第26話 だがちょっと待ってほしい。これは俺の指示じゃない

 翌日の水曜日の朝、藍大達はスーツ姿でDMU本部にいた。


 茂が手配したタクシーに乗って移動したのだ。


 DMU本部に来たのは藍大と舞だけである。


 麗奈と司は、藍大不在の間にシャングリラにちょっかいを出そうとする者が出て来ても対応できるように留守番している。


 奈美は昨日貰ったパイロリザードの血やヒートエイプリーダーの脳味噌を使い、薬の制作に取り組んでいる。


 サクラとリルは一時的に亜空間に入っており、記者会見の時までは姿を隠している。


 これはDMU本部に移動する前に姿を見せると、記者会見が始まるよりも前にマスコミが動き始めてしまうからだ。


 藍大がDMU本部の応接室で記者会見の待機していると、茂がそこにやって来た。


「よう。馬子にも衣裳ってか」


「人のスーツ姿見てディスんなし」


「ディスッてねえよ。緊張してるんじゃねえかって心配は不要だったな」


「おう。はな」


「問題は立石さんか」


 茂は苦笑した。


 藍大は応接室でリラックスしているというのに、舞はとてもソワソワしてあっちこっちを歩いている。


「舞、慌てたってしょうがないじゃん」


「記者会見なんてモンスターと戦うよりも楽だろ?」


「モンスターと戦ってる方がマシだよ~」


「「えぇ・・・」」


 いや、命の危険がない記者会見よりもモンスターとの戦闘の方が楽と考えるのは、ある意味舞らしいのではないだろうか。


「いっそのこと、マスコミをモンスターだと思ってみたら?」


「それは不味くね? メイスで殴りかかったりしないか?」


「大丈夫だろ。メイス持って来てないし」


「ねえ、私のことなんだと思ってるのかな?」


「「ごめんなさい」」


 迫力のある笑みを向けられると、藍大も茂も素直に謝った。


「でも、2人のおかげで少し気分がマシになったよ。ありがとう」


「それは良かった」


「基本的に話すのは藍大だ。舞は隣でニコニコ笑ってればOKだ。自己紹介するのと質問が来た時だけ答えてくれ」


「うん。わかった」


「さて、そろそろ時間だ。会場に行くぞ」


 10時から記者会見なので、藍大と舞は茂に連れられて会場に向かった。


 途中で本部長とも合流し、4人はそのまま会場に入った。


 その瞬間から、シャッター音が鳴り始めた。


 茂が司会の位置に付き、藍大と舞、潤は大勢のマスコミの正面に座った。 


「それでは定刻となりましたので、記者会見を始めます。本日の司会を務めます、私はDMU解析班主任の芹江と申します。よろしくお願いします。それでは、最初に本部長からお話があります」


 潤はマイクを手に取ると、お辞儀してから話し始めた。


「皆さんおはようございます。DMU本部長の芹江です。今日は新たなクランの立ち上げを発表するべくこの会見を開かせていただきました。皆さん、新たに発足するクランをどうか温かく見守って下さい」


「本部長、ありがとうございました。次に、新たなクラン、”楽園の守り人”のクランマスターに就任した逢魔藍大よりご挨拶があります」


 茂に振られると、藍大はマイクを手に取った。


「皆さんこんにちは。私が”楽園の守り人”のクランマスター、逢魔藍大です。決してお義父さんではありませんので、その点気を付けていただきますようお願い申し上げます」


 その瞬間、会場内で吹き出す者が続出した。


 舞や潤は必死に笑いを堪えており、茂は予定にないことを言うんじゃないと内心イラついていたがどうにか冷静を装った。


 元々は普通に名乗るだけだったはずだが、藍大は最初にお義父さんではないと言っておかないといけないのではないかと思って付け足したのだ。


 その結果がこれである。


「はい、ユニークな自己紹介ありがとうございました。続いてクランのサブマスターからもご挨拶があります」


「ご紹介にあずかりました”楽園の守り人”のサブマスター、立石舞です。クランマスターである逢魔と共に”楽園の守り人”を盛り上げて参ります。よろしくお願いします」


 こちらは予定されていたセリフと一言一句変わらない。


 やはり注意すべきなのは藍大であると茂は思った。


 それから、藍大がクラン立ち上げの経緯を説明して質疑応答の時間へと移った。


「これより質疑応答の時間といたします。質問のある方は挙手をお願いします」


 茂がそう言った瞬間、一斉に手が上がった。


 どこもほとんど同時のように思えたが、茂はその中でも早く手を挙げたと感じた者を指名した。


 指名された者にスタッフがマイクを渡すと、そのまま質問を始めた。


「KTVの佐藤と申します。よろしくお願いします。早速質問させていただきますが、クランリーダーの逢魔さんの従魔を見せていただくことは可能なんでしょうか?」


「構いません。【召喚サモン:サクラ】【召喚サモン:リル】」


「登場!」


「オン!」


 佐藤の質問に対し、藍大は手短に応じるとサクラとリルを召喚した。


 サクラとリルを見た瞬間、藍大を除く全員がざわついた。


 何故なら、サクラとリルが香ばしいポーズで登場したからである。


 舞と潤は不意を突かれて笑い出してしまい、茂は額に青筋を浮かべて藍大を一瞥した。


 (だがちょっと待ってほしい。これは俺の指示じゃない)


 この事態は藍大が望んで起きたものではなかったので、藍大は首を横に振った。


 では、どうして藍大が驚いていないか。


 サクラやリルが画面映りを気にするタイプだと知っていたからだ。


 質問した佐藤は正気に戻ると礼を言った。


 茂は次の質問に移るべく、他に挙手している者を指名した。


「週刊ダンジョンの鈴木です。逢魔さん、その2体の従魔の種族を教えて下さい」


「私の右手前にいるのがリリムのサクラで、左手前にいるのがクレセントウルフのリルです」


「バンシーはいないんでしょうか? 先日、掲示板が賑わってたことを把握しておりますが」


「バンシーが進化してリリムになりました。掲示板にを載せられたのはサクラです」


 藍大は盗撮されたことは不快だとアピールするため、それを強調して言った。


 これにはマスコミ達の何人かが視線を逸らした。


 どうやら後ろめたいことがあるのだろう。


「ありがとうございました。週刊ダンジョンは盗撮をしません。何かあれば正式にアポイントを取らせていただきます」


 鈴木は自分達は他所とは違うんだとプライドを持って言い、手に持ったマイクをスタッフに返した。


 質疑応答はまだまだ続く。


「冒険者新聞の高橋です。逢魔さんに質問させて下さい。従魔士以外にテイムは不可能だと思いますか?」


「わかりません。私は職業技能ジョブスキルでテイムができるだけです。ダンジョンのモンスターは、今のところ例外なくダンジョン探索を行う冒険者を襲います。そんなモンスターを私以外にテイムできるならば、従魔士なんて職業技能ジョブスキルはないのではないかと思います」


「月間パールの田中です。シャングリラのダンジョンを他の冒険者に開放する気はありますか?」


「ありません。シャングリラは私の所有物です。観光地ではありませんから」


「毎日ダンジョンの伊藤です。逢魔さん、”楽園の守り人”は他のクランと同盟を結ぶことを考えてますか?」


「結ぶも結ばないも何も考えてません」


「Go to ダンジョンの渡辺です。立石さんに質問です。逢魔さんのクランに入った理由を教えて下さい」


 今までは藍大に集中していた質問だったが、ここに来てようやく舞にも質問が飛んで来た。


 舞はマイクを手に持つと、キリッとした表情で質問に応じた。


「逢魔の身に何かあれば、私が困るからです」


 (財布と胃袋のことを言ってるんだろうけど誤解されちゃうからね、その言い方)


 藍大がそう思うのも当然だ。


 現に、会場内はざわついている。


 舞が藍大に惚れているのではないかとか、藍大が舞の弱みを握っているのではないかとか声に漏らす者までいた。


「勘違いしないで下さい。私は逢魔と一緒にご飯を食べて家計を任せる仲なだけです」


 (ちょっと舞!? 絶対に今の余計だから!)


 まさかの補足に藍大は目を丸くした。


 記者会見中じゃなかったら即座にツッコんでいたに違いない。


 その後の記者会見は、藍大と舞の関係性に関する質問が連発された。


 記者会見の時間は1時間と決まっていたため、時間が来て強制的に終了となった。


 撲殺騎士が従魔士にテイムされたという記事を書く下世話な内容を取り上げた所もあったが、すぐにDMUによって制裁が下されたのはまた別の話である。


 何はともあれ、”楽園の守り人”はこうしてクランとしてデビューを果たした。

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