第8話 今日の昼は炒飯にしよう。だが男だ

 藍大達がダンジョンを脱出した直後、藍大のスマホが鳴った。


 茂からの電話だったのを見て藍大はすぐに出た。


「もしもし」


『やっと繋がったか。ダンジョンにでも潜ってたか?』


「おう。ダンジョンまでは電波が届かねえのな」


『そりゃそうだろ。届くと思う方がおかしい。それはさておき、今日のダンジョンはどうだったよ?』


 藍大がダンジョンに潜ったと聞いたため、茂は今日の成果を先に訊くことにしたらしい。


「マネーバグが出て来なかった。だが、その代わりにマディドールが出た」


『マディドール・・・だと・・・』


 またしてもレアなモンスターの名前が出て来たため、茂がそれを聞いて固まったのは無理もない。


 少し間をおいてから、藍大は話を続ける。


「それでな、仮説を立ててみたんだ」


『聞かせてもらおうか』


「シャングリラのダンジョンは日替わりダンジョンなんじゃないか?」


 そこまで藍大が言うと、少しの間が空いてから茂は応じた。


『なるほど。金曜日でマネーバグ、土曜日でマディドールだもんな。その可能性はあるかもしれん。でもな、サクラちゃんはどうなんだ? 金曜日とバンシーの関連性はなくないか?』


 茂のいうことはもっともだった。


 藍大と舞の会話の中ではその点に触れていなかったが、茂が指摘した通り金曜日にバンシーであるサクラがダンジョンに現れた理由が宙に浮いてしまう。


 しかし、藍大はその時に大変都合の良い考えが浮かんだのでそれを口にした。


「サクラは俺の従魔士としてのチュートリアルをするために、ダンジョンから現れたってのはどうよ?」


『・・・あり得るかもな。藍大がダンジョンに入った途端にモンスター図鑑が足元に現れたのなら、その可能性は否定できない』


「だろ?」


『否定する材料がないだけだがな。んで、マディドールの泥は手に入れたか?』


「ばっちりだ。立石さんとサクラが使う分を避けても、十分に売る分は確保したぜ」


『シャングリラの近くに専用のアイテムショップがあった方が便利そうだな。勿論、一目でわかる外見じゃなくて入って初めてわかる出張所みたいな場所だが。本部長に打診してみる』


「それはあると嬉しいかも」


 アイテムショップとは、ダンジョン産の素材の買い取りや武器と消耗品の販売を行うDMU販売班が運営する店のことだ。


 ダンジョン産の素材が無差別にあちこちで売買されるのは困るから、DMUが販売班を結成して素材の買い取りと武器や消耗品のような使えるアイテムを売る店を用意したのである。


 そうすることで、ダンジョン産の素材が転売されたり闇市に流れるようなことはほとんどなくなった。


 シャングリラの近くにはそのアイテムショップがない。


 シャングリラのダンジョンは今のところ珍しいモンスターしか出ないのだから、それをDMUが欲しがるのは当然だ。


 ただ、珍しい素材を藍大に売ってもらうために呼びつけたり、逆に誰かを適宜派遣するのは面倒だろう。


 また、運んでいる途中に珍しい素材の存在が露見することは好ましくない。


 ということで、茂は業務の効率化や情報漏洩リスクをカットするため、シャングリラの近くにアイテムショップの出張所を用意した方が良いと本部長に提案することに決めた。


『多分許可はすぐに出るだろうから、話が決まったらこの件については知らせる』


「そうしてくれ。そういや、茂の用事はなんだったんだ? お前からかけて来ただろ?」


『そうだった。電話した用件ってのは、昨日住み込みの護衛をシャングリラに派遣するって言ったろ? その2人がそっちに向かったって連絡だ』


「おぉ。昨日言ってた新しい店子さんね。ウェルカムドリンクでも用意した方が良い?」


『藍大にそんな洒落た物が用意できるのか?』


「できねえな。言ってみただけだ」


『やれやれだぜ』


 ノリで言葉を発する藍大に対し、茂は電話越しに溜息をついた。


 藍大達が電話している間に、シャングリラの目の前にタクシーが停まった。


「なんか丁度来たかも」


『そうか。じゃあ、轟と広瀬をこき使ってやってくれ』


「わかった。ガンガン使うわ」


『素直かよ。すまん、程々に頼む。じゃあな』


 遠慮しなさそうな気配を感じ取り、茂はすぐに前言撤回してから電話を切った。


 藍大はやると言えばやる男だ。


 護衛というよりも家賃を払う働き手が来たと思われるかもしれない。


 だから、茂は少しは遠慮しろとオブラートに包んで言ったのだ。


 電話を終えた藍大は、タクシーから降りて来た2人の方に視線をやった。


 その2人を見た瞬間、舞がうっと呻いた。


「知ってるのか立石さん」


「一緒にダンジョンに入ったことはないけど、噂なら聞いたことがあるよ」


「思わず呻くような噂?」


「うん。まあ、挨拶が先だからその噂は後で教えるね」


「わかった」


 嫌な予感がするから聞きたくない気持ちもあったが、これから新たな住人としてシャングリラに迎え入れる以上知っておいた方が良い気もするので藍大は頷いた。


 藍大を見たDMUの制服姿の2人組は敬礼した。


「本日からお世話になります。轟麗奈です。職業技能ジョブスキルは拳闘士です」


「お世話になります。広瀬司です。職業技能ジョブスキルは槍士です」


 麗奈はお団子ヘアの茶髪の女性であり、武器は何も持っていなかった。


 司は黒髪でミニボブ、中性的を通り越して女顔であり、背は低めで槍は司には大き過ぎるように見える。


 だが男だ。


 容姿、声、仕草等、どこをとっても女性に見える。


 だが男だ。


 戦闘時の舞なんかよりも女らしい。


 だが男だ。


 女性用のDMUの制服が似合っている。


 だが男だ。


 (今日の昼は炒飯にしよう。だが男だ)


 男の娘についてくだらないことを考えていた藍大だが、気を取り直して自分も挨拶した。


「轟さんと広瀬さん、こちらこそよろしく。俺は逢魔藍大。このシャングリラの大家。こっちは俺の従魔のサクラ」


「キュ!」


 藍大が自己紹介してから自分を紹介すると、サクラもご機嫌な様子で鳴いた。


「私は立石舞。103号室の住人で大家さんと芹江さんの協力者だよ」


「撲殺騎士が本当にここに住んでたなんて」


「僕達いらないんじゃない?」


 (待って。立石さん、撲殺騎士って何?)


「大家さんの前でその名は呼んじゃ駄目~」


「了解」


「は~い」


 麗奈と司が何も言わない以上、藍大には撲殺騎士がなんなのかわからない。


 けれど、その名前を聞いた瞬間にサクラが舞の視界に入らぬように藍大の陰に隠れた。


 そんなサクラに舞は笑顔を向ける。


「サクラちゃん、怖くないよ? 本当だよ?」


「キュッキュ」


 首を横に振るサクラは、藍大の脚にしがみ付いて舞に抵抗の意思を示した。


「立石さん、サクラが嫌がってるから止めてあげて」


「むぅ。大家さんだけにしか心を開かないのかな」


「キュ♪」


 当然だと言わんばかりにサクラは笑顔になり、それが舞をエスカレートさせるだろうと悟った藍大はサクラを抱っこしてそれを未然に防いだ。


 流石の舞も、藍大が抱っこしている状態からサクラを奪い取ろうとはしない。


 それを理解しての行動である。


「逢魔さん、サクラちゃんに本当に懐かれてるんですね」


「あぁ、僕も従魔士になりたかったです」


「あの、轟さんも広瀬さんも丁寧に喋んなくて良いよ。俺の護衛をしてもらう訳だけど、シャングリラの住人になってもらうんだから」


「そう? 助かるわ。でも、なんて呼べば良いのかしら? 藍大? 私も麗奈で良いわ」


「麗奈大胆。でも、僕も名前呼びで良いよ」


 口調を楽にして構わないと言われた麗奈が藍大を呼び捨てにすると、司が顔を赤くしてそう言った。


 しかし、ここで面白くなさそうな表情をする者が1人いた。


 舞である。


「私も大家さんのこと藍大って呼ぶ! 藍大も私のこと舞って呼んで!」


 自分の方が古参なのに、藍大を苗字にさん付けで呼んでいる状況が嫌なようで、舞は藍大に顔をグッと近づけながらそう言った。


 舞は美人だ。


 戦闘中はちょっとアレな感じがするが、普段は文句なしに美人なのだ。


 そんな舞に顔を近づけられたら、藍大も恥ずかしくなって来て顔を背けながら頷いた。


「OK、舞」


「よろしい」


 元レディースとしての経験が、新入りに舐められたらアカンという感情に駆り立てられたようだが、ひとまずこれで解決した。


「とりあえず、麗奈と司を部屋に案内するよ。タクシーの運転手さんがスーツケースを準備したまま待ってるし」


「あっ、しまった」


「ごめんなさい」


 麗奈と司は藍大に言われて初めて荷物のことを思い出し、運転手からそれぞれのスーツケースを受け取った。


 それからタクシーを見送り、麗奈は104号室に、司は201号室に藍大が案内して荷物を置いた。


 ダンジョンについて説明するのは昼食の後で良いだろうと判断し、14時に102号室に集合と言ってからその場を解散した。


 藍大は先程から空腹だったので、炒飯をササッと作ってサクラと一緒に食べて休憩した。


 14時になると、藍大の部屋に舞と麗奈、司が集まった。

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