第25話 強いられてるんだ! 俺は記者会見を強いられてるんだ!

 扉を開けて部屋の中に進むと、色違いのヒートエイプが1体待機していた。


 普通のヒートエイプは薄い赤色がベースだが、ボス部屋にいるそれの色は薄い青色だった。


 敵がおとなしくしている間に藍大はモンスター図鑑を開き、そのステータスを確かめ始めた。



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名前:なし 種族:ヒートエイプリーダー

性別:雄 Lv:10

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HP:70/70

MP:110/110

STR:60

VIT:40

DEX:70

AGI:70

INT:70

LUK:40

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称号:1Fフロアボス

アビリティ:<小火ミニファイアー><猿叫モンキークライ

装備:なし

備考:なし

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 (やっぱ”掃除屋”倒した後に見ると弱く見えるなぁ)


 藍大がそう思うのも無理もない。


 何故なら、ヒートエイプリーダーはパイロリザードよりも素早いだけで、それ以外はほとんど能力値が下回っているのだから。


 体から放出されている火の色が青かろうと、パイロリザードよりは楽に戦えそうというのが正直なところだった。


 藍大がモンスター図鑑に記された内容を読み終えた直後、ヒートエイプリーダーはいきなり叫び始めた。


「キェェェェェッ!」


「耳が!?」


「うっ!?」


「グルルル・・・」


「うるさ~い!」


 藍大と舞、リルが耳を塞いでいる中、サクラは自分から声を発して<猿叫モンキークライ>の威力を緩和させながら<闇刃ダークエッジ>を発動した。


 ヒートエイプリーダーはアビリティを解除し、すぐに回避に移った。


 だが、<猿叫モンキークライ>を解除したのが運の尽きである。


 避けた場所にリルが先回りしていたのだ。


「オン!」


 AGIで5倍近く差が開いているので、リルの<風爪ウインドネイル>を防ぐことも避けることもできずにヒートエイプリーダーの首が胴体と離れ離れになった。


「アオォォォン!」


 ヒートエイプリーダーを倒したことをアピールするべく、リルは勝利の雄叫びを上げた。


 サクラやリルをレベルアップさせる程の経験値を落とすことはなく、叫んで出番が終了だなんてヒートエイプリーダーは残念な猿だと言えよう。


 藍大は自分の前にご機嫌な様子で戻って来たリルの顎の下を撫でた。


「よ~しよしよしよし」


「オン♪」


 ムツ○ロウさんばりに撫でる藍大だったが、リルは良いぞもっとやれと言わんばかりのリラックスムードだ。


 それを見たサクラは抗議した。


「主! 私も、戦った!」


「すまん。サクラもしっかり追い込んでくれた。ありがとな」


「うん♪」


 自分も褒められたことでサクラも機嫌を直した。


 その後、ヒートエイプリーダーの解体だけ済ませたら藍大達はダンジョンから脱出した。


 ダンジョンを出てすぐに藍大は茂に連絡した。


「もしもし茂?」


『藍大か。今日はどうだった?』


「ヒートエイプとボスのヒートエイプリーダー、それに”掃除屋”のパイロリザードを倒した」


『ヒートエイプだと!?』


 ヒートエイプの名前と聞いた瞬間、茂の語気が強くなった。


「お、おう。ヒートエイプだ。そんな重要だったか?」


『重要に決まってんだろうが。自分が燃えてるのに全然ダメージを負ってねえんだぞ? その毛皮を使えば耐火性能の高い装備を作れる。つーか、藍大はモンスター図鑑でわかるだろ?』


「まあな。だがちょっと待ってほしい」


『どうした?』


「俺と舞はパイロリザードの皮で装備の強化を頼みたい」


『”掃除屋”の素材かぁ。職人班が狂喜乱舞すること間違いなしだな』


「それな」


 マッシブロックの前例があるので、藍大も茂の意見に同意した。


『で、他に目ぼしい素材はあったか?』


「どれもそこそこ使えそうだったが、パイロリザードの血とヒートエイプリーダーの脳味噌は薬の素材になるぜ。パイロリザードの火袋はそのままでも懐炉になりそうだ」


『なるほど・・・。藍大、パイロリザードの血の一部とヒートエイプリーダーの脳味噌は薬師寺さんに渡してくれ。彼女なら、きっと何かしら使える薬にしてくれるはずだ』


「了解」


『それはそれとして、俺も藍大に用事がある』


「どんな用事?」


 素材関連ではなさそうなので、また掲示板で何かあったのではないかと藍大は心配になった。


『明日、藍大にはクラン立ち上げの記者会見を開いてもらう』


「強いられてるんだ! 俺は記者会見を強いられてるんだ!」


『ふざけてる場合かよ。やらねえとサクラちゃんとリルが気楽に外を出歩けねえんだぞ』


「わかった。やる」


『よろしい。藍大、お前ってスーツ持ってる?』


「馬鹿にしてんの? 俺、社会人よ?」


 社会人なら1着ぐらいスーツを持っているだろうという意味での発言だが、働き方が多様化した今スーツを持っていない者がいる可能性だって0ではない。


 だから茂は確認した。


『そんなこと言ったって、藍大は大家じゃねえか。スーツ着る機会なんてあったか?』


「大学ん時の卒業式で来たやつが残ってる。つーか、就活してた時はスーツ着てたっつーの」


わりい。じゃあ、とりあえず明日8時に迎えを寄越すから、DMU本部に立石さんと一緒に来てくれ。それと、立石さんにもスーツ着させて来いよ。会見で話してほしい内容は広瀬経由でメールする』


「了解。じゃあな」


『おう』


 茂との通話が終わると、藍大はふと嫌な予感がして舞に訊ねた。


「舞、スーツ持ってる?」


「昔の一張羅特攻服ならあるよ~」


「スーツ、レンタルしないとな」


「ごめんね~」


 (確認しといて正解だな。でも、特攻服姿の舞も少しだけ見てみたかったかも)


 怖いもの見たさでそう思ったが、記者会見に特攻服で乗り込む舞の姿は波乱しか呼ばなそうだからやはり駄目だと藍大は思い直した。


 シャングリラの隣にあるアイテムショップの出張所に移動すると、大量の素材に奈美が目を丸くした。


「お、おかえりなさい。す、すごい量ですね」


「1階に出るモンスターの大半を狩ったからな」


「薬師寺ちゃんにお土産あるよ~」


「お、お疲れ様です。お、お土産ですか? わ、私に?」


「そう、お土産。茂から薬師寺さんに渡してくれって言われてるんだ。これとこれ」


 そう言うと、藍大は取り分けておいた瓶詰したパイロリザードの血とビニール袋に入れたヒートエイプリーダーの脳味噌を取り出した。


「か、片方は血ですね。も、もう片方は、ひぃっ!? の、脳味噌ですか!? あ、頭大丈夫ですか!?」


「女性への土産としてはおかしいのはわかってるけど、薬士の薬師寺さんなら有効活用できると思ってさ」


「クックック・・・」


「薬師寺ちゃん?」


「フハハハハ」


「一体どうした?」


「ハーッハッハッハ!」


 見事な三段笑いを披露する奈美を見て、藍大達はすっかり困惑していた。


 いつもはキョドっている奈美が三段笑いするところなんて、目の前で披露されても信じられないのだ。


「滾る、滾ります! 薬士としての血が騒ぎますね!」


「お、おう。でも、その前に買い取りよろしくな?」


「・・・すみません、すみません!」


 自分がハイになっていたことに気づき、奈美は藍大達にペコペコと頭を下げた。


「いや、良いんだ。薬師寺さんだって自分の感情を解放したい時があるよな」


「そ、そうだよね~。そういう薬師寺ちゃんも良いんじゃないかな~」


「ど、同情するような目で見ないで下さい! ちょ、ちょっとハイになっちゃっただけなんです~!」


「奈美、怖い」


「クゥ~ン」


「い、言わないで下さい~」


 藍大と舞は大人の対応をしたが、サクラとリルにそんなことはできない。


 それゆえ、ストレートに自分の感想をぶつけてしまい、奈美がペタンと床に座り込んだ。


 奈美を励まして買い取りを行った時にはすっかり昼になっていたので、出張所を出た途端に舞がそれを訴えた。


「藍大~、お腹減った~」


「そうだな。帰ったらすぐに作るよ。パイロリザードの肉でステーキでも焼く?」


「賛成!」


 ぐぅぅぅっ。


 元気良く言ったのと同時に舞の腹から空腹のサインが鳴った。


 流石に恥ずかしくなったらしく、舞の顔は徐々に赤くなり始めた。


「舞が倒れる前に作るよ」


「別に倒れないんだからね! 藍大のご飯が美味しいのが悪いんだからね!」


「はいはい」


 102号室に戻ると、藍大は大急ぎで昼食の支度をした。


 パイロリザードのステーキは好評で、舞は3回もおかわりした。


 そして、この日の午後は明日の記者会見の準備であっという間に過ぎるのだった。

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