第2章 大家さん、クランを立ち上げる

第14話 出た、キョドり毒舌

 翌日の朝、藍大達はシャングリラの隣にある倉庫にやって来た。


 アイテムショップの開店時間に合わせて倉庫の中に入ると、中には急拵えにしてはちゃんとした内装の店になっていた。


 店内のレジカウンターには、紫色に染めたボサボサな髪の女性がいた。


 その女性は眼鏡をかけており、肌は色白を通り越して不健康そうな青白さだった。


「い、いらっしゃい」


「薬師寺さんおはよう。先に買い取りしてもらっても良い? それと茂にマッシブロックの破片の郵送もお願い」


「は、はい」


 売るのはマディドールの泥で、マッシブロックの破片はDMU解析班宛てに郵送である。


 納品されたマディドールの泥の品質をチェックすると、奈美は買い取り代金を用意した。


「よ、40万円です。カ、カード振り込みで良いですか?」


「ありがとう。舞、麗奈、司、俺に10万円ずつでお願い」


「わ、わかりました」


 カードとは冒険者証明書のことだ。


 通称がカードである。


 冒険者の資格を持つ者の証であると共に、キャッシュレスの売買ができる優れ物である。


 カードに入金されたことを確認すると、舞と麗奈が喜びの声を上げた。


「やったぁ! 臨時収入!」


「酒代ゲットよ!」


「浮かれるのも良いけど少しは貯金したら?」


「貯金? そんなことを考えた時もあったなぁ・・・」


「宵越しの銭は持たないのよ」


 司の言葉に舞は遠い目をして、麗奈は目を逸らした。


 (舞の事情は知ってるけど、麗奈は大丈夫なのか?)


 舞の金欠は戦闘スタイルによる弊害だと知っているが、麗奈の場合は酒を飲んで暴れたせいで飲猿なんて不名誉な二つ名を得ている。


 そんな話を聞けば藍大じゃなくても心配するだろう。


「あ、あの、大家さん、ちょっと良いですか?」


「何かな?」


「ほ、本当にシャングリラに、ダ、ダダ、ダンジョンが出たんですか?」


「信じられない?」


「べ、別に、お、大家さんを疑ってる訳じゃないです、はい。た、ただ、常識的に考えて頭おかしいです、はい」


 (出た、キョドり毒舌)


 キョドっているのに毒を吐くという奈美の話し方は、沸点が低い者が聞いたらキレること間違いなしだ。


 それにビビッて余計にキョドり毒舌をかますため、沸点が低い者と奈美の相性はとにかく悪い。


「俺も最初はおかしいと思ったんだが、なっちまったものはしょうがないから。大体、俺が大家の仕事をしてて他所でサクラをテイムできると思う?」


「・・・む、無理ですね。ご、ごめんなさい」


「主、私、助けた」


「え・・・?」


 何を言っているか通訳をお願いしますと言わんばかりの目で奈美が藍大の方を向く。


 藍大は嫌そうな顔をせずに答えた。


「俺が最初にダンジョンに入った時、まだサクラが倒れてたんだ。それで、テイムして治療したんだよ」


「そ、そういうことですか。よ、良かったですね、サクラさん。お、大家さんは、優しい人ですよ」


「うん! 主、大好き! 主、この人、良い人!」


 サクラは藍大に良くしてくれる人は良い人と捉える傾向がある。


 それゆえ、嫌い判定された舞や麗奈は異議を申し立てた。


「「異議あり!」」


「ひっ!?」


 2人が大きな声を出すものだから、奈美は驚いて両手で頭を庇ってしゃがみ込んだ。


「舞、麗奈も落ち着け。薬師寺さんがビビってる」


「ごめんなさい」


「ごめん」


「い、いえ。た、立石さんぐらいの美人からすれば、わ、私なんて所詮ブスですから。も、もう1人の人も、美人ですし」


 (ネガティブモード突入したかぁ。フォローせねばもっと面倒なことになる)


「薬師寺さんはブスじゃないよ」


「そうだよ。薬師寺ちゃんはメイクさえ覚えればきっと化けるよ」


「そうね。不健康そうにしてなきゃ素材は良いと思うわ」


 藍大に援護射撃する形で舞と麗奈が奈美を持ち上げる。


 実際のところ、奈美は決してブスではない。


 病的なまでに青白い肌と野暮ったい髪型をどうにかすれば化ける可能性を秘めている。


 そんな中、司は別のアプローチで奈美を立て直させようとしていた。


「自己紹介がまだでしたね。僕は広瀬司。新しく201号室に住むことになったDMUの隊員です。よろしく」


「あっ、私も名乗ってなかったわ。轟麗奈よ。104号室に住むことになったDMU隊員ね。よろしく」


 司は丁寧に喋ったが、麗奈はわざわざ丁寧に喋ると今更感があったのでそのまま挨拶した。


 人間とは不思議なもので、学校に通っていた者であれば挨拶をされたら挨拶を返す習慣が身に付いている。


 ましてや、社会人なら挨拶のできない人間から淘汰されると言っても過言ではない。


 それはネガティブになった奈美も例外ではなかった。


「こ、こちらこそ遅くなりました。わ、私は202号室の薬師寺奈美です。でぃ、DMU販売班です。よ、よろしくお願いします」


 司のアプローチが功を奏し、奈美はどうにか立ち直った。


 挨拶は偉大である。


「薬師寺さん、俺が着れるような防具を見繕ってもらえない? 予算は5万円で」


「わ、わかりました。お、大家さんは従魔士ですから、く、鎖帷子をお勧めします。か、軽くて動きやすいですから、ツ、ツナギの下に着てみてはどうでしょう?」


 今日は紺色のツナギを着ている藍大は、奈美から鎖帷子を着てはどうかと提案された。


 その隣から舞が口を挟んだ。


「藍大、鎖帷子は良いよ。魔術士の知り合いも着てた。後衛の人御用達なんだよ」


「なるほど。じゃあ試着させてくれ。サイズが合う物を買うよ」


「は、はい」


 試着を終えた藍大は、代金を払ってツナギの下に鎖帷子を着た。


「ちなみになんだけどさ、サクラが着られるような防具ってない?」


「ご、ごめんなさい。じゅ、従魔用の防具はないです。た、高くなりますが、オ、オーダーメイドで発注しますか?」


「いや、訊いてみただけだから止めとく。もしかしたら、防具を着たことでアビリティの効果が落ちるかもしれんし」


「わ、わかりました」


 藍大が言っているのは無論、<魅了チャーム>のことである。


 露出の多い服装だからこそ発揮される効果もあると考えれば、下手に防具を着させる訳にもいかないのだ。


 今度は麗奈が口を開いた。


「薬師寺さん、このガントレットは新作?」


「は、はい。きょ、今日の入庫に滑り込みで間に合った物だそうです、はい」


「おいくらかしら?」


「に、20万円です」


「うぇっ、そんなにするの!? 酒代がなくなっちゃうわ!」


「あのあの、い、命よりも酒優先なんて、そ、その頭の中は空っぽなんですか?」


 (キョドり毒舌再登場か。麗奈はどう反応するかな?)


 藍大や舞は初めてではないので耐性があるが、麗奈は奈美に個人的に毒を吐かれるのはこれが初めてだ。


 暴れそうになったら止めるつもりではあるものの、シャングリラの住民同士の関係性の把握のためにも藍大はギリギリまで見守るつもりである。


「失礼ね! ちゃんと中身がぎっしり入ってるわ!」


「それはない」


「司!?」


「薬師寺さんの口調がキツいのは事実だけど、その言い分が正しいのも事実。麗奈は一時の快楽のために命を捨てるの?」


「それは・・・」


 ムッとした表情で反論した麗奈だったが、奈美が何か言う前に司がピシャリと言ってのけた。


 奈美の言い分が正論だとわかっているので、司に言われて頭が冷えた麗奈は言い返すことができなかった。


「もう一度訊くよ、麗奈。君は命と酒のどっちを取るの?」


「命に決まってるでしょ。さっきのも冗談よ。薬師寺さん、サイズ調整手伝ってちょうだい。買うわ」


「は、はい」


 冗談に聞こえなかったから奈美と司が待ったをかけた訳だが、このタイミングで口を挟んだら事態を混ぜっ返すことになりかねない。


 藍大は何も言わずに麗奈が試着して購入するのを見守った。


 その隣で舞が小さな声で言った。


「良かったね、麗奈が冷静になってくれて」


「まあね。自分達で解決してくれるのがベストだ。大家は家賃さえ払ってもらえれば良いんだよ」


「なんでそこで悪ぶるかなぁ。藍大が優しいのはシャングリラのみんなが知ってるよ。昨日も金欠の私にご飯用意してくれたし」


「べ、別に舞のためって訳じゃない。俺の精神衛生上、無視できなかっただけだ」


「照れちゃってもう」


 舞が藍大の頬を指で突くとサクラが抗議した。


「舞、誘惑、駄目」


「サクラちゃん嫉妬しちゃった?」


「主、私から、取る、駄目」


「舞、サクラを揶揄うな」


「は~い」


 悪戯っぽい笑みを浮かべた舞は藍大に注意されるとそれ以上サクラを揶揄うことはなかった。


 麗奈がガントレットを装着したら、今日もダンジョンに行く時間である。


 司は今日はシャングリラの警護のため留守番であり、その前に奈美がDMU本部に送るマッシブロックの破片の運搬を手伝うことになった。


 藍大とサクラ、舞、麗奈はアイテムショップ出張所を出てダンジョンへと向かった。

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