第12話 素数を数えて落ち着くんだ

 ダンジョンから脱出して102号室に戻ると、藍大は茂に連絡した。


『もしもし、藍大か?』


「俺、俺だよ俺」


『オレオレ詐欺乙。で、くだらないことやってないで本題に入ってくれ。悪いが冗談に付き合ってられる程暇じゃないぞ』


「すまん。午後もダンジョンに入ったんだが、”掃除屋”を持つマッシブロックってモンスターに遭遇した」


『なんだと!? 無事なのか!?』


 茂も”掃除屋”については知っていたらしく、藍大達が怪我していないか心配した様子だった。


「舞がダメージを負ったけど復帰できる程度の軽傷だった」


『それは良かった。つーか下の名前で呼ぶ関係になったのかよ』


「麗奈と司とフランクに呼び合ってたら、自分も下の名前で呼べって言われたんだ」


『そりゃ自分だけ苗字+さん付けじゃ疎外感あるわな。で、マッシブロックって何? 聞いたことねえんだけど』


「茂もか。舞達も初見だったらしい。見た目は大きな丸い岩で、両端から岩の腕が生えてた。正面に大きな目玉がある」


『化け物だな』


「モンスターなんだから化け物だろ」


 何を当たり前なことを言っているんだと藍大は溜息をついた。


『まあそうだけどよ。そのマッシブロックの死体は持ち帰れたのか?』


「倒した時にバラバラに壊れた破片で良ければあるぜ」


『グッジョブ。それは是非とも買い取らせてくれ』


 自分が聞いたことのないモンスターの死体なんて情報が詰まった物体は、逃す訳にはいかないので茂が声を弾ませて言った。


 しかし、藍大は少し困ったような声で応じた。


「あー、それなんだけどさ」


『なんだ?』


「解析班に一部流すから、残りで舞のメイスと盾を作ってくれないか? 護衛の戦力を上げておきたい。特に戦闘モードで世紀末一直線の舞は」


『・・・一理あるな。わかった。DMUの職人班に連絡しておく。一旦全部渡してくれ。解析に必要な分だけ俺が預かり、残りは職人班に加工を依頼しておく』


「サンキュー。依頼料はダンジョン産の素材の買い取り代金や情報料から天引きしてくれるか?」


『お前が払うのかよ? まさか惚れた?』


 武器を作るには金がかかる。


 材料を持ち込めば設備費だけで済むから少しはマシになるが、それでもダンジョン産の素材の加工には少なくない金がかかるのだ。


 それを負担してあげようとする藍大の頼みを聞き、茂は舞に惚れたのではないかと疑った。


「いや、そうじゃねえ。麗奈と司は元々DMUの仕事として俺を護衛してるが、舞は善意だ。そりゃ、DMUから俺の護衛報酬は貰ってるかもしれねえけど俺を護衛しなきゃならない理由はない」


『確かに』


「しかも、俺の見立てでは舞の今月の自由にできる金額は武器の加工に使える程ない」


『藍大、立石さんの懐事情把握してんの?』


「大家だからある程度な。家賃の回収ができないと困るし。とりあえず、守ってもらう俺としては舞に金がないから装備が不十分って事態は避けてえんだよ」


『なるほど。DMUも湯水の如く金は使えないから、悪いが藍大の善意に縋らせてもらおう』


「おう。それでだ、他にもいくつか情報がある。買わないか?」


『聞かせてくれ』


 舞の武器の話は置いといて、藍大には買い取ってほしい情報がまだ他にもある。


 だから、話をどんどん進める。


「サクラが進化した」


『え? クラスアップじゃなくてか?』


「サクラがバンシーからリリムに進化したんだ」


『またトンデモ情報をぶち込んでくれたぜ』


「だろ? しかも、サクラは喋れるようになった。サクラ、ちょっと茂に喋ってくれ」


 藍大が膝の上に座っているサクラにスマホを近づけると、サクラは口を開いた。


「主、私も、守る」


『マジか。藍大、念のためビデオ通話にできるか?』


「わかった」


 ビデオ通話に設定を変えると、藍大は自分とサクラが映るようにスマホをスタンドに立てかけた。


『ちょっ、おま、ロリコン待ったなしじゃねえか』


「誰がロリコンだ」


「茂、。主、悪く言う。良くない」


 サクラはロリコンの意味をよくわかっていなかったが、藍大が悪く言われていると思ってムッとした表情で反論した。


「フッ、茂も嫌われたか」


『俺以外にも嫌われてんの?』


「舞と麗奈。司は普通らしい」


『普通って誉め言葉じゃねえんだよな。まあ、藍大がサクラと仲良くやれてんなら良いや。それにしても、モンスターも進化するのか。従魔なら嬉しいけど敵なら厄介だぜ』


「それな。そうそう、さっき言い忘れたんだけど、マッシブロックの破片の中にこれがあった。これって魔石で良いんだろ?」


 藍大は思い出したようにポケットから紫色の石を取り出し、画面に映るようにした。


『ああ、間違いない。魔石だ。”掃除屋”ならあって当然か。それも売ってくれるんだろ?』


「主、魔石、欲しい」


「だそうだ」


『・・・しゃあねえ。モンスターは魔石を取り込むと強くなるからな。サクラに食わせてやれ。それで藍大の安全が買えるなら安い』


「訂正。茂、良い人」


『そりゃどうも』


 茂としても、今後も会うならば嫌いから良い人にグレードアップした方が良い。


 それゆえ、とりあえず感謝してみせた。


 そして、サクラは藍大の顔を見上げた。


「主、食べさせて」


「ほれ。あ~ん」


「あ~ん。んん~♪」


 艶やかな表情で魔石をゴクリと飲み込むと、サクラの小学生ぐらいだった体が中学生なり立てぐらいの大きさへと変わった。


『・・・エロいな』


「お前の方がロリコンじゃねえか!」


『馬鹿、ちげえよ! 大体リリムって夢魔なんだぞ!? そういう生態なんだよ!』


「お巡りさんこいつです!」


『サクラがアビリティ:<魅了チャーム>を会得しました』


 藍大がロリコン扱いされた仕返しをした直後、システムメッセージがサクラのアビリティ獲得を告げた。


 (不味い、サクラがロリコン製造機になっちまった・・・)


 藍大は内心冷や汗ザーザーである。


 <魅了チャーム>をうっかり大きいお友達に使用してしまえば、それはもう大変なことになるに違いないからだ。


『クソ、やり返されちまった。それで、藍大、サクラに魔石を与えて何か変化はあったか?』


「<魅了チャーム>を会得した」


『・・・藍大、サクラに手を出すなよ?』


「主、これでメロメロ」


「サクラ、俺に<魅了チャーム>使うの禁止。使わなくても俺はサクラを手放したりしねえから」


「主、好き!」


 藍大が自分をずっと傍に置いてくれると口に出したことで、サクラは笑顔になって藍大に抱き着いた。


 魔石を食べる前にはなかった微かな膨らみが自分の体に触れ、藍大は深呼吸した。


 (素数を数えて落ち着くんだ)


 ドキドキしてしまったことを茂に悟られないように、藍大は素数を数えて落ち着きを取り戻した。


「茂、実はもう1つ報告事項があるんだ」


『なんだよ。言ってみ』


 藍大とサクラがイチャイチャしてるのをニヤニヤして見ている茂だったが、藍大の口から出た内容によってその顔はすぐに引き締まることになる。


「”運も実力のうち”って称号なんだが”幸運喰らい”に上書きされた」


『元々使える称号だったのに上書きされたのか? どんな風になった?』


「称号取得者のLUKが2倍になるのは変わらねえけど、敵のLUKを減少させた分だけ称号取得者のMPが回復するってよ」


『他人の不幸で飯が美味いってか? エグいな』


 ”幸運喰らい”が作用されれば、サクラが<不幸招来バッドラック>を使うと一時的にサクラのMPが増えることを意味する。


 <闇弾ダークバレット>を使って攻撃するスタイルになったサクラにとって、”幸運喰らい”の効果は自分のためにあるようなものだ。


 幸運LUKを奪って増えたMPで攻撃するなんて、サクラの悪女化が進行していると言えよう。


「まあ、サクラが強くなったってことで良いじゃんか」


『それもそうか。あっ、そうだ。俺からも連絡しておくことがあったんだ』


「なんだ?」


『シャングリラの202号室の薬師寺奈美さんっているよな?』


「いるけど」


『なんで黙ってたんだよ。彼女、アイテムショップの店員だったじゃんか』


「・・・そうだった」


 藍大の反応が鈍いから茂は驚いた。


『えっ、まさか忘れてたのか?』


「薬師寺さん、キョドるし偶に言葉キツいし、俺と目を合わせてくれないしで話が進まないんだ。だから、必要最低限の交流しかしてねえのよ」


『それはすごいわかる』


「あの人と話したのか?」


『おう。シャングリラの近くにアイテムショップの出張所を用意する話だったけど、アイテムショップの店員がいるならその人に任せてはどうかって話になったんだ。元からシャングリラに住んでるなら、秘密保持の誓約書を書かせる人が減らせるだろ?』


「なるほどな。で、薬師寺さんはなんて?」


『承諾してもらった。とりあえず、シャングリラの隣の土地にある倉庫をDMUで買い取って出張所にすることになったから、彼女には明日からそこで働いてもらう。丁度今日が帰宅予定だったらしいしな』


「随分強引じゃん。薬師寺さんの説得に時間はどれぐらいかかった?」


『悪戯電話でないことを説得するのに30分、シャングリラにダンジョンが発生したことを説明するのに30分、出張所の店員になってもらうよう頼むのに1時間』


「お疲れ」


『おう。とりあえず、明日から隣の倉庫はアイテムショップだ。ガンガン利用してくれ』


「そうさせてもらうわ」


『よし。じゃあ、要件は以上だ。またな』


「またな」


 茂との話が終わり、藍大は電話を切った。


 その直後、インターホンが鳴った。


「藍大、大変!」


 声の主は舞だった。

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