第19話 はは~ん、さてはモフりたいんだな?

 藍大は転んだまま目をハートにしてじっとしているクレセントウルフに近づき、モンスター図鑑を開いてクレセントウルフの頭に被せた。


 その瞬間、クレセントウルフの体がモンスター図鑑の中に吸い込まれていった。


「へぇ~、そうやってテイムするんだ~」


「なんか思ってたのと違うね」


「それな」


 舞は深く考えずにそういうものだと感心するだけだったが、司はテイムのやり方を見て予想外だったことを口にした。


 藍大も司と同意見なので、苦笑しながら首を縦に振った。


 そして、システムメッセージが藍大の耳に届いた。


『クレセントウルフのテイムに成功しました』


『テイムされたことでクレセントウルフから称号”掃除屋”がなくなりました』


『クレセントウルフに名前をつけて下さい』


 さて、名付けの時間である。


 サクラを名付けた時は、薄ピンク色の長い髪、黒いゴスロリ、雌という特徴を次々に浮かべて髪の色と性別から決めた。


 今回の場合、サクラの時とは違ってクレセントウルフの特徴をしっかりと把握している。


 だが、その特徴はさておき狼のモンスターをテイムしたならば、藍大には付けたい名前があった。


「名前はリルにする」


 狼のモンスターと言えば、フェンリルを連想してしまうのはラノベやゲームをする者なら仕方のないものだろう。


 クレセントウルフが進化すれば、きっとフェンリルになってくれるという期待から種族名の2文字を取ってリルと名付けたのだ。


『クレセントウルフの名前をリルとして登録します』


『リルは名付けられたことで強化されました』


『リルのステータスはモンスター図鑑の従魔ページに記載され、変化がある度に更新されていつでもその情報を閲覧できます』


『詳細はリルのページで確認して下さい』


 システムメッセージにより、藍大はモンスター図鑑にリルが登録されたことを知って安心した。


 早速、リルのページを確認した。


 すると、リルの全ての能力値がほとんど1.2倍になっていた。


 ほとんどというのは、一の位の数字は四捨五入されていたからだ。


 サクラの<不幸招来バッドラック>で転んだ時のダメージは既に亜空間で回復していたようなので、藍大は早速リルを呼び出すことにした。


「【召喚サモン:リル】」


 藍大達の目の前に凛々しい顔に戻ったリルが現れた。


「オン!」


 リルはよろしくと言いたげに吠えた。


 そんなリルに藍大はしゃがんで顎を下から撫でた。


「よろしくな、リル」


「クゥ~ン」


 (狼じゃなくて犬みたいだな)


 気持ち良さそうにするリルに対し、藍大がそう思うのも無理もないだろう。


 しかし、藍大はその感想を口にしなかった。


 狼を犬扱いすることは侮辱に値すると考えたからである。


 ところが、そんな藍大の考えに辿り着けなかった舞は素直な感想を口にしてしまった。


「可愛い~。ワンちゃんみたいだね~」


「グルゥ」


 舞のコメントに気分を害したらしく、リルは低く唸った。


 そんなリルに対し、藍大は頭を撫でて気持ちを静めさせた。


「Good, boy. 落ち着こうぜリル。お前は立派な狼だ。立派な狼はこれぐらいクールに受け流せるはずだ。そうだろう?」


「オン!」


 藍大の言葉にハッとしたリルは、その通りだと言わんばかりに何もなかったと胸を張って一鳴きした。


 舞がそんなリルを見てますます可愛いと連呼するのだが、その一方で司もソワソワしていた。


「どうしたんだ司?」


「藍大、僕もリルに触って良い?」


「はは~ん、さてはモフりたいんだな?」


「モフりたい」


「だってよ、リル。どうする?」


「・・・オン」


 藍大に訊かれたリルは、ちょっとだけだぞとお座りの体勢で待機した。


「良い毛並みだね」


「オン」


 わかっているじゃないかとリルはドヤ顔である。


 司がリルに触っているのを見て、舞が触りたくならないはずがない。


「リル君、私もモフらせて~」


「オン」


「なんで!?」


 舞の頼みをリルは首を横に振ることで拒否した。


 司が自分の気を害さないように触ってくれていることはわかるが、舞にはそういう気遣いをする気配が皆無だ。


 そんな舞に触ることを許したら、足腰立たなくなるまでモフラれてしまうと察したのだろう。


「舞って俺の従魔に好かれないね」


「舞、距離、近い。あと、怖い」


「「なるほど」」


「みんなひど~い」


 サクラの言い分に藍大と司は納得した。


 距離が近いというのは、遠慮なくパーソナルスペースに踏み込んでくることである。


 可愛いと言って愛でようとする舞は、サクラやリルにとっては馴れ馴れしく感じてしまう訳だ。


 怖いというのは、言うまでもなく戦闘モードのことだ。


 二重人格レベルで戦闘時の言動が異なるため、サクラが舞を怖がって近づきたくないと思うのも仕方のないことだろう。


「酷くはないな」


「酷くないね」


「当然」


 舞は3対1で少数派となり、この場ではリルを撫でることを諦めた。


 それはさておき、藍大達の目の前には扉がある。


 この扉はボス部屋へと繋がるものだ。


 ダンジョンにはエリアないしフロア毎にボスモンスターがいるのは常識であり、フィールド型のダンジョンじゃない限りボス部屋というものがある。


 今、藍大達の目の前にあるものがそのボス部屋だ。


 基本的に、ボスというものはそのエリアやフロアに出るモンスターがクラスアップしたものであることを藍大は舞達から聞いて知っている。


 今日ならば、このフロアのボスはアルミラージがクラスアップしたモンスターに違いない。


 元”掃除屋”のリルをテイムできた以上、藍大達がこのフロアのボスを恐れる理由はない。


「じゃあ、ボスに挑むか」


「良いよ~」


「僕も問題ない」


「挑む」


「オン」


 反対意見はなかったので、藍大達はフロアボスに挑むことになった。


 舞が扉を開けると、その中には一回り体の大きいアルミラージが藍大達を待ち構えていた。


 藍大はすぐにモンスター図鑑を開き、目の前のボスのステータスを確かめた。



-----------------------------------------

名前:なし 種族:アルミラージエリート

性別:雌 Lv:10

-----------------------------------------

HP:100/100

MP:100/100

STR:100

VIT:60

DEX:60

AGI:80

INT:0

LUK:30

-----------------------------------------

称号:1Fフロアボス

アビリティ:<突撃ブリッツ><隠歩ハイドステップ

装備:なし

備考:なし

-----------------------------------------



 (フッフッフ。リルのステータスを見た後だと、ボスが弱く見えるぜ)


 元”掃除屋”をテイムした自信から、藍大はアルミラージエリートにビビらなかった。


 だが、それは自分が直接戦わないからであって、いざ自分が戦えばビビるのは間違いない。


 その時だった。


 アルミラージエリートが1歩進んだだけで、藍大達はその姿が認識できなくなった。


「「「消えた!?」」」


 アルミラージエリートは<隠歩ハイドステップ>を使用したのだ。


 <隠歩ハイドステップ>からの<突撃ブリッツ>のコンボは初見殺しと言えよう。


「オン!」


「そうか、<追跡チェイス>か! リル、アルミラージエリートがどこにいるかわかるんだな!?」


「オン!」


「流石はリル! アルミラージエリートをやっちゃってくれ!」


「アオォォォン!」


 藍大の指示を受けると、<追跡チェイス>でアルミラージエリートの居場所を突き止めたリルが吠えて駆け出した。


 そして、藍大達には何も見えない場所に向かって<風爪ウインドネイル>を放った。


 リルは爪に風を纏わせて射程を伸ばし、伸びた射程で何かを突き刺した。


 その直後、アルミラージエリートの<隠歩ハイドステップ>が解除され、眉間を貫かれて倒れた。


『サクラがLv21になりました』


『リルがLv16になりました』


 (サクラが何もしてないのにレベルアップした? パーティー的な扱いなの?)


 藍大はサクラがレベルアップしたことに驚いた。


 今の戦いはリルだけが戦ったにもかかわらず、サクラまでレベルアップしたのだから当然だ。


 そんな疑問はすぐに晴れた。


 従魔士の職業技能ジョブスキルが藍大の頭に回答を用意したからである。


 その答えとは、従魔士が召喚中の全てのモンスターが戦っていなくても、経験値が召喚中のモンスター全体に分散されるというものだった。


 これならば、藍大は戦闘向きじゃない従魔を手に入れても安全に育てられる。


 新たに分かった事実は嬉しいものだったが、ひとまず藍大はアルミラージエリートを倒してルンルン気分で戻って来たリルを褒めるのだった。

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