第17話 職人班が一晩でやってくれました

 翌日の月曜日の朝、藍大とサクラが食後の休憩をしていたところで102号室のインターホンが鳴らされた。


 すでに起きていたとはいえ、藍大は朝一で誰がどんな用事だろうかと玄関のドアに近づいた。


「はーい」


「おはようございまーす、DMU運輸でーす」


 (DMU運輸? 宅急便か?)


 DMUから冒険者、冒険者からDMU、冒険者同士の荷物の運搬を担うDMU運輸はDMUの下部組織である。


 何か届いたのは間違いないので、藍大は玄関のドアの向こうにいるであろう配達員を待たせぬようにすぐにドアを開けた。


「朝早くすみません。逢魔藍大様ですね。芹江茂様からのお届け物です。指紋認証お願いします」


「わかりました」


 藍大が配達員の差し出す端末に指をかざすと、ピッという音と共に本人確認が済んだ。


 冒険者資格を取得する際、指紋を予め登録させられるので荷物の受け取りに印鑑もサインもいらない。


 無駄のない合理的運用と言えよう。


「ありがとうございます。こちらの荷物、玄関に置かせていただいてよろしいですか?」


「お願いします」


「はい、確かにお渡ししました。それでは失礼します」


「ありがとうございました」


 配達員が去ると、藍大は早速届いた段ボールを開封した。


 緩衝材を取り除くと、その奥からメイスと盾が入っていた。


「これは、まさか・・・」


 そう呟いた時、藍大のスマホが鳴った。


 茂からの電話である。


『オッス藍大。昨日はバーベキューありがとな』


「おう。それで、このタイミングで電話を架けて来たってことは、荷物の配達が完了したってわかってんだな?」


『まあな。もう中身は見たんだろ?』


 悪戯に成功した子供のような声のトーンで茂は訊ねる。


「見た。舞のメイスと盾か?」


『そうだぜ。マッシブメイスとマッシブシールド』


「昨日素材を受け取って今日の朝に届くとか何事? 名前はアレだけど完成度高たっけぇなオイ」


『職人班が一晩でやってくれました』


「職人班マジパネェっす」


 思わず藍大が三下口調になるぐらい、メイスと盾の完成度は高かった。


 マッシブロックは焦げ茶色だったが、メイスも盾もベースは赤銅色に輝いていた。


 メイスはマッシブロックの腕を模っており、持ち手以外がゴツゴツしていて当たったら間違いなく痛いでは済まなそうだった。


 盾は平べったい亀の甲羅のような形であり、攻撃をただ受け止めるだけではなく受け流しやすそうなデザインである。


 どちらもマッシブロックの破片を使ったおかげで硬度も申し分なく、戦闘モードで荒っぽい状態の舞が使っても十分頼りになると思える代物だと言えよう。


『色々と情報を貰ったから、情報料からの天引きだけで済んだぜ。残りはお前の口座に入れといたわ。10万円ぐらい』


「サンキュー。じゃあ、早速この2つを舞に渡して今日もダンジョン行って来るわ」


『おう。今日も成果物を期待してるぜ』


「へいへい。じゃあな」


 藍大は電話を切ると、ダンジョンに挑む準備を済ませてからサクラと一緒に102号室を出た。


 その丁度同じタイミングで103号室から舞が出て来た。


「なんというタイミング。おはよう、舞」


「藍大、サクラちゃん、おはよ~。昨日はご馳走様~」


「良いってことよ。舞にも解体手伝ってもらったし」


「久々にお腹いっぱいになったよ。ところで、それって藍大の? 買ったの?」


 舞は藍大が持つには違和感しかないメイスと盾を見て、スルーすることはできなかった。


 そんな舞に対し、藍大は両手に持ったメイスと盾を舞に差し出した。


「はい、プレゼント。マッシブメイスとマッシブシールド」


「え?」


 想定外の出来事のせいでキョトンとした舞に、藍大は言葉を続けた。


「べ、別に舞のためじゃないんだからね!? 俺が安全でいるためなんだからね!?」


「なんでツンデレ? えっ、本当に貰って良いの?」


 流石にこのままツンデレキャラを演じ続けるのは厳しかったらしく、藍大は普通に理由を説明し始めた。


「いや、ほら、舞って今のメイスと盾をよく壊してるらしいから、ちょっとでも頑丈なメイスと盾があれば食費をケチる生活にならずに済むだろ? そうすれば、舞はコンディションばっちりで俺も安全でいられる可能性が増える。みんな幸せになれるじゃん」


「ありがと~!」


 その瞬間、舞は自分が手にしていたメイスと盾を地面に置いて藍大を抱き締めた。


 美人に抱き締められるなんて、藍大にとって初めての経験である。


 サクラも寝る時はしょっちゅう藍大に抱き着くが、サクラは顔が整っているけれど可愛さが目立つ。


 だがちょっと待ってほしい。


 本来であれば諸手を挙げて喜ぶところだが、藍大の反応は違った。


「痛い痛い! 折れる! 折れちゃうから! ギブア~ップ!」


 舞がプレートアーマーを着ていたことで、女性特有の柔らかさどころか金属の硬さを感じた。


 しかも、舞は嬉しさのあまりうっかり力んでベアハッグみたいにしてしまったから、藍大は痛みに悲鳴を上げた。


 持っていたメイスと盾を手に持っていられず、地面に落としてしまったのだが誰がそれを咎められようか。


「舞! 主、離して!」


「へ? あっ、ごめん! 藍大、しっかりして!」


 サクラに声をかけられて正気に戻ると、自分が馬鹿力で藍大を締め上げていたことに気づいて舞はすぐに藍大を解放した。


「はぁ・・・。背骨が折れるかと思ったぜ」


「舞、主、虐めないで!」


「い、虐めてないよ! つい、嬉しくてはしゃいじゃっただけなの!」


「怪しい。舞、危険。主、私、守る」


 サクラは藍大を抱き寄せると、舞みたいな危険な者を藍大に近づけてはいけないと警戒した。


「もうあんな力任せに抱き締めたりしないから許して~」


「・・・次、もうない」


「反省します」


 しょぼんとした舞を見て、藍大はそれぐらいで許してやってくれとサクラの頭を撫でてからメイスと盾を拾って舞に渡した。


「まあそれだけ喜んでもらえたなら嬉しいよ」


「私のことを考えてプレゼントしてくれたんだもん。本当に嬉しいよ。私、異性からプレゼントされたのって父さん以外で初めてだし」


「そうなの?」


「そうだよ。昔やんちゃしてた時は、同性から貰うことはあっても異性からはビビられてたし」


 (そういえば元レディース総長だったっけ)


 藍大は舞が元レディース総長であり、同性から畏敬の念を抱かれて異性からは畏怖の念を抱かれていたのだと思い出した。


 不良だったことへのコメントに困り、藍大はとりあえず良い感じに話をまとめることにした。


「とりあえず、マッシブロックの素材を使ったメイスと盾だから、この2つを使って今後ともよろしく」


「うん! られる前にっちゃうね!」


 (ツッコまないぞ。これにツッコんだら負けだ)


 舞が今まで使ってたメイスと盾を103において戻って来ると、2階から司が降りて来た。


「おはよう。藍大、昨日はご馳走様」


「おはよう。司に重労働押し付けちまったし、気にしなくて良いぜ」


「おはよ~」


 挨拶を済ませてすぐに、司は舞が昨日までと何か違うように感じた。


 その正体に気づくと、ポンと手を打って訊ねた。


「あれ? 舞、武器変えた?」


「良いでしょ~。藍大がプレゼントしてくれたの~」


 舞が見せびらかすようにすると、司は藍大を見てにっこりと笑みを浮かべた。


「藍大は舞が好きなの?」


 藍大の回答に舞が注目するが、藍大は少しも動じることなく苦笑して答えた。


「放っておけない感じだな。盾やメイスの修理代を借金してたり、そのせいで食費を切り詰めてるのを見ると守られてる身としては見て見ぬふりはできねえし」


「納得した。すごく納得した」


 司は藍大の回答が腑に落ちたようで、なるほどと首を縦に振った。


 その一方、舞はムスッとしたのだった。


 言い返せないのは自分のせいだが、それでも自分のことを思ってプレゼントしてくれた藍大に思うところがないはずもないからである。


 ただし、それはまだきっかけに過ぎず、愛だの恋だのと定義するには弱い。


「さて、今日はこの面子でダンジョンか」


「そうだね。麗奈は昨日調子に乗って飲んでたから、多分今頃二日酔いにやられてるはず」


「結構飲んでたよなぁ」


「飲んでたね~」


「暴れるんじゃないかって心配だったけど、昨日は暴走しなくて良かったよ」


 司の言葉に藍大と舞は苦笑いである。


 さて、今日ダンジョン探索を行うメンバーは藍大とサクラ、舞、司と全員揃ったので、藍大が101号室のドアを開いてそのままダンジョンへと足を踏み入れた。

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