂に連絡することにした。


 麗奈をシャングリラに寝かせると、藍大は茂に電話した。


「もしもし」


『藍大か。どうした?』


「飲猿が職務放棄して酔っぱらって寝たんだが」


『・・・はぁぁぁ。事情を話してくれ』


 茂は大きく溜息をつくと、藍大に事情の説明を求めた。


 かくかくしかじかと藍大が説明すると、茂は本当に申し訳なさそうに謝った。


『すまん。それだけじゃ返品は受け付けらない。戦力になることは間違いないんだ。まさかドランクマッシュが出て来るとは予想外だったが、それ以外でダンジョンで酔っぱらう可能性は低い。そうなると、DMUも隊員が潤沢って訳でもないから来月の給料を20%カットして派遣を継続ってのが落としどころだな』


「給料20%カットか。せめてそれぐらいの罰がなきゃ駄目だわな。ついでにしばらくはダンジョンに入るの禁止して門番やらせといても良いよな?」


『おう。ダンジョンで手に入れた素材の売却代金は麗奈と司の基本給に上乗せされるからな。カットした分をダンジョンで取り返すんじゃ罰にならない。藍大、1ヶ月は門番扱いで良いぞ』


「そうさせてもらおう。麗奈の件はこれぐらいにして、今日の戦利品は薬師寺さん経由で売却しとくわ」


『よろしく頼む』


 茂との通話が終わると、舞が藍大に話しかけた。


「どうだって?」


「俺達の予想通りな部分は1ヶ月門番。茂が追加で言って来た罰としては来月の給料が20%カット」


 その言葉を聞いた瞬間、司が藍大に詰め寄った。


「それは麗奈だけだよね!?」


「安心しろ。麗奈だけだ」


「良かったぁ」


 麗奈のせいで自分まで給料が下がったとなればやっていられない。


 そう思った司は心底ホッとした表情になった。


 その時、藍大はある物が司の胸ポケットに入っていることに気が付いた。


「おやおや、こんなところに油性ペンがあるぞ」


「あっ、気づいた? 実は藍大が電話してた時に取りに戻ってたんだ」


「お主もわるよのう。これはつまりそういうことだな?」


「そういうことだよ」


 藍大と司は具体的なことを何も言わずに通じ合った。


 しかし、舞はピンと来ていなかったのでムッとした表情になった。


「ず~る~い~。私にもわかるように教えてよ~」


「OK。やらかした奴が人の前で居眠りこいたらどうなるよ司?」


「顔に落書きされるね」


「という訳だよ」


「なるほど! 私に書かせて!」


 ようやくピンと来た舞は、麗奈の顔に落書きする役目を志願した。


「良いよ。舞に任せよう」


「藍大がそれで良いなら僕も構わないよ」


 藍大と司の合意を得ると、舞は司から油性ペンを受け取ってキャップを外した。


 そして、舞は麗奈の額に酒と書いた。


「完成!」


「ブフッ」


「ちょ、直球だね」


 舞の落書きに藍大が吹き出し、司は必死に笑いを堪えていた。


「こういうのは下手にごちゃごちゃ描くよりも、シンプルにズバッと決めた方が良いんだよ~」


「舞さん流石っす。マジパねえっす」


「藍大はなんで三下風なのさ」


 口調を三下風に変えて麗奈の落書きされた顔をスマホで連写する藍大に対し、司がツッコみつつ自分もスマホで連写していた。


 顔に落書きされて写真まで撮られる段階になると、麗奈も武闘派の超人なので目が覚めないはずがない。


「う~ん。あれ、ここはどこ? ダンジョンにいたはずじゃ」


「麗奈はドランクマッシュにやられてダンジョン内で寝てたんだよ。それを藍大が回収してここにいる」


「ドランクマッシュ・・・。思い出したわ。私、頭がぼ~っとした中で現れたドランクマッシュを倒しまくったの。倒したら気が遠くなって、気が付いたらここにいたわね」


 司に言われ、麗奈はダンジョンでの出来事を思い出した。


 どうやら記憶がなくなるまで酔っぱらっていた訳ではなく、なんとなく記憶が残る酔い方をしたらしい。


「麗奈が藍大を放置して大暴れするから、”掃除屋”を倒すのも1階のフロアボスを倒すのも藍大達がやったんだからね? わかってる?」


「・・・ごめんなさい」


「僕に謝ってどうするのさ」


「藍大、サクラ、リル、ごめんなさい」


「ひとまず無事で良かったけど、おって沙汰があるものと覚悟いたせ」


「何故に後半が時代劇風?」


 司は藍大にツッコミを挟まずにはいられなかった。


 麗奈はそれをスルーして舞にも頭を下げた。


「折角気を遣ってもらったのにごめん」


「まったくだよ。ペナルティーがあるのは覚悟しといてね」


「わかったわ」


 今回は全面的に自分の不注意が招いたことなので、麗奈は舞に反論できるはずがなかった。


 とりあえず、麗奈へのお説教が終わると司が舞と見張りを交代し、ダンジョン探索メンバーに舞が加わってシャングリラの隣にあるアイテムショップの出張所に移動した。


 藍大達が出張所の中に入ると、待機していた奈美が麗奈の額を見て吹き出した。


「ブフッ!」


「大丈夫?」


「だ、大丈夫です。ブフッ! アハハッ!」


 奈美は麗奈の額に書かれた酒の文字がツボに入ったらしい。


「なんだか私を見て笑われてる気がするわ」


「気のせいだろ」


「酒のせいじゃない?」


「言えてる」


「トイレを借りるわ」


 自分が奈美に笑われていると悟ると、麗奈はすぐに出張所内にあるトイレに駆け込んだ。


 その数秒後、麗奈の悲鳴が響き渡った。


 悲鳴を上げた後、顔を真っ赤にして戻って来た。


「誰が私のおでこに酒って書いたのよ!?」


 麗奈の問いに対し、藍大達は全員目を逸らした。


「藍大? 舞? 司?」


「えっ、ドランクマッシュにやられたんじゃないの?」


 藍大は大まじめな顔でそんな風に言ってのけた。


「どこの世界に油性ペンで顔に酒って落書きするドランクマッシュがいるのよ!?」


「いないとは限らない。それを言うんだったら、どこの世界の護衛が職務放棄してダンジョン内で酔っぱらって寝てるんだよ?」


「ぐぬぬ・・・」


 反論できない麗奈は犯人捜しを止め、トイレに籠って顔を洗うことにした。


 その間、藍大達は今日の戦利品を奈美に買い取ってもらった。


 麗奈が藍大達と合流した時、麗奈の額の酒の文字が滲んでホラー映画のようだったのは仕方のないことだろう。

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